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「そう怖い顔をするなって。俺は、君達の仲間をやった犯人を探してもいるんだ。そいつが俺の弟分までやってくれたんでな。些細なことでもいい、教えてくれないか?」


 リキッドは、馴れ馴れしくさらに近付いた。ガキ共は全く物怖じせずに、この自分達より遥かに体格のよい大人を睨みつけている。公共の場で、大人が自分達に手をあげるわけがないことを分かっているのだろう。ガキ共のグラスは、どれも中身がほとんど残っていなかった。


「マスター!この友人達に、ビールを三つ!俺に付けてくれ!」


 カクテルを作っていたマスター、は不思議そうにリキッドを見てから、また無言で頷いた。


「……おい、おっさん、余計なことすんなや」

「まぁいいべや!くれるっつーんだもんなぁ?おっさん!」


「あぁ、遠慮はいらん」


 リキッドはこうやって、少しずつガキ共の懐に入って行くつもりなのだろう。僕達にはラスティネイルとギムレット、ガキ共にはグラスビールが三つ、それぞれ運ばれて来た。ラスティネイルは、見た目はウイスキーのオンザロックと何も変わりがないように見える。


「いただきやーす!」

「ガハハハ!」

「ウェーイ!」


 僕達は、ガキ共と茶番のような乾杯を済ませた。ガキ共は、少しずつ調子に乗ってきている。リキッドのペースだ。


「当然知ってるだろ?夕べ、赤レンガのショッピングモールの近く。相当やられたんだってな。そんなに危ない奴なのか?」


「誰よ、そんなこと言いふらしてる奴?」


「誰ってことじゃない。風の噂だ」


「おっさん、何、そいつら捕まえてヤキいれるってか?」


「そうだ。弟分のカタキ討ちをする」


「なんぼおっさん強そうでも、あいつらヤバいべ!ギャハハ!」


 来た。このガキは、昨夜あの場所に居たのだろうか。ケガはしていないようだが。


「俺は一応、喧嘩には自信はあるつもりなんだが……そんなにヤバかったのか?君達でもか?」


 リキッドが、やや心配そうな演技をする。うまい。おだてて、ガキ共の調子をあげようとしている。


「や、昨日は俺ら行ってなかったけどよ」

「ユウタ、顎折れたっちゅったべ」

「何か、女?蹴りが半端ねえとかって」


 僕が殴ったガキは、どうやらユウタという名前らしい。


「……女!?女にやられたのか?おい!コウスケ!女だったのか!?」


 リキッドが驚いた演技をして、突然僕にふる。とりあえず僕はコウスケなんだな。僕は情けなさを全力で表しながら、首を縦に振った。なぜか僕まで演技を始めている。


「これは有力な情報だ。やはり、君達の仲間をやったその女が、このコウスケをやった犯人だ。間違いない。全く知らない奴なのか?いいのかこのままで!?」


「いや〜一応、俺らもメンツあるからな。探してヤキ入れたいけどよ、手掛かりねえもんな」


「何もしていないのに、突然襲われたのか?その女は通り魔なのか?」


 リキッドが、攻めた。


「や、昨日のは、ヤガミ君から言われてよ……」

「おい!ケンジ!」


 ガキが口を滑らし、もう一人のガキが慌てて制した。確かに「ヤガミ」と聞こえた。そのヤガミという男が、ユラのアパートをガキ共に見張らせ、近付いて来た僕達を襲うように指示したのか?


「……まぁアレだべや。そこらへんは、おっさん達には関係なしってことで」


「そうか。事情があって、まぁ、喧嘩になったって感じか?」


 リキッドが、もうひと押しする。


「……」


 ガキ共が口を閉ざした。これ以上は難しそうだ。


 その時、突然、入り口の扉が乱暴に開けられ、一人の男が入って来た。その男の異様さに、僕はギョッとした。

 即頭部を広く刈り上げたツーブロック。サイドに流された長い前髪。一重まぶただが、鋭い眼力を備えた三白眼。暗くてもわかるほどの、異常に青白い肌。真っ直ぐに、鎖骨程までも伸びた顎ヒゲ。グレーの長袖サマーニットに、黒いスキニーパンツ、レザーブーツ。広いVネックから覗く胸元と、袖から出た手の甲部分に、サンスクリット文字のようなタトゥーが見える。ピアスやアクセサリーは一切身に着けていない。華奢で、恐らく身長は175cm程度。非常に若いが、病的で、危険な雰囲気を醸し出している。明らかに普通の人間ではない。


