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ススキノを歩きながら、リキッドが教えてくれた。昭和の頃の暴走族ブームも年々下火となり、札幌市内に多数存在していた暴走族チームは、90年代には片手で数えるほどまでに減少した。今現在は、昔から最も勢力と規模の大きかった、皇心會たった一つを残すのみになってしまった。
北海道は一年のおよそ半分弱の期間、道路が雪に覆われてしまう為、バイク人口そのものが本州と比べて少ない。暴走族文化など、元々栄えられる環境ではなかったのだ。かつて札幌市内全域で活動していた皇心會も、現在は僅か十数人程度の規模まで縮小し、バイクに乗っての暴走行為にはさほどこだわっていない。しかし相変わらず、札幌の子供達には強い影響力を持っている。
時代が変われば、子供達の価値観も変わる。今や皇心會も、昔のようにただ危険な暴走行為や派手な喧嘩をして、社会に対して抑えきれない気持ちを発散したり、自らの存在を不器用に主張するということよりも、知恵を使って金を集めることの方に熱心になっているようだ。
「トルエンとか、草とかな。シャブは……どうだろうな」
虻川の、憎々しげに僕を見る顔が目に浮かんだ。
「草って、大麻ですよね?トルエンって?」
「まあ、シンナーみたいなもんだな。草なんかは、ガキ共は農作業感覚で、汗流して楽しんで栽培してると思うぞ」
驚いた。僕が10代の頃なんて、ゲームと女の子の裸で頭がいっぱいで、薬物なんて無縁だった。もちろん縁があったら困るが。どんな生活をしていると、そんなことに手を染めようと思うのだろうか。僕は何となく、親に感謝したくなった。
「えーと、じゃあ、皇心は、今はそういうことに手を出して、作ったり流通させたりして、稼いでるんですか?」
「そうだな。案外、ヤクザに良いようにされてるかわいそうな奴らかもな」
「ヤクザ?」
「奴らはほとんどが未成年だ。悪いことしても、罪が軽く済むだろ。組の構成員でもないから、何かあっても『うちは関係ありません』でトカゲの尻尾みたいに切れる」
僕には想像すらできない世界だ。虻川が言っていた、最近の若い奴らが簡単に薬物を売っていると言うような話は、こういうことだったのか。
「君に乱暴した刑事は、そんな奴らを追っかけてるんだろうな」
少しだけ虻川の気持ちがわかるような気がして、そんな自分に非常にムカムカしてしまった。これはこれ、それはそれ、僕には関係ない話であって、乱暴されて罵られた怒りは忘れるつもりはない。
「硬派な族ならまだ可愛げがあったが、ただの売人グループに成り下がったんじゃあ、全く可愛くないな!」
リキッドが笑いながらそう言った。暴走族が可愛いとは思わないが、まぁ同感だ。
「皇心の連中がどこにいるのか、わかるんですか?」
「それを今から探すのさ!源介の人徳を利用してな!」
源介の人徳?どういうことだろうか。
「……オト君、俺から10メートルくらい離れて付いて来てくれ」
よくわからないまま、言われた通りにしてリキッドの後を追う。するとリキッドが、キャバクラのプラカードを持って立っていたポーターの男に声をかけた。
「よう!ノブさん!忙しそうだな!」
「あ〜リキッドさん!どしたのさ?見てみれ?忙しいわけないべさ!遊んでっか?」
ノブは、顔をくしゃくしゃにして笑った。前歯がなかった。ガリガリに痩せ、頭頂部が薄くなっているのだが、目は生き生きとしている。リキッドよりもさらに歳上だろうか。
「悪いな。実は今、調査中でな。店には寄れないんだ。人探しなんだが……ノブさんの力を借りたくてな!」
「えぇ〜、俺、そったらことやってねえも。俺だって仕事中だべや!」
ノブは、困った半分、嬉しい半分と言った顔をしている。
「革ゲンの頼みなんだ。代理で申し訳ないんだがな」
「革ゲンの!?いや〜したら俺、断れねえべさ。ずるいもな〜あんたがたなら」
ノブは、源介に頭が上がらないようだ。借りでもあるのだろうか。
「革ゲンからだ。受け取ってくれ」
