ダークエルフ
数十分の移動の後、ようやく森の奥にある集落に辿り着いた。
集落といっても村程度の規模。
それなりの規模がある。
だが家の作りは簡素だ。
イザとなれば、すぐに土地を捨てるためだろうか。
建物は竹のような細い木を束ねた素材で出来ている。
少なくとも、集落の出入り口付近で見回した限りガッチリした作りの建物は無い。
それにしても初めて見た。
強欲王の知識の中にはあった。
だが、あくまで情報を持っていただけだ。
他の者たちにとっては、それ以上の驚きがあることだろう。
そう思い護衛の顔を覗いてみる。
だがアーシュの期待通りにはならなかった。
彼らは見慣れた物を見るかのように平静であった。
「君らはダークエルフと会った事があるのかい?」
「はい。仕事がら表に立てない方と会う機会が多い物で何度か」
アーシュの見た先には、長い耳をした褐色肌のダークエルフ達。
こちらを気にはいるが、強い警戒心は無いようだ。
それに、先行した者も上手に溶け込んでるように見える。
笑顔で雑談をし、相手側の戦士に上の人間との引き継ぎを頼んでいた。
彼がうまく動いてくれたのだろう。
少しボーナスを奮発した方がいいかもしれない。
貴族というよりも、会社の中間管理職に近い発想になっている。
その事実に気づく事もなく、更に周囲を観察し続けた。
それにしても気になるのは、護衛との会話内容だ。
”表に立てない方”と護衛は言っていた。
すなわちダークエルフは、世間的に良い扱いを受けていないということだ。
エルフ、ビースト、ヒューム──。
楽園には多くの種族がいた。
中には逃げるように楽園にやってきた種族もあったらしい。
その中にダークエルフが含まれる。
楽園側が敗戦した後は、彼らの先祖も色々と大変だったのかもしれない。
「森に赤い花が大量に咲いていたけど、この花について情報を集めておいてもらえないかな?」
「はい」
道中で採取した花を渡すと、護衛の一人がその場を離れた。
その様子を見送ることなく、アーシュは思考の世界に没頭した。
考えるのは、あの赤い花について。
あの花が大量に咲くのはおかしい。
かなり厄介な花だが、少量しか咲かないのが救いだ。
それが大量に咲いたのだとすれば考えられるのは、別の花を勘違いしているか人為的な手が加わった場合。
人為的に手が加わったと、思い当たるは強欲王の敵対者──魔術王と呼ばれた存在。
楽園を滅ぼした世界連合。
その指導者の立場にあった魔術王。
彼に従っていた者の中にいた。
この手の魔術を得意としたのが。
だが魔術王は既に死んでいるハズだ。
彼の国も滅び既に存在していない。
それでも、仮にの話を考えてしまう。
仮に自分と似た方法で、死の先を用意していたのだとしたら。
彼は強欲王とは違う。
魔術の才能を持っていた。
それも圧倒的な。
彼の才能を使えば──いや、いま考える事ではない。
不確かな情報で物事を考えても、正確な答えなどでないのだ。
アーシュは思考が脇道にそれたのに気付き、再び元いた思考の場へと戻った。
この状況で確かなのは、紅い花が大量に咲いているという事実。
あれが強欲王の知識の中にある花だとすればかなり厄介だ。
──たくさんのサンプルが欲しいな。
まずは、あの花が自分の思っているのと同じかの確認だ。
彼はそう決断をすると、部下に指示を出した。
すぐさま行動を開始した護衛の一人。
ちょうどその時だ。
使いに出ていた兵士が帰ってきたのは。
「長老と面会の許可が下りました」
「いま行くよ」
面会の許可を確認すると、アーシュは長老の下に向かった。
*
長老は、酋長の立場にある。
彼の家もまた作りが他の家屋と同じであった。
やや広めではあるが、基本としていつでも捨てられるような作りだ。
「まずご挨拶の機会を頂けたことに感謝を述べさせて頂きます。私はヴァールナ王国においてリクレイン家を継ぐことになっているアーシュ・リクレインと申します」
