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19/22

双頭蛇

ここだけ6000文字を超えていますm(_ _ )m

 悪魔のような高位存在の厄介な所は何か?

 真っ先に挙げるべきは、彼らの作り出す領域だろう。


 領域。

 それは悪魔の作り出した異空間。


 不可侵の領域を作り出す。

 仮に侵入できたとしても、領域内では悪魔は実力以上の力を発揮する。


 それに領域の出入り口は、内側からは壊しにくいという特徴がある。

 このため中途半端な実力の者は閉じ込められ、悪魔を倒すまで抜け出す事が出来なくなってしまう。


 だが一番の問題点は、領域に表と裏が存在することだ。


 表に偽りの体を置き、裏に本体を隠しておく。

 そのような厄介な事をする落葉の悪魔も多い。

 この68番もこの性質を持っている。


 だからこそ必要なのだ。

 領域を破壊する暴虐の力が。


「準備はいいね」


 周囲に響いたのはアーシュの言葉。

 退路を確保するために人を残す必要がある。

 このため、領域に侵入するのはアーシュ、リフレを含む10人。


 答えたのはリフレ。

 だが、他の者も敵を捉える目で答えている。

 すでに戦いの準備は終えていると。


 術式を構築し始めた。


 宙に投げた10枚を超える純白のカード。

 それらに模様が浮かび上がると、まるで意思を持っているかのように集まる。


 青い光が結びつき合い、強大な力の象徴へと姿を変えていく。


 美しい、そう声を漏らしそうになる程の造形。

 人が有せる英知の結晶であり、楽園が有していた力の証。

 今の世に存在する、強欲王が遺した足跡。


 カードを基点として展開される魔法陣。

 秘めた力を感じ、彼の配下たる兵士たちは感嘆の声を漏らす者までいる。


 だがダークエルフ達に、そのような様子はない。

 彼らは鋭い魔力感知能力により、本能的に理解しているのだ。


 輪郭が明確になるにつれ強まる力。

 それが本来は人の手に負えぬ物であることに。


 だが目の前に立つ美しい少年は、呼吸をするかのように容易く扱っている。


 彼に感じたのは畏敬。

 強者で無き者が、知識を持って人外の領域に至っているという事実への崇拝。


 魔法陣が完成する。

 青く輝く神秘の力を蓄えた秘術の結晶。

 これが恐ろしい力を秘めている事は、この場にいる誰もが理解している。


 だが──アーシュは更なる力を与えた。


 1枚の輝くカードを魔法陣に投げた。

 触れると同時に僅かな波紋が広がるも、何事もなかったかのように鎮まる──ほんの数秒。


 脈打ち始めた。

 魔法陣が生命を得たかのように。


 蛹が蝶へと変わる瞬間に立ち会っているかのような、圧倒的な神秘を目の当たりにしたかのような錯覚をこの場にいる誰もが感じていた。


 魔法陣が何度も脈動し、何度も波打ち、やがて青の外側に赤い魔法陣が展開される。


 内に展開するのは青。

 外を囲むのは赤。


 2色の魔法陣が展開され、倍以上の大きさとなっていた。


 それは魔導の奥義。

 加工したマナの結晶を用いた、今は無き楽園の技術。


 強欲王の知識を継承したアーシュとて、大きな負担を背負わざる得ない術。


 青水晶の剣が動く。

 宙に浮かび、まっすぐに魔法陣へと。

 吸い込まれていく。


 魔法陣が一層の輝きを放つ。


 だがそれは一瞬。

 その場所には、先程と変わらず魔法陣が輝いている。


 だが変化があった。

 アーシュの頭上。

 ずっと上。


 黒い雷光を放つ大穴が空いていた。


 絶対的な力を感じさせる大穴。

 触れれば人の身など、一瞬で炭となり消え去るであろう力。

 決してこの世にあってならない滅びの象徴。


 悪魔もまた気付く。

 ハープの音色は止まり、臨戦態勢をとろうとした──だが手遅れだ。


 放つ。

 滅びを、破壊を、絶望を、終焉を、絶対の刃を。


<高位領域破壊魔導・雷神>


 黒い大穴から放たれたのは光。

 僅かに青味がかった雷の集合体。

 アーシュの大剣を核とした、滅びの雷光。


 視認できぬほどに眩い閃光。


 結界が砕けた。

 その時の砕けた甲高い音は、地を揺らすほどの雷鳴がかき消した。

 空の青さはあまりもの光量に霞み、地面が悲鳴を上げながら砕けていった。


 それらは刹那の時で終わりを告げる。

 雷光は一瞬で世界を白く塗りつぶし、一瞬で世界から消え去った。


 絶対の力が消えたとき、同時に何かが消えた。

 村を囲っていた何かが。


「走れ!」


 アーシュの声と共に全員が走る。


「GUGAAaaaaaaaaaa」


 村へと走ると、同時に悪魔が目を覚ます。

 完全に消滅したハズだった悪魔。


 それは変化していた。


 青い花をあしらったかのような3つ首の蛇。

 胴体は無数の蔓が絡み合ったかのよう。

 地面に埋まっているが、地表に出た体だけでも5mはあろうかという巨体。


 600年の時を経て顕現した伝説の化け物。


 領域の裏側に存在した本来の姿。


 だが怯む者などいない。

 リフレ達深森種(ダークエルフ)とアーシュ達普人種(ヒューム)

