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 ユラの部屋をピッキングし、中を調べるという有効な調査は、もはや難しくなってしまった。ユラのアパートで一度襲われてしまった以上、もう一度あの場所に行くのは危険過ぎる。

 瑞穂に経過報告をした。今のところ瑞穂にまで危険が及ぶ可能性は低いが、念のために僕達が襲われたことを報告し、くれぐれも用心することと、ユラの部屋には絶対に近付かないようにすることを伝えた。

 僕達を襲ったガキ共は、一体何者なのか。電話で源介に相談してみた。


「僕達を襲ったガキ共、何とかして調べる方法はないでしょうか?」


「そうだな。どれくらい痛め付けてやったんだ?」


「ええと、覚えてる限りだと、リリィさんが気絶させたのが三人、それと僕が一人やっちゃいました」


 当時の興奮が思い出され、つい得意気に言ってしまった。


「結構ケガさせたか?」


「そうですね、どいつも派手にアスファルトにガッツリいってましたし、多分、僕がやった奴も、骨折れてたかも……」


「おまえら容赦ねーな」


 源介が頼もしそうに笑った。


「だって、こっちは必死だったんですよ。手加減してる余裕なんてなかったです。僕なんて人生で初めて殴ったんですから」


「まあそりゃ加減なんてわかんねーわな。でも、見直したぜ。リリィ師匠の稽古のおかげじゃねえか」


「はい、やってなかったら何もできなかったと思いますよ」


「まあ、そうだなぁ。そんだけ派手にやられてるなら、目立つし噂にもなってるだろ。簡単だ。昨晩にボコられたガキ共を探しゃいい」


「探すってどうやって……」


「それっぽい溜まり場をいくつか当たって、うまいこと話を探ってみるんだな」


「でも、僕達は顔見られてますから、ボコったガキと鉢合わせとかになったら……」


「そこはさすがに他の奴に任せるさ。腕っ節もある奴な。リキッドしかいないだろ」


「あ、確かに昨日、ガキ共が暴走族とかなら、だいたいわかるって言ってましたね」


「さすがにリリィは目立つからダメだが、やっぱりオト、おまえは変装して、リキッドと一緒に行け」


「えっ!?」


「大丈夫だ。絶対バレないし、ガキ共を探るための良い作戦も思い付いた」



 19:00。


「よぉ〜し!できたよ!」


 リリィが、散々僕を弄り回して、30分が経過していた。鏡の前に立ってみる。七三分けのウイッグ、片方のレンズが割れた丸い眼鏡、襟の伸びたサマースウェット。頬には湿布、鼻や額には絆創膏、目や唇の端には紫色のアイシャドウを塗り、アザを作った。リリィが楽しみ過ぎたせいで、いささかオーバーではあるが、暴行を受けた冴えない学生に見える。リリィとリキッドが爆笑している。


「……あの〜、で、どうするんですか」


「素晴らしい変装だぞ、オト君!後は俺に任せて、何となくオドオドしててくれたらいいぞ」


「……はぁ」


 事務所を出て、リキッドに付いて行く。このまま徒歩でススキノへ向かうようだ。着ている黒いバンドTシャツの上からでも、発達した逞しい背中の筋肉が見てわかる。非常に頼もしいが、心配のタネもある。


「あの、リキッドさん、お腹は?」


「大丈夫だ。下痢止めを飲んでいるし、水分も控え目にしている。このクソ暑いのに、腹巻もして来た。無敵だ」


 本当に大丈夫だろうか。



 19:20。


 ススキノのとあるクラブにやって来た。入り口には、「ラティオ」と書かれている。僕はもちろんクラブになんて縁がなかったので、これが人生初の潜入である。緊張しながら地下への薄暗い階段を下りると、小さなエントランスがあり、カウンターの中に露出度の高い女が座っている。ストレートロングの金髪に、赤いキャップ。こちらに気付いて、気だるそうに立ち上がった。そして、僕の姿を見てやや驚いた様子だった。真っ赤でビビッドな口紅と、パンダのように黒く囲ったアイメイク。若いのか老けているのかよくわからない。


「二人だ!」


 リキッドが、運転免許証を出す。僕も、慌てて続いた。こんな時の為に、源介の免許証を渡されている。エントランス女が、源介の免許証の写真と、変わり果てた今の僕の顔を見比べて怪訝な顔をしたが、無理矢理自分を納得させたようだった。