リキッドは、ノブの手を強引に引いて、封筒を掴ませた。
「いや〜参るわ。実際、参る」
ノブは嬉しそうに、素早く封筒を尻ポケットに突っ込んだ。
「あいつを見てくれ」
リキッドが、僕を指差した。ノブは、僕の姿を見て驚いた顔をしている。ドキッとしたが、ケガの酷さに驚いているのであって、まさか革ゲンだとは気付いていないようだ。だが、これ以上近付くと、危ない。
「彼も革ゲンの友人なんだが、この有様だ。暴行した犯人を探している。皇心のガキ共がいる場所は、知っているか?」
「あ〜そういうことか!最近のガキ共は、ひでぇことやるんだな〜。暴走族なら、あれだ。南五の西六の、『キャロル』だ」
「キャロルか。ノブさん、感謝するぜ!」
「したけどリキッドさん、いっくら何でも、危ないべさ。なんぼあんた強くたって、一人でなら行かれないよ!」
「大丈夫だ。話し合いに行くだけだ!」
「何かあっても、俺責任取れないよ!いや〜参る」
ノブは、笑っている。口では心配しているような事を言ったが、実際は、金を貰って情報を伝えた後は、我関せずと言う雰囲気だった。リキッドはノブに礼を言い、僕は軽く会釈して、その場を離れた。
20:00。
ノブに言われた通り、僕達は南五条西六丁目のビルにやって来た。地図で見ればススキノの南西のはずれに位置し、この辺りまで来ると、歩行者はほとんどいない。このビルの地下に、皇心のガキ共がたむろしている、キャロルというバーがあるのだ。緊張と恐怖で、今にも逃げ出したい気持ちだった。
「あの……僕、ここで待っててもいいですか?」
「ダメだ」
薄暗い階段を少し降りると、溜まった埃、酒、タバコ、汗、香水などが混ざりあった、何とも言えない臭いが鼻をついた。
「オト君。いいか、逃げ道はこの階段一本しかない。中で暴れるのは危険だ。今日は何があっても、俺達は手を出さない。あくまで情報収集、話し合いだけだ」
「……は、はい」
重たい、古い木製の扉を開く。中は意外に広く、カウンターに、黒革ソファの狭いボックス席が四つ。天井の照明は暗く、コンクリート剥き出しの壁に、様々なネオンサインが飾られている。客は、ボックス席に三人組のみ。明らかに未成年だ。皇心のガキ共だろうか。
「二人なんだが、ボックスいいかな?」
リキッドが、カウンターの奥にいたマスターに、そう伝えた。
「どうぞ」
20代くらいの、髪の長い若いマスターはこちらを見て、無愛想に返した。「いらっしゃいませ」の一言もない。僕達は、招かれざる客なのだろうか。外に看板もあるし、一般客が入って来ることも当たり前にあるはずだが。ガキ共が、僕をチラチラと見ている。
「オト君、何を頼む?」
「僕は適当に……あ、リキッドさん、お腹」
「大丈夫、今度こそ。俺はショートカクテルにするから」
ショートカクテルと聞いて、瑞穂が作ってくれたギムレットを思い出した。
「じゃあ、僕はギムレットを」
「すみません、ラスティネイルとギムレットをお願いします!」
マスターは無言で頷いて、テキパキと作り始めた。もしかしたらこの人は、単に無骨な職人肌なだけなのかも知れない。ラスティネイルとは、どんなカクテルなのだろうか。ガキ共のテーブルを横目で覗くと、どうやらビールを飲んでいるようだ。
リキッドが、ゆっくりと立ち上がって、ガキ共の方へ近付いていく。この人は、本当に遠慮を知らない。
「突然悪いな。ちょっと、尋ねたいんだが!」
「はぁ?」
ガキの一人が、リキッドを見上げながら、マヌケな声を出した。
「昨夜、俺の弟分が暴行を受けて、見ての通りなんだが、やった奴を探してるんだ。何か知ってることがあったら、教えてくれないかな?酒は足りてるか?ご馳走するぞ!」
ガキ共は、疑いの目でリキッドを見ている。ラティオで会った男達とは、まるで違う。これは少々難しそうだ。しかし、リキッドは全く顔色一つ変えずに、続けた。
「皇心の子達が、やられたそうだな。君達も皇心だろ?」
「……なんだ?おっさん?」
場の空気が、一気に険悪になった。