 種族の違いこそあれ、この場にいるのはいずれも戦士。

 彼らだけではない。


 空。


 翼を広げ舞っていたそれは姿を変えて落ちてきた。

 赤い紋章を薄らと輝かせながら。


 大地を砕く凄まじい音が周囲に響く。


 押しつぶされた。

 青い蛇の頭部が。


 作り出した力場で殴りつけられ、その衝撃で頭が砕け散ったのだ。


「カカカカカ。久方ぶりの悪魔狩りじゃ」


 カルラだ。

 獰猛な笑みを浮かべ、上空を待っていた彼女が攻撃を仕掛けた。


 それだけではない。

 強襲は続く。


 領域はまだ閉じていない。


 木々の隙間から火矢が撃ち込まれた。

 待機していた者たちの援護だ。


「油壺を投げ込め!」


 隊長の叫びと共に、油壺が投げ込まれる。

 燃え上がる炎は、蛇の頭部には届かない。

 だが胴体には焼けただれる痛みが生じているのだろう。

 空気の揺れを感じさせるほどの、声を上げている。


「リフレ!」

「うん」


 アーシュはカードを投げる。

 それを狙うかのように、リフレが風魔法を放った。


 無色だったカードには、いつの間にか不可思議な文様が浮かび上がっている。

 そして到達するや否や、悪魔を包んでいた炎は巨大な渦となって天を貫いた。


 面白いように燃える。

 奇襲を2重3重に仕掛け、頭を一つ潰し全身を焼け焦すことに成功した。


「だいぶ削り取れたみたいだ」


 巻きあがる災禍を眺め、涼しげな声で戦果を述べる。

 だが兵たちに気を引き締めるように促すと、奇襲から臨戦態勢へと移った。


「ココからが本番だよ」


 領域が完全に復活した。


 空は夜のような黒。

 だが光が失われたわけではない。

 村の瓦礫がハッキリと見える。


 光は無いのに、内部にある物は真昼のようによく見えている不可思議な光景。

 これが悪魔の領域が持つ特徴。


 それだけではない。

 領域の完全な復活と共に、黒い霧が集まり始めた。


「……お父さん」


 リフレは見てしまった。

 集まる黒い霧の中に父の姿を。


 人の姿を象った黒い霧は変わる。

 全身を花の蔓に蝕まれた死者の姿へと。

 彼らは魂を囚われた哀れな虜囚。


 これが68番の領域が持つ特性。

 殺した者の魂を領域に閉じ込め、死体を己のしもべとして操る力。


「分かっているね」

「……大丈夫。そのために来たんだから!」


 揺らいだ心に再び誇りが戻る。

 アーシュの言葉にリフレは思い出した。


 彼女がするべきこと。

 それは悪魔の討伐。


 違えるわけにはいかない。

 自分達は、身内の死を悲しむために来たわけではない。

 復讐に酔いたいわけでもない。


 戦士として戦いに来たのだ。


 そして見るべきは悪魔。

 死者を見るのは、彼女達の仕事ではない。


「出番だよ」

「はっ」


 動き出したのはアーシュの部隊。

 アーシュを背に、ダークエルフとリクレイン兵が左右に別れる。


 様子を窺う必要はない。


 奇襲を仕掛け、戦いの流れはコチラにある。

