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暴走族だと言うのに、どいつも今時のガキらしい普段着だ。派手で時代遅れな、特攻服のようなコスチュームなんて着ていない。バイクも、人目を惹くような異様な改造はされていない。鉄パイプや釘バットなどの、お約束な武器も持っていない。バラバラになって走っていれば、ただのバイクが好きな子供に見えるだろう。
奴らの様子を見て、僕は察した。奴らは、本気で警察に捕まることを嫌がり、避けようと細心の注意を払っている。少年院に入って泊が付く、なんてわかりやすい子供らしい価値観なんて持っていない。打算的で、狡猾だ。奴らには、捕まるわけにはいかない理由がある。叩かれれば、埃が出る。芋づる式に、あれやこれが見つかってしまう。リキッドの言っていた通り、間違いなく薬物で商売をしている。
リキッドが、しかめっ面をガキ共に向けたまま、僕に早口で言った。
「オト君!よく聞け。こいつらは所詮、体がデキていないガキだ。優等生達だから、武器も持ってない。今の君の体なら、殴られても蹴られても、大したことにはならないはずだ。ビビるなよ。ただ、掴まれないように、倒されないようにだけ気を付けろ」
「……わかりました」
漏らしそうだった。僕は、今は源介の体なんだ。身長も体重も、こいつらより上だ。大丈夫だ。リリィとの稽古を思い出すんだ。身を奮い立たせるしかない。
「相手を倒すことなんて考えるな。とにかく、無事に逃げ延びることだけを考えろ。事務所には向かうなよ。ススキノ交番へ向かえ」
ススキノ交番。あそこまで、どれくらいの距離があるだろうか。
「蹴るなよ。素人が修羅場で蹴るのは難しい。護身の為に、必要最低限な時だけ、殴れ」
「……りょ、了解です」
リキッドは、すでに猫足立ちになっていた。ガキの一人が、叫んだ。
「やれぇぇぇぇっ!!」
一斉に攻めて来る。僕は、地面を蹴り、駆け出した。
リキッドが、先頭のガキに丸太のような足刀を叩き込み、吹き飛ばす。飛びかかって来た別のガキを掴み、そのまま片手でアスファルトに叩きつけてから、容赦なく踵で踏む。さらに別のガキの突きを捌き、その伸びた腕を決めて背負い投げる。
「逃げてんじゃねえよ!」
突然、右から立ちはだかったガキが、右腕を大きく後方へ引いた。踏み込んでも来ないし、腰が回っていない。脇も開いている。これは、腕だけだ。動きもでかい。大したことのない右が、来る。やるしかない。覚悟を決めろ。
──僕はできる!──
見掛け倒しの大振りの右を左腕で捌くと、ガキの顔がガラ空きになった。こんなにも簡単なのか。こんな所で、僕は立ち止まるわけにはいかない。
──邪魔だ!道を開けろ!──
「革ゲンを舐めんじゃねえっ!!」
叫んだ。軽い痛みと例の快感が、同時に右拳を伝って脳に流れ込んで来る。ガキが倒れる。直後、膝裏とふくらはぎに、鈍い衝撃を受けた。後ろから別のガキ。蹴られた。倒れてはならない。咄嗟に振り向き、髪を掴む。同時に、顔を殴られる。ガチッという衝撃が骨に響いたが、痛みはそれほどでもない。掴んだ髪を両手で懐に引き寄せ、膝を喰らわせる。ガキの鼻が潰れ、地面に血が落ちた。体が、軽くなる。
これなら、何とかなるかも知れない。リキッドは、きっと大丈夫だ。自分の心配だけをしろ。自分一人がまず無事に逃げるんだ。僕は恐怖と同じくらいの興奮に身を任せ、また駆け出そうとした。服を後ろから引っ張られる。振り向く間もなく、足をかけられ、倒された。パニックになりかけたが、上半身を捻り、かけていた眼鏡を外して握り、馬乗りになって来たガキの顔面に叩きつけた。
「いってぇぇぇ!!」
眼鏡のフレームがグニャリと曲がり、レンズが二つ弾け飛んで転がった。ガキが僕から飛び退いて、絶叫した。突然、顔を蹴られ、衝撃と同時に視界がぐるんと回転し、力が抜ける。鼻と口の中に、鉄の味と臭いが広がった。数秒遅れて、激しい痛みが走る。また別のガキか。倒れていると危険だ。ガキの細い足が目の前にあった。僕はその足に両腕でしがみつき、そのガキを地面に転がした。ガキは、受身も取れずに、後頭部からアスファルトに直撃した。痙攣し、口から泡を吹く。その小汚い顔面を、全力で踏み台にして、また走る。潰れて砕けた感触。知ったこっちゃない。お互い様だ。自己責任だろ。
今度こそ、僕は自由だ。リキッドが追い付いて来た。ガキ共も恐れずに追いかけて来る。
「熱くなるなよ!逃げれば勝ちだからな!」
リキッドの後ろを見た。追って来ているガキ共のさらに後ろに、今さら遅れて地上に出て来た、ヤガミが立っていた。右手に、長い何かを持っている。刀だ。
「うわぁぁぁぁ!!」
僕は震え上がって叫んだ。
「……あいつ、本物のキチガイだな」
ヤガミが突進して来た。ガキ共を追い越し、たった一人で、ありえないスピードで追跡して来る。僕とリキッドは、なりふり構わずに、自分の限界を超える速度を出した。大の大人が、手のひらをピシッと伸ばして本気で走る。こんなに派手に大立ち回りをやって大丈夫なのか?奴は、警察に捕まることを恐れているんじゃなかったのか?