研究時の邪悪さを隠しての挨拶。
この場では子供らしさなど必要はない。
かといって、威厳なども必要ない。
あくまで友好的な態度であればいい。
「これはご丁寧に。ワシはこの集落で長をしておる、セルマ・アンバーと申す者。見ての通り、森の深くにある上に小さな集落でな。客人が来ることなどないのじゃよ。まともなもてなしは出来んが、許してもらいたい」
こちらが子どもであっても侮る事もなく、礼儀を持って接してくれた。
先に挨拶をした配下が、上手に機嫌を取ってくれたようだ。
これなら多少の深い話しが出来るだろう。
「いえ休む場所を貸して頂けただけで十分ありがたいです。こちらは感謝の印として受け取って頂きたい」
アーシュは護衛の一人に食料を運ばせた。
「なるべく保存の効く物を用意させて頂きました」
「重ね重ねご丁寧にありがとうございます」
一応は友好的な関係になれたようだ。
なら、少し深いところを聞いても大丈夫か。
「アンバーと聞いて思い浮かべたのは、魔導王陛下の下で力を振った勇敢な戦士の一族ですが、なにかご関係があるのでしょうか?」
酋長の目が大きく開かれた。
驚きというのもあるが、それよりも喜びを感じさせる表情だ。
やはり強欲王の名を使わなくて良かった。
強欲王というのは蔑称に近い。
敗戦後は強欲王と呼ばれるのが一般的になったが、元々は魔導王と呼ばれていた。
長老は仕えたことに誇りを感じているようだ。
もしも強欲王などと口にしたら、間違いなく不況を買っていた。
「おお、ご存知でしたか。確かに我らは魔導王陛下に忠誠を誓う戦士の流れを組んでおります。残念ですが、我らは裏方で大きな功績を立てることはできませんでしたが」
謙遜かと思ったが、彼の表情を見るとそうではないようだ。
ひょっとすると、強欲王との間に認識の違いがあるのかもしれない。
「私の父は、生前に魔導王陛下について調べておりました。その中にアンバーの名があったのですが、どのような功績を立てたのかを説明されたことがあります」
”パパ凄い作戦”発動。
錬金術や強欲王関連は、パパに押しつけるに限る。
何年かすると、パパがとんでもない超人になっていそうだが気にする必要はない。
情など一切ないのだから。
「アンバーの働きにより、多くの兵が死地から帰還した戦争がいくつもあったとか。確か魔導王陛下から短剣が下賜されたと聞いております」
「ほお。そこまでご存知でしたか」
「あくまで父に説明をしてもらった範囲ではありますが」
彼らの働きを強欲王が評価していたか? その答えはNO。
それどころか、政治にも積極的に関わろうとすらしていなかった。
彼にとって重要なのは研究であり、政治は研究の場を作る手段でしかなかったのだ。
しかし他の政治家は違う。
アンバーの名を持つダークエルフは裏方だった。
このため派手な評価は行えなかったが、彼らの功績を称える者は少なくなかったようだ。
酋長との話を続ける。
強欲王の知識と、アーシュの視点を交えて。
そして場が十分に温まったと判断した所で、本題を切り出した。
「私どもと交易をなさる気はございませんか?」
アーシュの目的。
それは交易。
領の発展には交易が必要となる。
だが見下される対象であるリクレイン領と、まともに貿易をしたがる所など国内にはない。
このため外国に交易相手を求めた。
「なんとも魅力的な提案なのだがのう。このような森の奥では荷を運ぶのも一苦労じゃろうて。すまんが希望に沿えんじゃろう」
「転移門を復活させたと言ってもでしょうか?」
再び酋長の目が大きく開かれた。
やはり知っているようだ。
転移門が何かを。
「私達は魔導王陛下の流れを与む方のご助力によって、転移門を復活させることに成功しました」
アーシュの発言は、あまりにも驚愕が大きすぎた。
酋長はしばらく、次の言葉を発することが出来なかった。




