第一話 奇跡という名の大厄災
世界樹・ユグドラシルが静かに、夜の闇に眩く光った。
大陸各地からその光景が観測された。東部平原からも、南部要塞からも。
地が轟音を上げた。
「……来たか」
「軍師官! 世界樹が!」
「もう見えているさ。住民をできるだけ非難させろ。間に合うだけ……。とにかく」
「……ハハ!」
世界樹の根が蠢いた。すると一秒としないうちに、地が大きく揺れた。
「三年間なかったがこのタイミングで来るか……」
「そうだな……。アルベルト」
アルベルト・クロイツ。士官学校時代の同期。
「やっと、復興が進んだと思ったのにこの有様じゃぁな」
「王も頭を抱えてそうだ」
揺れが収まり、帝都の街区に火が上がった。
「神官団の解散ですか⁉」
「シーッ。昨日こちら側で決めた事だ。まだ広まっていない」
「それで、何故?」
「十日前の地震の被害は貴様の耳にも入っているだろうが、帝都の街区・商業区の五割が燃え落ちるか、崩壊した。それに加え人的被害は帝都だけで二百万人。しかし、神官団はそれを『神意』と崇め奉った。二百万もの民間人の命が奪われたにもかかわらず、崇め奉った行為に皇帝はお怒りになられ、神官団の解散を決意された」
「それでは皇弟君は失職……ですか……」
「その方向で間違いないだろうな。イポティス辺りが侵攻してくる可能性もあると聞く。しっかり対策を組んでおけよ」
「了解です」
「お前、誰と話してたんだ?」
「さっきのは情報局のマティアス様だよ。ところで、アルベルトは何でここに居るんだ?」
情報局長マティアス・ローヴェ。レビロ帝国の情報収集、情報共有といった情報関連を束ねる皇帝最大の臣下。
「最近は前線に居ようと、滅多に戦いは起こらねぇからな。だったらここにいる方が情報とかも手に入って暇しなくて済む」
「そ、アルベルトは軍師の場に不要かと思ってたけどな」
「うるせぇぞ」
「ハイハイ。さーて、イポティスの侵攻に対する防衛策を組むとでもするか」
棚から何も書かれていない紙と、イポティス方面の地図を取ってくる。
「は、はぁ!?」
「理解できないか? 皇弟が反乱を起こしたんだ」
「理解は出来ますけど……」
神官団の解散に踏み切ってから一月。俺は再びマティウス様に呼び出された。
「皇弟が神官団の解散に反対された‥‥? のですか?」
「察しが速いな。その通りだ。帝都から東に三日のオリエンターレムの城に城兵や神官団と共に立て籠もっているそうだ」
オリエンターレム城は帝都を囲む三つの城の一つで、国内第三都市。
「皇帝は攻め落とされる気ですか?」
「その意向はあるだろうな。しかし、皇帝も実弟を殺すような御方ではない筈だ」
「では、和平へ……?」
「そうなって欲しいと思ってはおるが、まだ分からないな」
「有事となれば俺も出陣ですか……。分かりました」
背を向いて歩きだした俺はマティウス様に呼び止められた。
「くれぐれも大事にするでないぞ。それに他にも知られるでない」
「……承知しました」
俺は廊下を歩いていると、誰かに呼び止められた。王宮に使える方は大体俺よりも地位が高い。考える前に跪いた。
「貴様、マティウスから話を聞いたぞ。我が弟の話を聞いたそうではないか」
我が弟……? まさか!
一瞬だけチラッと顔を上げた。
整った身なり。服に縫い付けられた王家の紋。王を表す金の刺繍。
つまりこの御方はレビロ帝国第二十八代皇帝。アウレリウス・レビロ様……!
