6.東の森 2
落ち着いたところで騎士たちをまとめ、オリバーは森の探索を命じた。
浄化の力で綺麗にしたとはいえ、魔物が全くいなくなるわけではない。いや正確に言うと、徐々にいなくはなる。浄化の力を浴びたから。
でもさっきみたいな大型の魔物はそう簡単に消えないのだ。
そこは人の力が必要になる。万能のように見えて、万能ではない。大雑把に有効と言うだけだ。そこのところを国王は履き違えているのだけど。
魔物暴走に有効ではあるけど、発生源を叩かなければ魔物暴走はずっと続く。発生源が近くにあれば一気に叩けるのだけどね。今回みたいに。
私は野営地でぽつんと一人、火に当たっていた。
側には私を乗せてきた馬もいる。飼い葉と水をもらった馬は、一息ついて落ち着いたようだ。
「ありがとうね。瘴気の広がった森を駆け抜けてくれて」
怖かったよね、と手を伸ばせば馬は私の手に鼻を押しつけてきた。
そうやって馬を労っていると、オリバーの隊の副隊長が近づいてくる。
「ファルティシーア様、ありがとうございました」
「どういたしまして。こちらこそごめんなさいね。あんな大型の翼竜がついてきてるとは思わなかったのよ」
「きっとこの森の主でしょうね」
「主か……この子のおかげで助かったようなものね」
「この馬は、隊長が訓練を担当していましたから……度胸があるんですよ」
「そうなの」
どうやらオリバーは、私の知らないところで色々とやっているようだ。自分の知らない好きな人の話はとても楽しい。当の本人はまだこちらへやってこないけれど。
隊長職というのは忙しいものだから仕方ないけどね。
「……その、ところでなぜこちらへ?」
「ああ、婚約破棄されたのよ」
「は?」
「婚約破棄。でもね、合意の上だから」
「ご、合意の上でも婚約破棄ですよ!?」
「目に見える形で、私を王都から出す理由が必要だったの」
「ファルティシーア様を王都から出すだなんて……」
「でもみんな思っていたことでしょう? 名誉の地へいく騎士たちは増えている。それなのに何故、聖なる乙女を神殿に閉じ込めたままにするのかって」
「それは……」
オリバーの副官は、何か言おうとして口をつぐんだ。
王家の意向に背く発言をすることに躊躇いがあったのだろう。しかし間違っていることは間違っているといって良いと思う。
「いいのよ。別に……仕方ないもの。でもちょっと面白かったわ。声高らかに「ファルティシーア! 貴様との婚約を破棄する!!」って言うんだもの」
「声高らかに……ですか?」
「そう。国主催の夜会での出来事だったから」
「や、夜会で婚約破棄されたんですか!?!?」
あまりにも上擦った声で驚くからこっちの方が驚いてしまう。そんなに驚くようなことだっただろうか? そもそもみんなにわかる形で婚約破棄をしなければ国王にもみ消されてしまう。元々、この婚約は政略だ。王家と私の家との。
だから本来なら王太子が婚約破棄をしたとはいえ、国王が認めなければ破棄できない。それを覆すのは大勢の前で婚約破棄をすること。しかもその場にいる者たちが納得する理由で。それだって国王が冷静に対処すれば無理だった。
まあ、あの場にあの人たちがいたせいもあるけどね。聖なる乙女の実家が、私利私欲に走っている。しかも王家を謀るという、別の問題が発生したわけだし。
「王太子殿下が根回ししていてくれたおかげで、国王陛下を出し抜けたわね」
「根回し……?」
「だって夜会の冒頭で婚約破棄よ? 普通に考えて、王太子殿下の気が触れたのか? って思われちゃうじゃない」
「それはまあ……」
「婚約破棄をみんなが受け入れる。むしろ私を神殿に閉じ込めていたことこそ、悪だ。と思わせる。その根回しを短期間でしたみたいね」
「ですが国王陛下は、その……拒絶されるのでは?」
