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 14:30。


 道中で食事や休憩も度々挟んだので、何だかんだで出発してから五時間以上は経過していた。まだ、函館の入口に入ったところである。ユラが身を隠している場所は、函館の中でも南側に位置する町の辺りであり、再会までまだしばらく時間はかかる。はやる気持ちを抑えて、遅めの昼食を取ることにした。

 僕達は道路沿いにある、ピエロのマスコットが目印の、道南地区限定の有名ハンバーガーショップに入った。車を降りると、三人とも大きく伸びをした。張り込み調査をしていてわかっていることだか、やはり長時間じっとしているのは、本当に辛い。

 店内に入る。古き良きアメリカ調のファストフード店と、中世ゴシック調のレストランが混ざったような、緑色を基調とした何とも言い表せない派手派手しい独特の内装。ハンバーガーショップのはずなのに、メニューにはカレーライスやオムライス、果てはお好み焼きまであり、ボックス席のシートは天井から鎖で吊るされたブランコだったりと、色々と攻めている店だ。

 この店の名物である、特大のチキンハンバーガーを三人で食べることにした。このハンバーガーは、例えるならば油淋鶏(ユーリンチー)、もしくは竜田揚げのような鶏肉の唐揚げに、甘辛いタレを絡めてパンで挟んだもので、全国ご当地ハンバーガーを決める大会で優勝したこともあるらしい。皮付きのフライドポテトは、マグカップにぎゅうぎゅうに押し込まれて出て来た。この店は三人とも初めてだった。


「美味しい〜!」


「何これ!ヤバい!」


 これは本当に美味かった。驚いて、つい二つ目のハンバーガーを注文しそうになったほどだ。だが、せっかく低燃費の源介の体でいるのに、胃を大きくしてしまうのは嫌だったので、我慢した。腹が満たされると、一気に疲労が襲って来て、しばらく三人とも無言になってしまった。さすがにこれだけの長距離を一人で運転し続けたリリィからは、疲労の様子が見える。僕と瑞穂は乗っているだけだったが、それもまた結構疲れるものだ。瑞穂も、道中よく寝てしまわずに耐えている。後もう少しだ。僕達はユラに会うことを考えて、何とか体を動かそうとしたのだった。



 15:50。


 交通量の多い函館市内の主要道路をノロノロと進んで南下し、僕達は函館市末広町(すえひろちょう)にある、金森(かねもり)倉庫群の付近までやって来た。

 函館駅より南側、港の波止場沿いに、明治時代の巨大な赤レンガ倉庫が立ち並び、道はアスファルトではなく石畳、街灯は西洋的なデザインのガス灯だ。まるで、ここは日本ではないような錯覚に陥りそうになる。函館の観光名所であり、赤レンガ倉庫の内部は、今はショッピングモールになっている。この重厚な倉庫群は明治時代から、港に入ってくる商船から運び込まれる食料品や衣料品など、ありとあらゆる物品を蓄える為に使われた。ここからまたさらに北海道各地へ、物品は鉄道で運ばれた。

 札幌の開拓使麦酒工場もそうだったが、歴史的建造物を壊すのは勿体無いし、だからと言って眠らせておくのも無駄だし、だったら商業施設に変えてしまおうという発想は、どこでも同じなのだろう。夜になれば、倉庫群はキラキラと輝くネオンでライトアップされ、雪の積もる冬には、ホワイトクリスマスイベントも開かれる。若いカップルには、人気のデートスポットでもあるのだ。


 この金森倉庫群から歩いて数分の場所にある、予約しておいたホテルにチェックインすることにした。瑞穂は、経費が余計にかかると悪いので同じ部屋で良いと言ってくれたが、男の僕がいることだし、さすがに依頼主であるので、別のシングルの部屋に泊まってもらうことにした。ないとは思うが、万が一の危険に備えて、すぐ隣のツインの部屋に、僕とリリィが泊まる。

