紅い花
結局、交易の話は保留となった。
そもそも、この話は転移門の修復に成功するのが大前提なのだ。
しかし転移門の修復に成功した者は、これまで存在していない。
だから修復を信じろという方が無茶というものだ。
それでもこの問題の解決は難しくは無い。
転移門を実際に使かってもらえばいいのだから。
今はそれよりも行いたいことがある。
「あの紅い花の原種が欲しい」
アーシュがいるのは貸し出された簡素な家。
話し合いのために6人の護衛を集めたから少し狭い。
だが、この場にいるのは身内だけではない。
「あれには私達も困っていたからいいけど。理由を教えてもらっていい?」
答えたのは、ダークエルフの少女。
緑色の髪を肩に届かぬ長さで切った、褐色肌の少女。
快活そうな雰囲気を纏っているが、わりと言葉を選んでいるように見える。
長の孫に当たるだけでなく、この言葉に慎重な所もアーシュ達の世話役を任命された理由なのだろう。
「原種は色々な薬に使えるみたいでね。協力してもらえるのなら相応の対価を支払わせてもらうと、長老には伝えてもらえるかな」
採取には色々と問題もありそうだけど──と伝えようとも思ったが、その前にリフレの表情が気になった。
「…………」
「あの花に、なにかあるのかな?」
リフレが見せたのは微妙な表情の変化。
何かあるようではあるが、それでも言葉を紡がない事が気になる。
「許可をもらえれば、すぐにでも原種を探そうと思っている。何かあるのなら出発前に教えてもらえると嬉しいよ」
この場で追及しても答えてくれそうもない。
そう判断をし、原種探索の許可を村長から出してもらうことを優先するした。
*
村長からの許可は、条件付きではあるがすぐに降りた。
その条件も、ありがたいことに大きな負担とならない物だ。
条件というのは、紅い花の情報を提供しろという内容。
あの花は最近になって増え始めた。
このことが森に悪影響が出るのではと心配しているようだ。
「それはなんと言ったらいいのやら」
長老に手元にある情報を伝えたが、そうとう頭が痛かったようだ。
内容が酷過ぎて、すぐに言葉を返す事は出来なかった。
「花の花粉が持つ麻薬の成分は微量なので、よほど弱った方でなければ気にしなくても大丈夫です」
麻薬の効果。臭いには陶酔効果。
アレは僅かとはいえ、そのような厄介な性質を持った花だ。
それが咲き乱れているのなら、頭を抱えたくもなるだろう。
だが、本当の問題はそこではない。
「問題は儀式が目的の場合です」
「そうじゃろうな……まさか森の生物が死に絶える可能性があったとは」
あの花は危険な儀式に使われるのだ。
こちらの問題については、頭が痛いどころの騒ぎではない。
まりにも衝撃が強すぎて、逆に感情が起伏を失い声が平坦になってすらいる。
「いずれもあの花が僕の知っているのと同じだった場合の話です。もうじき僕の先生も来るので、サンプルを用意してもらえれば確認をします」
ダークエルフにとって死活問題なのだ。
すぐに探索隊を組んでくれた。
この調査なのだが、アーシュの連れてきた者達とダークエルフで混成部隊を作ることになった。
各6名ずつの合計12名が、調査部隊の参加者だ。
人数的には多くないが、軍事行動ではない。
それに地理に詳しいダークエルフが6人もいるのだ。
動きやすいように、人数を絞った方がいい。
彼らの背中を見送ると、アーシュは花を分析する準備を始めた。
行う事は難しくは無い。
レンズと薬品を使っての確認だけだ。
すでに転移門を使って先生も来ている。
彼が持ってきてくれた機材を広げて、調査部隊の帰還を待つだけだ。
「先の指示通り、僕は分析に移らせて頂きます」
「そのようにお願いします」
鳥の嘴をあしらった仮面と全身を覆う黒いローブ。
いずれも僅かに見ただけで一流だと分かる程の代物。
そのせいで怪しさが凄まじいことになっている。
アーシュが先生と呼ぶ人物。
名はクトラ。
アーシュに向けて仮面の奥から響く声。
やはり声も仮面のせいでくぐもっており、性別の判別は難しい。
だがとても穏やかな物で、どれほど彼を大切にしているのかが良く分かる。
その声が、家の外に向けられた。
「なにか御用でしょうか?」
クトラが家の外に問いかける。
すると、バツが悪そうにリフレが入ってきた。
「あの花の事で何か話してくれるのかな?」
「……うん」
アーシュのような子どもに、悩みを相談するなど本来はありえない。
だが彼の言葉に部族が動いているのを見れば、彼女なりに思う所もあったのだろう。
それでも語りにくそうに口をもぐつかせてはいるが。
「私は紅茶の準備でもしましょう。ティーセットを探すのに時間が掛りそうなので、しばらくお二人でお話をしていて下さい」
柔らかな雰囲気を2人に向けると、クトラは家を出ていった。
間違いなく何か勘違いをしている。
だが残されたのはお子様な2人のみだ。
その辺りの機知には乏しく、訂正を求めることもない。
「花のことを聞かせてもらっていいかな?」
「うん。……あの花なんだけどね。私達が前に住んでいた村が襲われた後に咲き始めたの。だから村の事と関係があるかもしないって思って」
彼女の話を聞く限り、強欲王の知識にあった花と共通している。
そして”村が襲われた後に咲き始めた”という点。
当てはまる情報が強欲王の知識にはある。
厄介な相手が同じような事をしたという記録として。
「話してくれてありがとう。あの花が僕の知っているのと同じ可能性が高そうだって分かったよ」
心当たりはある。
可能性は高い。
状況証拠しかない現状で、憶測だけで物を言うわけはいかない。
この日は、それ以上を話す事はなかった。
だが3日後。
調査隊の集めてきたサンプルにより、明確な答えが出た。
「そうなんだ・…」
アーシュの言葉に、彼女は俯いている。
その様子に悲しみや落ち込み、復讐心とも違う何かを感じる。
覚悟というべきか。
何かを決意した人間の雰囲気。
「話してくれてありがとう」
立ち上がった彼女の一言。
まるで無理やり声を絞り出したかのように感じられた。