 圧倒的な勢いであるのなら、そのまま押し切るのが定石。


 カルラが先制を掛ける。


 離れた場所から拳を振るう。


 素手。

 だが問題はない。

 蛇の頭が大きくのぞけった。


「カカカカ。久方ぶりの戦闘であるが調子が良い」


 怪しげに輝く手の甲に描かれた紋様。

 それは魔力を力に変換する兵器。

 未だに残る数少ない楽園の遺産。


 再度、拳を振るう。


 見えない力に顎を打ち抜かれ、相当の蛇が頭を揺さぶられた。


 更に追い打ちをかける。

 熟練の戦士たるダークエルフ達が、巨蛇が見せた隙を見逃すはずがない。


 剣や短剣で斬りつけた。

 だが三頭──否、今となっては双頭蛇の鱗を深く傷つける事はなかった。


 強固過ぎる。

 短剣の一撃を通すのは難しい。

 巨体を誇る相手故に、素早さで撹乱する戦い方を選んだ。

 それが仇となった。


「盾隊前へ!」


 離れた場所。

 そこで牽制するのはリクレイン領兵。

 対するは花に侵されたダークエルフたち。


 魂は領域に封じられ、残された肉体がゾンビと化した哀れな虜囚。


 傷を付けても、植物によって塞がれる。

 肉を切れば樹液が塞ぎ、骨を断てば蔓が絡まって固めていく。

 倒せば霧となった後、再度集まって復活する


 終わりのない戦い。

 だが攻撃の手を休めるわけにはいかない。


 ゾンビを、蛇との戦いに参加させられないのだ。


 蛇が巨体故に持つ隙の多さ。

 それをゾンビが埋めてしまう。


 だから攻撃を続ける。

 ダークエルフは悪魔を、リクレイン領兵はゾンビを。


 領域はすでに復活した。

 外界とは完全に隔たれている。 

 置いてきた者達は入ってこれない。


 外に逃げるための手段を残してきたが、置いてきた者が使ってくれるのは一定の時間が過ぎてからだ。


 その時が来るまでに決着を付けるか、耐え抜くかしなければならない。


 このまま持久戦になるか?


 そう思われたとき、戦場に変化が訪れた。

 ダークエルフの短剣が、大蛇の鱗を切り裂き始めたのだ。


 鱗が持つ特性の理解。

 そしてアンバーが楽園に仕えていた時代より受け継がれる技。

 この2つが噛みあい始めたのだ。


 ある者は、短剣を重なる鱗の隙間を通している。

 それは全身を鎧で包んだ者を始末するための暗技。


 別の者は連携で鱗を壊している。

 1人が叩くと同時に魔力を浸透させ、次の瞬間に2人目が短剣を突き刺す。

 それは一瞬だけ金属の性質を変えて破壊する戦技。


 素早く動くダークエルフ達。

 疲れは徐々に出ているが、それでも巨蛇が彼らを捉える事は出来ない。


 善戦していた。

 悪魔を相手に──この瞬間までは。


「GAAAAaaaaaaaaaaaa」


 蛇の口を大きく開く。

 そして、もう片方の蛇が周囲に結界のような物を施し守った。


 集まる光。

 これが巨蛇の切り札に当たるのは明白。


 伝説に謳われる落葉の悪魔。

 その一柱なのだ。

 軽んじてよい一撃ではない。


 均衡が崩れる!