 窓から先程の金森倉庫群や港と海が見える、眺めの良いツインルーム。シングルベッドが二つ、窓際に小さなテーブルと、それを挟んだ二つのソファ。ありきたりな、なんの変哲もない間取りのホテルの一室だが、旅行サイトの口コミで高得点なだけあって、真新しく綺麗で、大正ロマンをモチーフにした和洋折衷なデザインが洒落ている。備え付けのユニットバスを使ってもよいが、このホテルは何と屋上に温泉の露天風呂がある。贅沢かと思ったが意外に値段は安く、ビジネスホテルに毛が生えた程度で済んだし、何よりユラとの接触の利便性を考慮し、ここを選んだ。

 温泉。定山渓で頭をよぎった疑問が、またしても頭にこびり付く。僕は頭を振って、冷静になろうと努力した。リリィと同じ部屋で一泊するのは、かなり緊張する。事務所では、リリィは二階で寝袋にくるまり、僕は一階のソファに寝ていたので、同じ屋根の下とは言っても、寝る空間は別だった。


「だぁ〜疲れた〜」


 リリィは、荷物を放り出して、ベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。


「運転、お疲れ様です」


 デニムのショートパンツと黒いトレンカ。丸い曲線を描いたリリィの尻と太ももが、僕を挑発する。このまま飛び付いて、この尻に顔を深く(うず)めて匂いを全力で嗅ぎ、蹴られて痛みを感じる間もなく大往生してしまおうかとも妄想したが、そんな血迷った考えはすぐに振り払った。やはり疲れている。しかしこの細い足で、どうやってあんな殺人的な蹴りを放つのだろうか。だがそうは言ってもよく見ると、確かに太ももやふくらはぎは、普通の女性よりも引き締まっている。


「オト〜!足痛いからマッサージしてよ」


 ドキッとした。マッサージだと?


「マッサージなんてしたことないですよ。さぁ、またすぐ出かけないと」


 クラッチとアクセルとブレーキを踏み続けて、足が痛いのだろう。


「揉むだけなんだからできるよ〜。ほら早く」


 リリィは、ベッドの上でうつ伏せになりながら足をバタバタさせた。甘える子供みたいで、少し可愛いと思ってしまった。


「揉むってどこをどうやって……」


「ふくらはぎ。パンパンだから。揉みほぐして!」


 仕方なく、リリィの足をまたぐ形で僕もベッドに座り、言われた通りリリィのふくらはぎを両手で、何となく揉んでみた。


「あ〜いいね〜たまらんね〜」


「こんな感じでいいです?」


「……うん」


 揉んでみると、確かにリリィの足の筋肉が固くはっているのがわかった。これを、柔らかくほぐしてあげれば良いわけか。指を立てて、力を込めてマッサージを続けた。


「ここですかね」


「あっそこそこ」


「あと、ここも」


「んっ、あっ」


 リリィが随分と卑猥な声を出すので、間違いを起こさないように、必死に親戚のお婆さんの法事を思い浮かべる。


「痛っ!」


 ツボに指が入ったのか、リリィがビクッと反応してエビのように仰け反り、僕はバランスを崩して、リリィに覆い被さるように倒れてしまった。


「あの〜オトさんリリィさん……あっ!!」


 突然、背後から瑞穂の声が聞こえた。僕とリリィは、部屋の入口に向かって振り向いた。瑞穂と、目が合った。すぐに荷物を置いてロビーに集合する約束だったので、ドアは閉めずにストッパーをかませていたのだ。時が止まる。


「えっ、ちょ、違っ……これは」


 冷や汗が噴き出した。


「……あっ!あの!お邪魔してごめんなさいっ!!」


「あの、瑞穂さん!違う!待って!!」


 僕の嘆願は届かず、瑞穂は慌てて自分の部屋に逃げ帰って行った。バタン!という音が聞こえた。瑞穂が自分の部屋のドアを閉めた音だろう。僕とリリィは顔を見合わせた。


「あ〜もしかして、面倒になった感じ?」


 リリィが、引きつった笑顔で言った。


「……リリィさんのせいだ!」


 僕は、抗議した。きっと、僕の顔面はぐしゃぐしゃに歪んでいただろう。

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