「でも王太子殿下しか跡継ぎはいないわ。その王太子殿下が婚約破棄を宣言し、正妃様もそれを支持する。周りの貴族たちもそれに追随する。そうなったら国王陛下だって認めざる得ないでしょう?」
あの国王に私を神殿に閉じ込めておける正当な理由を説明できるとは思えない。可哀想なほどに狼狽えていたし。私がそう説明すると、彼はなるほどと頷いた。
そしておずおずと私に問いかけてくる。
「……その、未練のようなものは?」
「あるわけないじゃない! そもそも私は子供を産むためだけの婚約者だったのよ?」
「そう、でしたね」
「政略だし、王太子殿下とは性格もあわないし、私が好きなのは……」
「ファルティシーア?」
「きゃあっ!」
急に声をかけられて、私は悲鳴を上げてしまう。周辺の見回りを終えて、オリバーが帰ってきた。チラリと見上げれば、少し疲れた表情をしている。私は座っていた丸太を叩き、隣に座るように促す。
「いや、俺は……」
「疲れているんだから少しは休みなさいよ。オリバーが倒れたらみんなが困るのよ?」
「そうですよ。隊長。あとは俺が引き継ぎますから休んでください」
「だけど……」
もごもごと口ごもるオリバーを、オリバーの副官が無理矢理私の隣に座らせる。
そしてバシバシと背中を叩くと彼は私に一礼して行ってしまった。その後ろ姿をオリバーと二人で見送る。
「……ファルティシーア、そのさっき言ってた婚約破棄の話は」
「本当のことよ。夜会で高らかに宣言してたわね」
「夜会で!?」
「そう。瑕疵のついた女になったわけ。でもオリバーはそんなの気にしないでしょう?」
「当たり前だ! でも……本当によかったのか?」
「いやあね。私に王族の子供を産むだけの一生をおくれっていうの?」
「そんなことない!」
「私だって合意の上よ。ちょっと発破をかけてやったけどね」
そう告げると、オリバーは両手で顔を覆った。何か葛藤するようなことがあるのだろうか? 私は軽く首を傾げ、オリバーの顔をのぞき込む。たき火の明かりだけではその表情をうかがい知ることはできない。私は小さくため息をつくと、オリバーの腕を無理矢理自分の方へ引っ張った。
「うわっ」
「ほら、膝を貸してあげるから……少し休んで」
「ティア……」
「オル、私はもう誰のものでもないのよ?」
「うん」
「私の言って欲しい言葉が、わかる?」
オリバーの顔に添えられた手をどけて、彼の顔を間近に覗き込む。深い、緑色の瞳に私が写っている。この瞳にずっと映っていたかった。彼の唯一として。
そっと手が持ち上げられ、私の頬を撫でる。節くれだった手は、オリバーが今まで努力してきた証。
「ファルティシーア、君を愛している」
「ええ、私も―――― 貴方を愛しているわ」
そっと唇を重ねる。私の、大事な人。愛しい人。
この上ない幸福感に満たされる。
ゆっくりと唇が離れ、お互いの瞳にお互いの姿を写す。するとオリバーはスススッと両手で顔を隠してしまった。さすがにこれだけ近ければわかってしまう。赤くなった耳とかね。
私はオリバーの頭をそっと撫でた。それと同時に治癒魔法を使う。怪我ではないから、そこまで劇的に変わるわけではないけれど……多少、疲れもとれるだろう。
「ふふ。休めそう?」
「そ、うだね。今なら……大型翼竜だって一人で倒せそうだ」
「さすがに今出てこられると困るわね。ゆっくりできないもの」
「ティア……」
「さ、休んで。明日になったらまた移動するのでしょう?」
「そうだね」
「ちゃんとついていくから任せて!」
「君には、安全な場所に居てほしかったな」
「それはもう無理なのよ」
神殿で待つだけなんてもうこりごりだ。私は、私の足でちゃんと立てる。
大事な人を護るために。
――――これでもう神殿で祈るだけの日々は訪れることはない。
現在モブ姉王女*龍花*聖なる乙女一行は交互更新中です。
よろしくお願いします。




