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 10:00。


 リリィはまだ二階の源介の部屋で、寝袋にスッポリ収まって眠っている。さすがに同じ部屋で寝る度胸はないので、昨夜も僕は応接スペースのソファで、タオルケットをかけて寝たのだった。リリィを起こさないように静かに動き、顔を洗い、シャワーを浴びて事務所を出た。

 午前の、人通りがまだ少ない狸小路を歩く。適当な、この時間から開いている飲食店を探した。三丁目に、「喫茶雪景色」を見つけた。午前八時からやっているらしい。半地下の階段を数段下りて、重たい木製の扉を開き、中に入ってみる。


「いらっしゃいませ」


 僕は、若いウエイトレスに一人であると告げると、店内一番奥の席へ案内してもらった。昼時でもないのに、そこそこ客が多い。店名から薄々感じてはいたが、なかなか古く歴史のありそうな店だ。

 昨夜飲み過ぎたせいか、喉がカラカラだった。卓に着くと、テーブルに置かれたお冷を、一気に飲み干してしまった。しかし、頭は痛くない。源介の体だからだろうか。彼は酒に強そうだ。

 僕は、モーニングBセットとブレンドコーヒーを頼んだ。歯応えのあるフランスパンに、塩気のある生ハムとレタス、オニオンスライスを挟んだサンドイッチと、小さなサラダ、スクランブルエッグ。腹が減っていたので、すぐに平らげてしまった。僕にとっては物足りないのではないかと不安だったが、適量だった。これもやはり、源介の体だからなのかも知れない。

 もしかしたら、源介は今頃、予想を超える空腹感と食欲に苦しめられている可能性がある。こういうことがあると、以前も思ったことだが、何だか源介に悪い気になり、すぐにやっぱり僕は悪くないと考え直し、忘れた。

 何となく習慣になりつつある、食後のピース。もしかしてこれもそうか。精神は僕だが、体は源介だ。源介のこの体がニコチン中毒だったとすれば、精神担当の僕にそのつもりがなくても、体がニコチンを求めて、吸いたくなるということなのか。しかし、源介の吸っていた銘柄は、確かピースではなくマルボロだったはず。この辺の理屈はよくわからない。


 コーヒーを片手に、地方紙の朝刊をいくつか、広げて読む。早速、昨夜の事件が記事になっていた。どの朝刊も思ったとおり事故ではなく事件として扱っている。行方不明の女性店員が何らかの事情を知っていると見て行方を追っている、と書かれていた。

 美奈に電話をかける。繋がってから、しまったと思った。


「もしもし、おはようございます!美奈です」


「あ、あの、こんな早くに申し訳ありません。おはようございます、浜田です。起こしてしまいましたか?」


 美奈は昨夜は休みだったが、普段は夜遅くまでキャストとして仕事をしているのだ。この時間は、寝ている可能性が高かった。起きていたようで、ホッとした。


「あ、いえ、だいたいこれくらいなら起きてますので、大丈夫ですよ」


「今回の件は、こういった形になってしまい、お力になれずに申し訳ありませんでした」


 死んだ吾妻の関係者から取り立てる方法もあったが、 源介の方針で、この件は手を引くことに決まった。虻川達に目を付けられていることと、万が一のボウズの存在の可能性。報酬とリスクのバランスが悪過ぎるのだ。


「あぁ、いえ。こちらこそ、こんなことに巻き込んでしまって、ごめんなさい」


「い、いや、美奈さんは悪くないし、むしろ被害者ですからね。残念です。ところで……」


「はい」


 ちゃんと話さなくてはならない。


「あの……本当に僕達の手落ちなのですが、その、僕達が吾妻を尾行していたことが、どうやら警察に知られてしまっていたようなんです」


「えっ、何でそんなこと……」


 僕達の普段からの素行が悪かったからです!とは言いにくい。なので、ごまかして先を話した。


「それで、美奈さんから依頼を受けてやっていたと言うことは、もちろん守秘義務として誰にも明かしていませんが、場合によっては、美奈さんと吾妻の金銭の問題のことも、嗅ぎ付けられるかも知れません」