「あいつ一人だけおかしいぞ!」
ススキノ中心部に向かっているので、だんだんと人通りが増えて行く。車道を突っ切る。後ろで、車がクラクションを鳴らしながら激しく電柱にぶつかった。ヤガミが、その車のルーフに駆け上がって飛んだ。通行人の悲鳴が、四方八方から聞こえて来る。
「待てやぁぁぁぁぁ!!」
「待つわけないだろう!一生逃げてやるぜ!」
ズボンが、びしょびしょに濡れた。無理もない。これは漏らす。
「オト君!ありゃダメだ!交番に逃げ込んだって無駄だ!とにかく地の果てまで逃げろ!!」
「わ!わかりました!!」
「てめえらだろぉぉぉぉ!毎晩俺に付きまとってんのはぁぁぁぁ!監視してやがんだろぉぉぉぉぉ!!」
ヤガミの絶叫。言っている意味がわからない。店の中でのあの不気味な冷静さは、もう欠片も感じられなかった。
「うぉぉ!あいつ速いぞ!」
もう、かなりの距離までヤガミが近付いて来ているらしい。その時突然、僕達のすぐ後ろで、車の急ブレーキ音が鳴り響いた。同時に、重たい物がぶつかる衝撃音も聞こえた。振り向くと、ヤガミの体と無数のガラスの破片が、宙を舞っていた。人間が放物線を描き、地面に落下する瞬間。スローモーションだった。フロントを歪めた軽トラが、蛇行してビルの壁に突き刺さる。通行人が、蜘蛛の子を散らすように避難する。ヤガミは、地面をゴロゴロと何回転かして、あおむけになって止まった。
「あのバカ……!」
ヤガミは、車にはねられたのだ。これは、間違いなく事件になる。虻川と工藤の顔が、頭をよぎる。ヤガミを全く哀れとは思わないが、警察の聴取が嫌だった。
「……嘘だろ」
目を疑った。ヤガミは、何事もなかったようにゆっくりと起き上がり、首を左右に振って、腕まくりをした。視線を巡らせ、僕達を見つけた。そして、笑った。また全力で、僕達目掛けて走って来る。
「何でだぁぁぁぁぁぁ!!」
おまえはゾンビか?なぜ立ち上がれる?痛くないのか?怖くないのか?
「てめえらぁぁぁぁぁ!ヤられる前にヤってやるぞコラァァァァァァ!!」
僕達はおまえをヤろうとした覚えなんてないぞ。死にたくない。ヤガミは、ターミネーターだ。コマンドーよりも強い。その時、車道の向こう側から何者かが飛び出し、走るヤガミを、真横から蹴り飛ばした。リリィだった。
「おせーよ!」
「うるせーな、これでも急いだんだから!」
吹っ飛んだヤガミは、鼻と口から大量に出血しながらも、まるで応えていない様子で、またゆっくりと立ち上がった。車にはねられても、蹴り飛ばされても、右手に握った刀は絶対に手放さない。
「何なのこいつ……」
「普通じゃねえ!イカレてるぞ!気を付けろ!」
「アハハハハハハッ!!」
ヤガミは、口から血とよだれを垂らしながら爆笑した。爬虫類のような三白眼は、左右の視点があっていない。ヤガミのタトゥーだらけの左腕に、おびただしい注射の跡が見えた。
「こいつ、何かキメてるな」
薬か。
「かかって来いやぁぁぁぁぁ!ジジババァ!!」
ヤガミが、甲高い声をあげ、仰け反った。