「貴様、話を聞いておるのだな?」
「……はい。マティウス情報局長様からお話を受けました」
「そうか。ならば今日の夜、帝都の宮中・副殿に来い。話がある。飯は奴に用意させる。食って来なくてよい」
「承知」
俺がそう返すと何も言わず、カツカツカツと音を立てて皇帝は消えて行った。
今夜。副殿へ……。意味が分からないな。
「フォルティス・ヴァルツァーです」
名乗ると副殿への入り口は直ぐに開いた。
言葉と連動して扉を開けることが出来る第十八階級魔法だ。
扉の強度と相まって開かずの扉となっているようにも見えるが、そんなことはない。
「来たか」
「さ、宰相様……」
跪こうとした俺を宰相様は手で制止する。
宰相と英雄階級を兼任する逸材。ガイウス・アークレイド。
「して、何様で……」
「聞いて驚け」
俺の耳に口を近づけ宰相様は囁いた。
「今日ここで、皇弟を殺す」
「……っ!」
声にはならない驚き。
「毒を盛るのではない。剣で殺す」
「ということは、皇弟様の神官魔法を掻い潜る必要があると」
「そのために衛兵と称した強者を入れている」
「では何故俺を?」
「皇帝は真実を知る者を出来るだけ集め、よからぬ吹聴を防ごうとしておられる」
「な、なるほど」
「誰も、貴様に皇弟を殺せとは言っておらん。安心せい」
小さく笑って宰相様は奥に消えて行った。
俺は一番端っこの目立たない席に座った。
その数分後。皇帝が声を張りあげた。
「今日は来て貰って感謝するぞ。我が弟よ」
そう言った後、皇帝はテーブルに乗せられたステーキを一口頬張られた。
「兄上。こちらは現在、内乱を引き起こそうとしている者。このような場に呼んでも宜しいのですか?」
「今日はその話をしようと思ってのぉ」
ニヤリ、と皇弟が薄い笑いを浮かべた。
「どうだ。こちらも余計な被害を受ける訳にはいかん。故に、交渉をしようと思っておる」
「それならば急ぎましょう。もしこのような話し合いをしている間に小競り合いが起これば、それこそ余計な流血です。我々から要求することはただ一つ。神官団の再構成です」
次に言ったのは宰相様だった。
「そんな簡単な話、こちら側でも割り切れる」
瞬間、衛兵が動き出した。皇弟の後ろに居た衛兵————恐らくは彼が強者と呼ばれた男だろう————が動き出した。
皇弟が血を吹いて倒れた。見れば背中から直剣が皇弟を串刺しにしている。
他の場所でも皇弟側の人間が次々と倒れた。
「馬鹿が戯言を申すからだ」
吐き捨てるように言った皇帝は、その場を離れ、皇弟の下へ歩み寄り、
「ご苦労だった」
と声をかけた。
少しぐらいは悲しめよ。お前の実弟だろうが。
口が裂けても言える筈がない。だが、それくらい思うのも当然だろうが。
「『切れ』が合言葉だったとは。俺を驚かせる程の策を持ってくるとはな。ガイウス」
「そのような事は御座いません」
「謙遜するな」
そのように言葉を交わしあった二人。俺は血生臭い匂いが広がった副殿を後にした俺は、直後にアルベルトにあった。
「どうした。さっきは探しても見つからなかったが。それになんか、お前臭いぞ」
「何があったかは言えないが、人が死んだことは教えてやる」
「皇帝! 皇帝!」
十日後。俺は会議室の前を通りかかった。すると「皇帝!」と呼びかける声が聞こえた。
「皇帝! 起きて下され!」
「失礼します!」
俺は『考えるよりも先に体が動く』ということを見にもって体感した。
重たい木戸を開け、呼びかけることしか出来ない大臣どもを押し退け、皇帝の下へ歩み寄った。
「何じゃ! 貴様は!」
「出ていけ!」
そんなことを言っている場合じゃないだろうが!
「失礼します」
皇帝の手を取り、手首に俺の手を当てる。
感じるのは冷たさと無動。
「脈が……無い」
「そのような虚報を吐くな!」
「ではご自身で確かめて下され!」
「ふざけるな! この儂を誰と心得る!」
「国の要職である大臣様ですね!? 分かりますよ。そのようなことは! では無礼も承知で申し上げます! 皇帝はもうこの世には居られないのです! 今は皇帝の生死ではなく、今後の事について話し合うべきと心得ます!」
「出しゃばるでない! 貴様の様な軍師官風情が!」
「では、進言を残し、消えますので、この言葉をよく叩き込んでおいて下さい!」
吐き捨てる様に、叫ぶ様に俺は大臣らに向かって声を荒げた。
「いいですか⁉ 皇帝は既にこの世に亡く、亡くなられたのは事実。故に、今は皇帝の生死について話し合うのでなく、今後の対応や、諸外国への隠蔽・公開について話し合うべきと心得ます!」
靴の向く方向を変え、最後に扉のドアノブに手をかけ、捨て台詞を残す。
「この言葉、軽く見ない方が良いと思いますよ!」
彼が扉を開け退出した後、台パンをする大臣の音。我に返り、今後を考える者。それを否定し、未だ皇帝は生きていると信じ込む者。そのような人間が居たことをフォルティス自身が知る由もない。