「それは、警察だって吾妻のことを調べたら、いつかはわかることだと思うので、仕方ありませんよ。革ゲンさんのせいではありません」


「もちろん、美奈さんにはやましいことなんて全くないわけですが……。容疑者として疑われたりすると、面倒だと思いまして」


「ご心配、ありがとうございます。そうなったらなったで、堂々と知ってることをお話しします」


 美奈は、肝が据わっている。心配は余計だったようだ。会ったときは今時の学生のように見えたが、だてに店のナンバーワンをはってはいない。


「余計なお節介かも知れないんですが、昨夜の円山のレストランでの、レシートなどはお持ちですか?」


「あ、はい、あたしがまだ持ってます」


「よかった。警察には、それを見せたらいいと思います。いつどこにいたのか、携帯電話の位置情報なんかも、うるさく見られるかも知れません。昨夜は僕達も、かなり面倒でしたので」


「取り調べ!?受けたんですか?」


「はい、かなり長い時間かかって、結構疲れました」


 暴力を振るわれたりしたことは、伏せた。美奈には関係ないことだ。


「大変だったんですね。呑気にしてまして……すみません」


「あ、いやいや、美奈さんは何にも悪くないですからね!こちらこそ不安にさせてすみません」


「色々とアドバイス、ありがとうございます。革ゲンさんに依頼してよかった。また、困ったことがあったら、ご連絡してよろしいですか?」


「は、はい。いつでも!今度こそ、お力になれるようにしますので。それでは」


 美奈との通話を終えた。背中に汗をたっぷりとかいたが、会話は少しずつ上達している気がする。やはり、とにかく数多く話すことが大事なんだろうか。


 10:45。


 いつの間にか、僕はシックスのビルのすぐそばまで来てしまっていた。好奇心だろうか。源介とリリィが知ったら、余計なことをするなと、怒るだろうか。

 昨夜と違って、すでに警察や救急隊の集団はいない。ビルの入り口に、一人の警官が、休めの姿勢で立っているだけだった。ニュースなどでよく見る、立ち入り禁止のテープなどは、外にはない。現場のトイレには貼られているのだろうか。ビル自体は、もう今夜から通常通り営業を再開するのだろう。でなければ、他のテナントは食っていけない。

 警官に見つからないよう、こっそりと、隣のビルとの隙間に潜り込む。飲食店の出す生ゴミを入れる大きなポリバケツをよけながら、ビルの裏へ出た。

 見上げると、地上から屋上まで続く、鉄製の長いハシゴが付いている。かなり錆びていて、こんな所を登れと言われたら絶対に拒否するだろう。例のトイレの大きな窓から、ハシゴへ移ることも物理的には無理ではなさそうだった。だが、よっぽど身軽で、運動神経と度胸のある人間でなければ、まずやらないだろう。殺人をするくらいぶっ飛んだ奴であれば、そんなことは簡単なのかも知れないが。あんな華奢で小柄なユラが、こんな所を素早く下りるシーンは想像できなかった。

 忘れ物を取りに来たと嘘をついて、現場をまた見せてはもらえないだろうか。できなくもなさそうだが、もしかしたら虻川や工藤、またはその部下がいるかも知れない。やめた方が無難だ。

 また表に出て、今度はビルの入り口へと足を進める。ビルの前にさしかかり、警官と目を合わせないように歩きながら、ビルの中を一瞬横目で見た。昨夜は全くその存在に気付かなったが、エレベーターの右奥側に、ひっそりと目立たずにある、階段へ続く扉らしき物が見えた。壁と同じ色だから、余計にわかりにくい。そのまま僕は通り過ぎた。冷静に考えて、ビルなのだから、必ず階段もあるに決まっている。

 リリィは女性の出入りは見なかったと言っていたが、僕に呼び出されてエレベーターに飛び込んだ後に、ユラが階段で下りて行ったことも考えられる。別に、二階に階段で下りてから、エレベーターに乗ったとしてもいい。と言うことは、僕が吾妻を発見してリリィを呼び出した時には、ユラはまだビルの中のどこかにいたのだろうか。

 考えながら歩いていると、赤信号に気付かずに、思い切りクラクションを鳴らされてしまった。フロントガラスの中から睨み付けるおじさんに、慌ててお辞儀をして、僕は事務所へと急いだ。



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