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 20:00。


 吾妻のトイレが長過ぎる。そして、吾妻の様子を見に行ったユラも、なかなか戻らない。気になる。見に行くべきだろうか。何をしているのか知らないが、僕にだって、いつでも自由にトイレに行く権利がある。見に行くのではなくて、当たり前にトイレに行こう。その時に、何か見たとしてもそれは偶然だ。


「あ、僕もトイレに」


「行ってらっしゃい」


 瑞穂に見送られ、シックスを出て、ビルの共用トイレへ向かった。店内とは打って変わって何の飾り気もない、短い商業ビルの廊下。その先に、男用と女用、二つのトイレの入口が見える。恐らく公衆トイレのような汚いトイレなのだろう。男子トイレの重たいドアは、押すとキーッと音を立てた。


 僕は、何を見ているのか。源介が僕の頭上に落ちて来たあの日と同じか、もしくはそれよりも強烈な、非日常。吾妻の、変わり果てた姿。汚らしい共用トイレのタイルの床に、大の字で倒れている。口からはよだれを垂らし、首がありえない角度に曲がっている。死体を見たことなんて一度もない僕でも、一目見て彼が死んでいるのがわかった。そしてこの異様な光景から察するに、これは自殺でも事故死でもなく、彼は殺されたのではないか。きっと殺人だ。

 辺り一面に、何やらばらまかれているものがある。線香だ。仏壇や墓でよく見かける、ありふれた濃い緑色の線香。どれも真新しいもので、火を着けられた様子はない。

 トイレ入口から向かって正面の壁にある、大きな窓が開いていた。犯人はそこから出入りしたのか?しかし、ここはビルの三階だぞ。


 吐き気と恐怖に耐えながら、店に走って戻る。吾妻が、死んだ。店はパニックになった。営業は中断され、オーナーと思われる若い男が、すぐに110番と119番へ電話した。

 リリィへ緊急メッセージを送信する。


『みせへきてください、あがつまがしんだ』


 すぐに、リリィが店内に駆け付けた。店員には、リリィが僕の連れであり、待ち合わせていた、一緒にいなくてはならないと伝えた。

 ユラの行方が知れない。瑞穂が女子トイレを探したが、誰もいない。リリィはビルに出入りする人間を監視していたが、女性は一人も見ていないと言う。

 一体何が起きているのか、理解できない。吾妻が死に、ユラが消えた。リリィは源介へ、僕は依頼人の美奈へ、それぞれ現状の報告をすることにした。


「もしもし、美奈さんですか?お忙しいところ申し訳ありません。探偵の浜田です」


「あ、お世話になってます。どうされたんですか?」


「あ、あの。単刀直入に申し上げます。吾妻が、死にました」


「……えっ!?」


 美奈は絶句した。


「これは、その、えっと、冗談ではないです。たった今、ススキノで。これから警察が来ます。あの、何と説明したらいいか……わからないことだらけで、死体が見つかって……」


 落ち着け、僕。美奈は、無言で聞いている。


「あの、美奈さんは、今はお店ですか?」


「いえ、休みなので、今は、円山(まるやま)のレストランです。友人と二人で……」


 円山とは、札幌を一望できる、札幌市内中央区にある自然豊かな小さな山の名前だが、ここでは山そのものを指して言っているのではなく、その山周辺の地域のことだ。その一帯は高級住宅やマンションが立ち並び、気取った飲食店が多い。美奈が今いる店は、きっと夜景が見える洒落たレストランか何かなのだろう。せっかくの友人との楽しいディナーと休日が、僕のこの報告で、台無しになっただろう。


「そうでしたか。驚かせてごめんなさい。お受けした依頼が、正直どうなるのか……。あの、詳しいことがわかったら、またご連絡します」


「……はい、何だか大変なことになってしまって、こちらこそごめんなさい。革ゲンさん、どうかお気をつけて」


 美奈は、本当に驚いていた。無理もないだろう。給料がちゃんと支払われるのかという心配よりも、かつての雇用主が謎の死をとげたというショックの方が、大きいのだ。そして、吾妻が美奈への給料を支払っていなかったことが明るみになれば、いずれ美奈にも事件の関係者として、警察の取調べがあるかも知れない。美奈は給料未払いの被害者であるのに、面倒なことになったものだ。

