第二話 天使
「皇弟に続き、偉大なる皇帝までもがこの世を去られた。それはまごうこと無き事実。故に、その元凶たる世界樹……」
皇帝の死から三日。王宮に使える人間すべてを前に、宰相兼英雄・ガイウス様が演説をしていた。
「世界樹を焼却処分とせよ!」
世界樹。ユグドラシルとも呼ばれるその木は、大陸各地に根を伸ばし、その姿を見ぬことが出来ぬ場所は大陸各地でも片手で数えられる程と謳われる巨木。
「第一官軍大隊はこれよりユグドラシル根元の都市オクシデンスに入り、世界樹焼却の準備を整えよ」
オクシデンスは帝都を囲む三つの城の一つで、帝都西側。大陸中見ても、世界樹に最も近い都市であり、軍の駐屯地も広く軍事都市として栄えている。
俺はあることに気付き、宰相様と目があった時に、軽くアイサインを送った。意味は通じる筈だ。
「では、本日はこれで解散。世界樹の焼却の席は全て、このガイウス・アークレイドが持つ。各々、何も気にせず自らのすべき事に注力してくれ」
「宰相様、お目通り叶いまして恐悦至極。恐れながら進言致したきことがある故、お時間を頂きました」
「畏まらずともよい。貴様の進言は全て的中しておる。数日前の出来事で貴様が咎められていないのも、貴様の進言が正しかったから他に在らぬ」
「では。此度の皇帝の謎の崩御。宰相様はこれを如何にお考えに御座いますか?」
「如何に、か。難しい問いではあるが、皇帝は自らの弟を亡くされたことで心労を患われ、その悩みの中、過労で倒れられたと皆思っておる」
宰相様が答えた。確かにそれもご尤も。しかし、本質は突けていない。
「皇帝は確かに心労を患われたかも知れません。しかし、聞くところによると、皇帝は急に顔色が悪くなられ、崩御されたと伝わります。と、いうことは、心労による過労であるならばそのように急な発症はない筈」
「その通りだ。だが、現に皇帝は崩御された。それを如何にとるのか?」
「単純な話です。皇帝は暗殺――――それも毒殺されたのです」
宰相様が絶句した、ように見えた。俺の跪いている視点では宰相様の御足下しか見ることが出来ない。
「あの慎重な皇帝が毒殺されたとでもいうのか……!? 仮にそうであるならば、何時、そのような毒を仕込まれたのだ?」
「確か、先日の皇弟が誅殺された際、皇帝は確か食事を共にされた。その食事は一体誰が用意したものなのでしょう?」
「その通りだ……! あの時の食事は神官団の第十九階級魔法で生み出された食事……。それに神官の製薬魔法を悪用すれば、簡単にヒ素毒を生み出せる……」
少し顔を上げた。宰相様が必死に考えておられる。言葉が終わったとき、俺は再び口を開いた。
「皇帝は先んじて、刺客にて皇弟を殺された。しかし、皇弟は一枚上手で、自らが死んだ後も考えていたとすれば……」
「これまでの事は全て覆る!」
「ここで、一番最初の進言と繋がります。一連の皇帝の亡くなられた騒動は全て、神官団の暗躍。しかも、神官団の生き残りがこの帝都で息を潜めている可能性もあります。宰相様も、世界樹を否定されるような発言をされた故、神官団の暗殺名簿に名が刻まれた可能性もあります。どうかお気を付けられたし」
宰相様は「そうか……」と小さく呟き、側近に屋敷の警護を一掃厚くし、食事は自らの前で作ることと、伝え、俺にこう言われた。
「感謝する」
報われた様な気がする。
第一官軍大隊、壊滅。
その報が帝国を駆けまわり、激震が走った。
第一官軍大隊は言うなれば帝国最強の兵団。皇帝の近衛兵団になるため、養成されていたが、そのあまりの強力さに皇帝が護衛に使うのはもったいないと判断され、帝都の守備軍として長年帝都の防衛の要として動いていた。
その第一官軍大隊が壊滅した。
それは史に類を見ない、レビロ帝国屈指の大敗であった。
「壊滅させた敵は⁉」
俺は伝令兵に詰め寄った。少しでも情報が欲しい。
「て、天使軍と……。三万を超える天使軍と」
天使軍。神々に使える天使の軍であり、人間には行使不可能な第五階級魔法を操る。
天使はこれまで五体程は纏まった姿で確認されていたが、三万を超える軍ともなれば……。
「神々の怒りを買ったな……」
確信した。神々はもともと気難しい。滅多に人前に現れず、直ぐに姿を消す存在。人間を超える能力の持ち主であり、劣等種の人類とはけ離れた存在だ。
だから人間は寄り集まる。そうして魔物などに対抗する。
だが、神々は違う。自我という自我を見ることは少なく、無情で、冷酷。人知を超えた完全生命体である神々。
そのようなのを怒らせた末路は火を見るよりも明らかだ。
「あの五万の第一官軍大隊を壊滅させるには十分すぎる数だ……」
「殿、前線オクシデンスに入り、天使軍の動向を見張ります」
「止めておけ。最悪、天使軍はオクシデンスにまで攻め入るぞ。お前に死なれる訳にはいかない」
俺の静止に引き下がったのは俺の副官。名前をアリシア・フォン・エレンという。南のイポティス王国との国境沿いの村出身で戦災孤児。
「俺の直下にいる五人の副官。その内、俺が最も力を持っていると思うのはお前だ。アリシア」
第一将に総務や統括の才将。利き腕となりし女将。
『アリシア・フォン・エレン』
第二将に就くのは千里眼の軍律。その黄金律は何を刻む。
『セレナ・アークフィル』
黒鴉の観測者。その外套は全て見据えた黒の色。第三将に就くは