「あ!ヤガミ君!」

「お疲れ様っす!」

「先、やってましたぁ!」


 ガキ共が緊張し、立ち上がって迎える。この男がヤガミか。もしかして、ヤガミは皇心會の総長か何かなのだろうか。だとすると、まだ10代なのか。


「おう、お疲れ」


 ヤガミは、そう言って片手を上げ、フラフラと近付いて来た。そして、僕達を見ながら言った。


「こちらのお兄さん達は?」


 ヤガミは、僕達をおっさんではなく、お兄さんと呼んだ。意外だった。僕のこの悲惨な姿を見ても、表情を少しも変えない。妙だ。


「ヤガミ君、こいつら、なんか、ビールごっそ(・・・)してくれてさ」


 その瞬間、ヤガミの顔色が険しくなった。


「やぁ、邪魔してる。実は、弟分をやった奴を探しててな、それで」


「うちの奴らがタカったようで、悪かった」


 リキッドの言葉をピシャリと遮り、いつの間にかヤガミは、五千円札をリキッドの胸に突き付けていた。


「……ん、どういうつもりかな?」


 リキッドはそう言って、努めて冷静を装っているが、内心驚いているに違いない。


「返すよ。悪いから」


「あ……ヤガミ君、ごめん、俺ら……」


 気まずそうに呟いたガキの声を無視し、ヤガミは札を突き付けたまま、無表情でリキッドを見ている。


「おいおい、残念なことするなよ。俺は、俺の趣味で彼らにご馳走したつもりだったんだけどな。迷惑だったのかな?」


「うん迷惑。だから、これ」


 リキッドもヤガミも、お互いの目をしっかりと見据えて、譲らない。場の空気が張り詰める。


「何だか、お邪魔だったようだな!悪かったよ。コウスケ、帰ろう!」


 リキッドは笑って、ヤガミの札を無視し、自らの一万円札を財布から取り出して、テーブルに置いた。そのまま黙って入り口へ向かう。僕も続こうと急いで立ち上がった。


「そっちの、ケガのお兄さん」


 ヤガミが僕を呼び止めた。



「夕べ、やってくれたな」



 全身の毛穴から、冷や汗が噴き出すのがわかった。ヤガミは、ニヤりと笑って舌を出した。舌の先が、蛇のように二つに分かれている。どういうことだ?バレているのか?何がいけなかった?僕は、その場で動けなくなってしまった。まさに、蛇に睨まれた蛙の気分だ。


「身長と、靴紐の結び方がおんなじ」


 ヤガミは、今度はお面のように無表情になってそう言った。怖い。なんだこのガキは。


「コウスケ!」


 リキッドに腕を引っ張られ、入り口へ小走りで向かう。


「さすがに、店の中で暴れたりしねーよ。そんな怖がらなくても」


 ヤガミの不気味なその言葉を無視し、僕達は店を出て、急いで地上への階段を上った。足が震えている。さっきのヤガミの言葉はどういう意味だ。身長?靴紐?ヤガミは、昨夜あの場所にいたのか?


「あのヤガミとかいうガキ、ただの族じゃない。想像以上に危険だ」


「やややヤバいですよね」


 声も震えてしまう。リキッドは、スマートフォンで誰かにメッセージを素早く打ち込んでいる。


「あの若いマスター、あいつも族のOBか何かだ。あいつが、俺達がガキ相手に詮索しているのを見て、ヤガミに知らせたんだろう」


 一体何が起きているのか理解できなかった。


「ななな何で!靴紐の結び方なんて見分け付くんですか!?」


「オト君、違うぞ。靴紐なんてハッタリだ。カマかけられたんだ」


「……あっ!」


「そして君のあの反応。バレたな」


 僕はバカだ。僕のせいでバレた。


「そして奴が放つヤバい雰囲気が強く物語っている。奴らは、ユラを拉致した犯人で間違いないだろう。もしかしたら、殺しているかもな」


 背筋が寒くなった。同時に、怒りが湧いて来た。なぜ僕が怯えて逃げなくてはならない。あんなガキに。瑞穂の顔が、また目に浮かんだ。

 地上に出た。けたたましいバイクのエンジン音。一斉に向けられる、ヘッドライトの明かり。僕達を待ち構えていた、ガキ共。15人以上だろうか。


「店の中では、か。正直な奴だ」


 リキッドが苦笑いして言った。僕達は得意になって、変装までして、探っていたつもりだった。実際は、飛んで火にいる夏の虫だったのだ。

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