 誰もがそう思った時──閃光と共に鈍い音が響いた。


 閃光の後、その場にいたのは顎を打ち抜かれて大きくった巨蛇。


「知っておったよ」


 カルラだ。

 これまでよりも強く手の甲に描かれた紋様が赤く輝いている。

 結界はアーシュが雷光で破壊し、彼女が直後に一撃を放った。


 知識は武器を生む。

 相手に致命となる隙を作らせ、そこに渾身の一撃を加えることで。


 そして知識は、噛み合えば格上の動きを完封することすらできる。


 いずれも結果を伴わせるだけの力量があれば、であるが。


 もしも上位の戦闘タイプの悪魔であれば、ここまでうまくはいかなかっただろう。


 だが幸いにも今回の悪魔は下位。

 本来であれば人の手に余るが、それでも知識という武器を用いれば十分に倒せる。


「カルラ!」


 アーシュがカードを投げる。

 それは薄らと光を放つ半透明のカード。

 マナ結晶を固めて作った、600年前に喪失した力の結晶。


「久方ぶりじゃのう」


 600年前。

 眠っていた彼女にとっては、つい先日であるが遥か昔。


 手にしたこのカードに感じたのは、”懐かしい”ではなく”慣れている”という想い。


 だが、この”慣れている”は600年前の感覚。

 己と世界の間にある、奇妙な時の認識のズレに思わず微笑みが零れる。


 感じた可笑しさを敵に向けた。

 殺意と混ざった微笑みは挑発的な笑みへと変わる。


 それは不敵な笑み。

 勝利を確信している者の笑み。


 彼女に勝利を確信させる物。

 それは現世に蘇った楽園の遺産。


 手にしたカードが砕け散る。


 変化の始まりは、破片を握り込んだ手からであった。


 カードを握り砕いた右手に描かれた紋様。

 それが激しく輝き始めた。


 輝きは連動する。


 右手から左手に、額に──。


 そして背に一対の黒い翼が広がった。


 空気が震える。

 カルラの力に怯えるかのように。


 力は更に高まり続ける。


 恐るべき威圧感。

 敵を絶望の底に叩き落とし、味方にすら畏怖の念を抱かせる。

 これが楽園の兵器が持つ力。


 かつて死の女神と呼ばれた、カルラが持つ力。


 高まり続ける力。

 臨界点の訪れを教えたのは、黒翼に浮かび上がった紋様。


 燃えるような赤。

 赤銅色に輝くマグマを見ているかのような紋様。


 両手、額、両翼。

 それら全てから、膨大な力をほとばしらせている。


「これが全力という物じゃよ」


 巨体を誇る大蛇。

 それすら小さく見える程に大きな赤い光が上空に発生した。


 禍々しい力の奔流。


 大地は捲り上がり、光に呑み込まれていく。

 なんとかコチラの仲間は耐えているが、ゾンビはそういうわけにはいかない。


 彼らは知性無き存在だ。

 己が危機に瀕していることすら気付かない。

 耐え凌ごうとすらせず、そのまま光へと消えていく。


 もはや勝負はついた。

 そう感じさせるには十分な力だ。

 しかしまだ足りない。


 絶望的な状況でありながら、悪魔だけが堪えていた。


 大地に沈めた胴体。

 それが植物の根のように、悪魔をこの世界に繋ぎとめている。


 悪魔とて分かっている。

 あの光に呑まれた後は、冥府へと向かう事に。


 だからこそ大地に喰らい付く。

 巨体故の圧倒的な膂力で。


 だが巨蛇を、冥府に送りたがっている者もいる。


「GYAAAaaaaaaaaa」


 悲鳴が大地を揺らした。


「アーシュっ!」


 リフレだ。

 彼女の短剣が、巨蛇の右目に深く突き刺さっている。


<天雷>


 強大な威力を誇るいかずちを降らせた。


 それは天から歪な光の柱が落ちてくるかのような光景。


 鱗を砕き肉を焼く。

 だが致命傷を与えたのは、目に突き刺さった短剣。


 短剣から電撃が脳へと達すると即座に焼き払った。

 更に脊髄も肉にも伝わる。


 それでも頭が1つ残っていた。 


 だが意味はない。

 短剣から伝わったせいで電撃を内側から浴びる羽目になり、巨蛇の筋肉は完全に痙攣していた。


 もはや大地に己を繋ぎ止めておく力はない。


 呻き声が僅かに聞こえた。

 だが上空の赤い力場が、その声すら飲み込んでいく。


 力無く僅かに動くだけの巨体。


 空中に引っ張られていく。

 うねり、もがき、暴れようとするも力は入らない。


 すでに未来は決まった。


 大蛇が見上げる先。

 そこには絶望が口を空けて待っている。

 歪みきった空間は赤く染まり、空腹を満たそうと待ち構えていた。


 それはカルラの念動力によって生じた空間。

 彼女の赤い魔力が充満し、それを消費しながら強大な圧縮空間を形成している。


 呑まれていく。

 巨大な2つ頭の蛇が。


「uGAAAAaaaaaaaa」


 最期の力は、断末魔の叫びを上げるのに使われた。


 あの空間は、血に染まることはない。

 だが全ての血を集めても足りない程の深紅。


 全てを喰らい尽くすかのような悪食。

 なにも拒まず、全てを受け入れ、等しく食いつくす。


 あの先には、平等な死が待っている。


 例え悪魔とて──。


 終わった。

 悪夢を振りまくハズだった巨蛇は消えた。

 領域特有の黒い空が消えたのがその証拠だ。


 しかし後始末が残っている。


「リフレ。あそこに向かって風を起こしてくれるかい」

「うん」


 リフレが魔術で風を起こすと、アーシュは1枚のカードを手放した。


 風に翻弄されながら導かれながら。

 空の赤い大穴へと。


 ヒラヒラと舞い、ゆっくりと。

 やがて飲み込まれ────白い雷光と共に赤い空間が消えた。


 これで本当に終わったのだ。


 戦いが。

 そしてダークエルフ達の想いが。

 

 多くの者を失った彼らに、ようやく心に区切りを着けるべき時が訪れたのだ。

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