『リーヴァ・ローヴェ』
第四将、鋼牙の破軍。白亜の鎧を纏い、戦士団を率いる男。
『ディートリヒ・ノヴァリス』
第五将は蒼炎の詠唱者。魔兵団の将。その蒼は阻む全てを焼き尽くす。
『ルシェラ・アルディス』
この五将に補佐されたフォルティス軍と知恵比べと渡り合えるのは、各国の大将軍級の階級に上り詰めた軍師くらいだろう。
「あ、有難う御座います……。それではリーヴァ様と共に情報を集めて参ります」
「分かった。頑張って」
俺の配下は情報局とは違う独自の情報網を持ち合わせている。
それは情報局の密偵や間者とは比にならない。
一都市の一般市民の噂を拾い上げ、独自の密偵の情報と照合する。それを繰り返し、より詳しい情報を掴み取る。
「オクシデンス陥落! 陥落! 攻め落としたのは天使軍です!」
「オクシデンス陥落……。天使軍はそのままどっちへ進んだ?」
「更に東進! 向かう先は、この帝都と考えられます!」
「オクシデンスとの間の小城は瞬く間に落とされるだろうな。俺は宰相様の元へ向かう」
「宰相様。お目通りの許可を頂き感謝致します」
「よい。貴様の意見を聞きたいとも思っておったところだ」
「では、あまり時が無い故、単刀直入に。天使軍との交戦、神々との戦争を始める必要があると思われます!」
「理由は?」
「天使軍は三万。戦ってやれない数字ではありません。それに、たったの三万。ならば退いて天下の笑い者になるよりも、戦ったほうが良い。しかも、帝都やその周辺の兵力を掻き集めれば十中八九、奴らとの長期戦に持ち込めると思われます。天使軍は統率する者がいない故、長期戦ともなれば間延びするのは必定。それは統率し、寄り集まる人間との争いで、非常に大きな効果を発揮します。ならば勝算は大いにあります」
「天使軍と争う理由は分かった。だが、神々とは何故、戦う必要があるのだ?」
「宰相様はこの百年間の間に、空気中の魔力素濃度がどれ程減少したか御耳に入れられておりますか?」
「凡そ三割」
「ええ、三割。つまりあと五百年しないうちに、空気中の魔力素濃度は地に落ちます。そうなれば、生物すべてが死に絶えます」
「それがどうした」
「千年以上前の世界樹神話を知っておられますか? それは――――」
――――それは千年以上前。六大神と呼ばれる神々が地上に降り立ち、大陸中央に天界より持ち寄った大木を移植した。
六大神は「この木は神々の生存にとってとても大切な物であり、決して枯らしてはならない物」と断言した。
神々の主食は魔力素。逆にそれ以外に必要な物はない。
そして、その木が成長するにつれ、地上から魔力素が吸い取られていくのを感じた。
「――――。このような話。御存じでしょうか?」
「知ってはいるな。だが……。今の話となんの――――まさか!」
「ええ、神々の依り代であり苗床となっている世界樹は、我々の地上世界より神々に魔力素を供給するポンプのような役割もしているのです」
「神々が悪いと申すか?」
「宰相様も、世界樹を諸悪の根源とみなしたでしょうが」
「否定できぬ痛いところをついて来るな」
「話を戻しますと、五百年。つまり我々の六世代後には、魔力素が殆どないという事です。それは生物の死活問題。神々だけが生き残るのには大反対です。これは人類全体、いや、大陸に生きるすべての生物を救う救済のための戦争であることを、この大陸に知らしめるのです!」
「分かった。今日の会議で貴様の話を他の大臣にも話してやる」
「分かりました。しかし、自分の名前は出さないようにお願いします。大臣様の中には、皇帝が崩御された日に自分が暴言紛いのことを浴びせた方もいらっしゃいますので」
「ふん、そうしておこう。下がってよいぞ」
「ハハ!」
「なんか、増えてないか?」
城壁上に上がった俺は呟いた。三万と報告を受けていたが正面の敵はどう見ても五万はいる。
「増えてます……ね」
「宰相様! これは一体……!?」
「やはりか。増えているな」
階段を上がり城壁に上った宰相様も、信じられんといった感じだ。
「……。大陸条約規定第六条に基づき、各国より軍を招集すべきかと」
宰相様の側近の一人が呟いた。
大陸条約規定とは、十年前に大陸に存在する五つの国の決め事として定めた国際法だ。
「第六条。五国以外の何らかの大陸外の外敵勢力に攻められた際、防衛不可と判断し、存立危機事態に陥った場合は非常事態宣言を発令した後に、各国より兵を招集が可能である、というものか」
神々の軍勢は五国以外の勢力であり、防衛不可。非常事態宣言は今から発令すればいい。
それに、他国に拒否権はない。
しかし、それに背き、反対した場合は終戦後に各国の連合軍を率いてその国を滅ぼすことが出来る。
条件は揃った。
「宰相様。各国へはこのフォルティスが」
「分かっておる。分かっておるが、他国に頼る方がさっき貴様が言った天下の笑い者ではないのか?」
「頼れるのにも拘らず、頼らず自らの力を過信し、そのまま滅ぶのが最も愚かです!」
「……。しかしだな……」
「宰相様! 皇帝亡き今、次期皇帝が決まるまでの間、この国を仕切ることが出来るのは宰相様ただ一人なのです! そのこともよく頭に入れ、検討して頂きたい!」
「……分かった。非常事態宣言を発令。フォルティス・ヴァルツァーを特使とし、各国に大陸条約規定第六条に基づき援軍要請をして参れ!」




