別れ
悪魔を倒したあと、ダークエルフ達は村を整理した。
彼らは決めた。
この地で再び生活を始める者と、新たな地へと向かう者とに分かれることを。
永遠の別れではない。
だが、長い別れとなるのは確かだ。
村に新たな家を一軒建てるたびに、別れの日が近付く。
それでも彼らは手を休めることはない。
離れる者にとっては、残る者が少しでも笑っている時間を増やすための作業。
残る者にとっては、離れる者が帰ってくる場所を守るための作業。
家を一軒建てるたびに別れは近付く。
しかし家を一軒建てるたびに、お互いの繋がりを形として残しているのだ。
その繋がりは、未来を見ている者たちにだけあるわけではない。
もう未来を見ることのできぬ者たち。
落葉の悪魔によって命を失った者とも繋がりはある。
それは村を出た川の近く。
ここに植えられた木は、死んだ者たちと同じ数だけある。
*
サラサラと流れる川。
太陽の光を不規則に照り返し、真昼の様相を作り出している。
アーシュとリフレの立つ場所。
川に沿って並んだ木は、まだ乾き切っていない土の上に立っていた。
「これがお父さんの分で、こっちがお母さんの分」
苗木の根元に花を添える。
来る途中で摘んできた野花。
鮮やかさはない。
だが飾り気の無いが故に、想いの純粋さを表わせているように感じられた。
「この木は普人種でいう所のお墓でね。亡くなった人は森の一部になっていつか星に還るって言われているの」
力のない笑顔だ。
今にも消えてしまいそうなほどの。
これは儚さ。
儚さとは死に通じるもの。
些細なキッカケで、生が終わりへと傾く。
「もう十分に泣いたから、悲しいとか大丈夫だと思っていたけど昨日は泣いたの」
悪魔を葬り、彼女の張り詰めていた糸が緩んだ。
そのとき糸の緩みと共に、力が抜けてしまったのだろう。
今の彼女には、自分を支える力すら感じられない。
「思いっきり泣いたらスッキリしちゃってさ。風に吹かれたらどっかに消えちゃいそうで怖いくらいだよ」
彼女を支えていたのは、悲しみや苦しみだったのかもしれない。
こういうとき、気の効いたセリフを吐けるほど口が達者ではない。
また相手の心を察することが出来るほど、人生経験を積んでいるわけでも無し。
それでも彼なりに考える。
頼れるのは、マルグリート女史からの教え。
貴族教育の一環として、女性への声の掛け方も学んでいる。
今こそレッスンの成果を見せるとき!
「カルラが見つけてくるんじゃない? 洗濯物も空からなら見つけやすいだろうし」
どうやらレッスンは無駄だったようだ。
アーシュの高度すぎる思いやりは、厳しい貴族教育を持ってしても表現しきれないらしい。
決して傷心の少女に向けていい言葉ではない。
予想もしていない種類の言葉に、リフレの表情からは色が抜けている。
だが、それは僅かな時間であった。
僅かに吹き出すと、アーシュの頭を乱暴に掻き乱した。
「そこは”俺が必ず見つけてやる”って言えないあたりがガキンチョだねー」
おかげで髪がボサボサだ。
両手を使い髪を直す仕草に、普段とは違う年齢相応の物が感じられる。
その様子が可笑しかった──というわけではなさそうだ。
彼女から儚さが消えたのは。
憑き物が取れ、思い煩うことが無くなり本来の笑顔を取り戻した。
だが実際はそれだけではない。
彼女自身も気付いていないようだ。
表情の中に、子どもではない何かが混ざっていることに。
「……ありがとうね」
小さな声が風の中に消えていく。
届くべき相手が受け取る前に。
彼女にも分かった。
アーシュに気持ちが伝わっていないことに。
少しだけ悔しい。
だから考えた──
「カルラにありがとうって伝えておいて」
──先程の彼のセリフを使って、この想いを隠してやろうと。
スッキリしたような想い残しのあるような複雑な気持ち。
その顔を見られるのが恥ずかしく、去る彼女が振り返ることはなかった。
遠ざかる彼女の背中。
森の方へと消えたのを確認すると、アーシュはどこか遠くに声を向けた。
「ありがとうだってさ」
声変わりのしていない子ども特有の声が響く。
決して大きな声量ではない。
だが少しだけ張り上げたため、彼が思ったよりも周りの空気を震わせた。
空から影が降りてくる。
黒い点として青い空に溶けていた影が。
徐々に大きくなっていき、アーシュの影に隠れた。
だが地面に立つと、逆に彼を隠した。
「我に向けたものか。それとも……」
カルラ。
彼女の口元は、意味深にニヤけている。
その意味を、彼は気付いているのだろうか?
分からない。
だが短い間であったが、行動を共にして気付いたことがある。
主殿は慣れていないのだ。
純粋な気持ちを向けられることに。
強欲王の知識がそうさせるのか、彼の過ごしてきた環境がそうさせたのか。
いずれにせよ、幸せな事であるハズがない。
「僕のようなガキンチョに言うわけ無いさ」
「主殿が言うのなら、そういう事にしておこうかのう」
話しは終わりだ。
心の深い場所を探るなど、不敬そのものなのだから。
「我は仕事に戻らせてもらうぞ」
自分達は主と従者なのだ。
不必要に心を近付けるわけにはいかない。
背を向けると同時に、彼女はカラスへと姿を変えて空へと飛び立った。
「頼んだよ」
彼女に声が届いたかどうか分からない。
だが無駄ではなかったハズだ。
少なくとも自分にとっては──。
「さ、僕たちも戻ろうか」
声を掛けたのは、少し離れた場所で待機していた護衛。
主の声に姿勢を正し、コチラを向いた。
自由時間は終わりだ。
これから領主の仕事に戻らなければならない。
彼はいつも通りのペースで歩く。
別に不満があるわけではない。
だから足取りが鈍くなるような事はないハズであった。
だが、少し歩いたあと。
足を止めて、川の横に並んだ木々の1本に目を向けた。
リフレが”お母さんの分”と言って花を添えていた苗木だ。
大切な何か。
ここに彼女のソレがある。
では、自分のソレはどこにあるのだろうか?
問うまでもないことだ。
自分の大切な物は──。
僅かに微笑み、再び歩き始める。
すでに苗木を見て思ったことなど頭にない。
森でしばらく過ごしたため、仕事がかなり溜まっている。
領地に戻ってからを考えると、余計な事を考えている余裕などなかった。