 リリィはまだ源介と通話している。珍しく、源介が僕と話したいらしい。リリィが携帯を僕に譲った。


「電話代わりました」


「おう、オト。おまえが第一発見者なんだってな。大丈夫か?」


「結構キツいです」


「何だかデカいことになっちまって、悪かったな」


「いえ、源介さんは悪くないですから」


「……オト、線香があったんだな?」


「はい、気持ち悪いですね」


「ビビらせるつもりはねえんだが、気になることがあってよ」


「気になること?」


 源介は語り出した。数年前。源介が開業する前の話だ。当時札幌には、凄腕の「始末屋」が存在した。漫画や映画の話のようで、にわかには信じ難いのだが、その男の通称は、「ボウズ」。

 その頃の札幌で幅を利かせていた指定暴力団、征龍会角貞(かくさだ)一家保坂組が雇っていたヒットマンで、本名も、その素性も謎だらけだ。狙った標的は必ず仕留める。銃火器や凶器、毒物などは一切使わずに、格闘技による素手での必殺が特徴であり、頭も切れ、完璧に仕事をするため捕まらない。もちろん、事件にならないよう、組が全力で後始末をしていたからでもあるのだが。

 そんな始末屋、ボウズには、こだわりがあった。殺害した標的の亡骸(なきがら)に、必ず火のついた線香を備えて去って行く。その律儀な習慣を皮肉って、人々は彼を坊主(ボウズ)と呼んだのだ。

 ボウズの伝説は、札幌の脛に傷持つ者達を震え上がらせたのだが、今からおよそ二年前頃に、その伝説も終息を迎える。詳細は不明だが、ボウズはあっけなく交通事故でこの世を去ったのだそうだ。人の命を奪うことを生業(なりわい)としていた男の末路が、交通事故死。因果応報なのかとも思ったがそう言ってしまうと、真っ当に生きていたのに、不運にも交通事故で亡くなった人に対して失礼になるので、やめた。


「まさかとは思うんだけどな。線香ってのがな」


「でも、吾妻の線香は火が着いていなかったですし、お供えってよりも、ただこう、乱暴にばらまかれてるだけのようでしたよ」


「そうなんだってな。でも、てめえで()っといて線香ってのがな。普通やらねえだろ。しかも、首を打撃でやられてるんだろ?摸倣犯かなぁ」


 源介は、吾妻は殺されたものだと決め付けているように話す。確かに吾妻の死に方は、ボウズの標的になった者と一致する点が多い。


「念のためにだ。ありえないとは思うんだが、万が一の可能性で、吾妻を殺したのが、実は死んでなくて生きてたボウズだとしたらだ。ヤバ過ぎる。これ以上は関われねえ。この件は、これで終わりにしよう」


「……はぁ、何か、消化不良な感じですね」


「正直に言うと、俺はビビってるよ」


 源介がビビる。今の話が本当なら、確かに誰でもビビるだろう。

 その時、店に警察が到着した。


「あ、源介さんすみません、警察が来ました。多分、色々聞かれると思います」


「おう、堂々としとけ。おまえは、飲みに来て、死体を見つけただけなんだからな」


「はい、また後で」


 源介との通話を終えた。つまりは、美奈からの未払い給料回収の依頼を受けて行動確認していたとか、そんなことは言わなくていい、言うな、ということか。

 店に来ていた客や店員、オーナーなど、それぞれが個別に聴取を受ける。吾妻の遺体が救急隊に運び出された後は、現場はすぐに立ち入り禁止となり、警察官達が走り回っている。僕は第一発見者ということで、この場であれこれ聴取を受けた後に、リリィと共にパトカーで札幌方面中央警察署に行くことになった。


「あの、浜田さん!」


 瑞穂が駆け寄って来た。瑞穂も、本当に驚いて、不安になっているのだろう。


「なんだか、その、大変になってしまって……ギムレット美味しかったです。今夜は、電話出られなさそうです。すみません」


 それくらいしか、言ってあげられなかった。


「ううん、そんなこと。それより、気を付けてくださいね。今日は、ありがとうございました」


 瑞穂が、心配そうに、見送ってくれた。



「ふーん。電話ね〜。あの子、可愛いじゃん」


 リリィが、何か言いたそうにしている。こんな時なのに、人をからかう余裕があるとは大したものだ。


「何でもないですから!」


 瑞穂は確かに可愛かったが、外見の美しさだけで勝負させると、やはりリリィが勝つ。瑞穂には、僕とリリィはどんな関係に見えたのだろうか。

 シックスのビルを後にし、僕とリリィは、パトカーに乗り込んだ。


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