 エントランス料金を二千五百円ずつ支払い、重たい防音扉を開く。ホールは人がまばらで、思っていたのと少し違った。スローテンポなハウスミュージックが流れ、人々はそれぞれリラックスしながら、酒を飲んだり、話したりしている。そこまで騒々しい場所ではなさそうだ。バーカウンターでリキッドと僕は、適当にジーマを頼んだ。

 隅の方でかたまり談笑しているガラの悪そうな若い男の集団に向かって、リキッドは迷わず突き進んで行く。僕はどうして良いかわからずに、付いて行くしかなかった。近付くと、男達は思った通り、非常に若い。それでもここに入れたということは、二十歳に成り立てと言ったところか。パンツの裾を片方だけ膝までたくしあげた男や、複数のデザインタトゥーを腕に施している男、ドレッドヘアにしている男、この暑さの中、ダボダボのパーカーを着ている男。突然近寄って来たゴツい坊主頭のリキッドを見て、驚いている。


「……あの、何すか?」


 一人の男が勇気を振り絞ったようだ。


「やぁ諸君。突然すまない。実は、人探しなんだが」


 まるでコマンドーの吹き替えの玄田哲章(げんだてっしょう)のような口調でリキッドが詰め寄った。一歩詰めると一歩後ずさりされているので、距離は縮まらない。


「……はぁ?」


「実は昨夜、俺の弟分が袋叩きにされて、このザマだ。やったクソったれ野郎共を探している。何か知らないか?」


 もっとマシな尋ね方はないのか。男達が一斉に僕を見て、痛ましそうな表情をしてくれた。


「知らないかっちゅわれても……なぁ」


「赤レンガのショッピングモールのすぐ近くだ。時間は……そうだな。20時過ぎくらいか」


「はぁ。大変すね。喧嘩……すか?」


 一人の男が、少し興味を持ったようだ。


「どうやら、乱闘騒ぎだったようだ。クソったれ野郎共はまず複数の男達を叩きのめしてから、次に現場を偶然通りがかった俺の弟分にも手を出したんだ。酷い話だろ」


「あ!あれか!?コウシンの」

「あー何か言ってたべや!コウシンの奴らがガッチリヤキ入れられたって」

「うおおあれか!?ヤバいべ!」


 突然、男達が反応した。リキッドがニヤリとして、続けた。


「何か知っているのか!?」


「うん、いや、まだわかんないすけど。昨夜、コウシンの連中が、二人組襲って返り討ちにあったちゅーのは聞いたけど」


「なるほど。それなら、コウシンも怒り心頭って奴か!?」


「どうだべ。やられて黙ってるわけないと思うっすけどね。でも、自分らから手出して返り討ちってのもダサいっすよね」


 男達が笑った。


「よしわかった。君達、感謝する!コウシンに直接聞いてみよう。俺は弟分の借りを返さなくちゃならないんでね!」


「え、あの、何かヤバそうっすね。この話、俺らが言ったって言わないでくださいね」


「大丈夫だ。情報提供者には迷惑はかけないさ!」


「……あの、本当に大丈夫なんすか?」


「心配するな。俺は元コマンドーだ」


 リキッドは颯爽と去って行く。男達は、口を開けて見送った。僕も慌てて、男達に会釈してから、嘘つきコマンドーの後を追った。



「あの、コウシンって一体何ですか?」


「知らないのか?札幌で唯一生き残っている暴走族だ。皇帝のコウに(ココロ)、会合のカイ。カイは旧字体な。コウシンカイ。やっぱり暴走族だったな」


 皇心會(こうしんかい)。僕は、暴走族を殴ってしまったのか。


「えっ、じゃあ次は、まさか皇心會に乗り込むんですか?」


「乗り込むと言っても、カチコミをかけるわけじゃない。何故君達を襲ったのか、誰が指示したのか、そのあたりを聞ければいいのさ!」


 皇心會が、なぜユラのアパートを監視し、訪れた僕達を襲ったのか。


「……オト君、ちょっとコンビニに入ろうか」


「あ、はい」


「さっきの冷えたジーマだ……」


 下痢止めも腹巻も、まるでこの人には役に立たないようだ。

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