我が愛し子たち
眩しい程の蒼が、どこまでも広がる真昼の海。
森の影に隠れ、アーシュ達は水平線を背景にしている影を確認していた。
空と海の間に見える黒い影。
それは幽霊船としか言えないボロボロの船。
本来は5本あったであろうマストは2本しか残っていない。
船体にもあちこちに穴が空いており、海の上に浮いていることすら不思議なほどだ。
あの船の乗組員は、甲板を歩いているモンスターと言ったところか。
船を確認し終わると、背後に目を向ける。
そこに転がってるガラクタ。
さきほど倒したモンスターだ。
表皮こそ生物の柔らかさを持っていた内部は金属。
まるで金属が生物に擬態しているかのようだ。
「ずいぶん面白い物を見つけたものだねえ」
一見すると普段通りの様子のアーシュ。
実際は僅かな高揚を感じているのだが、それを気付けるほどの付き合いをしている者はこの場にいない。
だがセリフの中に含みを感じる事はできた。
リフレもその一人だ。
「なんか知っていそうだね」
「先生に教えてもらったんだけどね」
先生と言ったが嘴の仮面先生を付けた方ではなく、強欲王先生を指しているので嘘はついていない。
「じゃ、行ってくるよ」
彼が見せたのは、近所の家に出かけるかのような気安さ。
少なくとも、モンスターがウヨウヨしている幽霊船に行く者の雰囲気ではない。
「本当に大丈夫なの?」
「父の研究結果が間違えていなければね。それに、なにかあっても逃げる余裕はあるさ」
アーシュの視線は自らの剣に移っている。
青い水晶で作られたかのような大剣内部に浮かぶ魔法陣。
この陣が出ていれば大丈夫だ。
そう説明したのだが、やはり受け入れるのは難しいのだろう。
誰の顔にも不安が滲みでている。
「それにモンスターも僕に従っているだろ?」
彼が目を向けた先。
そこには壊れたモンスターと共に、もう一匹大人しくしている存在があった。
かなり小型のモンスターだ。
「そうだけど……」
モンスターが人間の言う事を聞く。
そういった話が無いわけではないが、幽霊船に向かうのはリスクが高い。
あそこには大量のモンスターがいるのだ。
ちょっとした計算違いで、取り返しのつかない事になりかねない。
「あまり時間を使うと儀式が始まっちゃうだろうからね。うまくいかなかったらすぐに戻ってくるっていう事で納得してもらえないかな?」
赤い花が大量に増えた原因を作った存在。
明後日中に、それを相手にする事になるだ。
勝率を高めるため、手札を少しでも増やしておきたかった。
あの幽霊船が、その鍵になるかもしれないとアーシュは考えている。
だから多少のリスクを背負ってでも中を確認しておきたい。
納得した様子はないが、必要性はリフレも理解しているのだろう。
ようやく頷いてくれた。
「じゃ、今度こそ行ってくるよ」
*
船へ行くのはアーシュのみ。
あの船は沖合にあり、小舟でも出さなければ辿り着けない。
だが彼であれば、大剣に乗っていれば海の上でも移動できる。
若干の心配はあったが、海面スレスレを飛んだ彼は問題なく辿りつく。
その様子を確認した他の者達はホッと胸をなでおろしていた。
幽霊船に近づいて、損傷個所を確認する。
やはりアーシュの予想した通りであった。
損傷した穴の奥を覗く。
やはり木船に偽装しただけだった。
外装こそ木を模しているが、内部には金属が見える。
細胞が癒着するかのように、金属が溶けている。
それが損傷個所を塞いでいた。
金属細胞と呼ばれる今の時代には無い素材。
そして船内に入れば、壁自体が明かりを放っている。
楽園の船だと考えて間違いない。
更に奥へと進むと、他よりも頑丈そうな扉があった。
近くの札を確認するも文字が擦れていたが、かろうじて船長室と書かれているのが分かる。
内部へと入る。
全体的に朽ちている。
この船は機能面の維持を優先し、他の部分は後回しにして修復を繰り返してきたのかもしれない。
そのせいか。
部屋を探るも、この船についての資料は見当たらない。
紙の資料は総じて朽ちてていた。
残っていたのは楽園の技術で作られた、キューブと呼ばれる記憶媒体のみ。
残念だが、この場に中身を確認する術は無い。
それどころか、アーシュの技術力でも環境の問題で再生媒体を作ることは不可能だ。
しかし念のため回収しておくく。
机の上を確認する。
懐かしいという想いが込み上げてきた。
自分が直接見たわけではないが、強欲王は何度が目にしている。
彼の下にいた12人の高弟。
その一人が大切にしていた家族の写真があった。
楽園が滅んでから600年もの年月が経っている。
それでも写真が残っているのは、技術力の高さ故か。
だがどれほど優れた技術であろうとも、恩恵に預かる者がいなければ悲しいだけだ。
笑顔で映っている高弟の1人とその家族。
その写真を眺めていると、なぜか悲しみが込み上げてくる。
写真立てを伏せることにした。
この船は何のために彷徨っていたのだろうか?
写真立てがあったということは、高弟の一人が乗っていたハズだ。
考えるも答えは出ない。
確かに強欲王の知識を得ている。
だが強欲王自身も、楽園の全てを知っていたわけではない。
それにアーシュが受け取ったのは、研究に関する知識が大半なのだ。
考えても答えが出るハズもない。
だが分かった事もある。
この船は軍艦だ。
そう考えれば辻褄が合う。
船のモンスターが花を処分していたあの行為に。
あれは軍事行動なのだ。
紅い花を処分するというのは、楽園と敵対した者への妨害行為である。
そのため船内のモンスターが、紅い花を襲撃していたと考えられる。
だが、それだけではない。
この船には他に目的があったハズだ。
わざわざ高弟が出る程の目的が。
いや、必ずしも目的のためとは限らない。
逆に高弟のために船が出た可能性もある。
ああ、そうだ。
目的は戦争中に行われた実験の可能性が高い。
”我が愛し子たち”
そう。
あの高弟は、そう言いながら強欲王に研究成果を自慢していた。
確か強欲王が魔神となり、全てを清算する少し前だったハズだ。
もしかしたら、この船には高弟の研究成果が乗っているのかもしれない。
確か彼が好んだ研究は────人造生命体の精製。
いわゆる生物兵器だ。
その研究は医療分野で多くの実績を残した。
細菌や生物を弄った兵器が、色々とやらかしている。
このため彼自身が、楽園に要注意人物としてマークされていた。
そんな人物の研究成果を軍艦で運んでいたわけか。
危険な臭いしかしない。
嫌な汗が流れた。
この船に積まれた研究成果が、手に負えない物なら海の真ん中に船ごと沈めよう。
いや、それよりも敵対者の所にも送りつけて、災害の一つでも引き起こしてやった方が得になるか。
危険物の廃棄方法を決定すると、調査の続きを始めた。




