4.婚約破棄
夜会というのは面倒臭い。
私は、王太子の腕に自らの腕を絡めしなだれかかっている妹を見ながらそう思っていた。ちなみに入場する時、王太子はちゃんと私をエスコートしていたのだ。会場内に入ると、妹がすぐに私を押し退けて王太子の横を陣取ってしまったが。
そして夜会も始まろうとした時、王太子は高らかに宣言した。
「聖なる乙女、ファルティシーア! 貴様との婚約を破棄する!!」
王太子の宣言に、妹は勝ち誇ったように私を見た。
私に勝ったと思っているんだろうなぁ。自分の思い通りに進んでいると思い込み、醜悪な笑みを浮かべている。
だが王太子の宣言に焦ったのは、国王だった。国王は何も知らされていないようだ。だが隣の正妃様は口元を扇で隠し、私に小さく目配せする。
どうやら王太子は上手いこと正妃様の協力を得られたらしい。
「王太子よ! いきなり何を……」
「陛下、このファルティシーアは聖なる乙女であるにも関わらず神殿に閉じこもってばかり……」
「陛下! 私はいつも姉に虐げてられてきたんですぅ! 姉が聖なる乙女なんて嘘です。私が全て姉にやらされていたんです!! 全部、全部嘘なんですぅ!!」
「な、なにを……この娘は何をいっているのだ!?」
グスグスと泣き真似をして、国王の同情を得ようとしているが……妹に聖属性がないのは国王も知っている。そもそも国王の病を治したこともあるのに、私にないわけがない。
そして妹に追随するように、母は私がいかに妹を虐げていたのか蕩々と語って聞かせる。どう考えても無理なのに。父はそんな母を止められず、オロオロしているばかり。私はその様子を呆れた目で見ていた。
なにせ私は神殿で暮らしている。神殿の神官たちが証言してくれるだろう。
そもそも私の部屋は実家にはない。どこで暮らせと? 虐げているというなら、そっちじゃない?
本当に、やっすい三文芝居だ。
それを見せられている周りの貴族たちはザワついているが、妹と両親に注がれているのは冷たい視線。
なぜなら聖属性持ちは、神殿預かりになるからだ。神殿預かりになっていない時点で、妹は聖属性持ちでは無いと言うことになる。神殿を謀ることも不可能。
聖属性はそれだけ貴重で、重要な属性と言える。
私はまっすぐに、王太子を見据えた。
ありがとう。最後の最後に決断してくれて。真面目で融通が聞かなくて、横柄な態度で、ほんっとうに気が合わないな。なんて思っていたけど、今回だけは心の底からお礼をいいたい。ありがとう!
「王太子殿下、婚約破棄―――― 謹んで受け入れさせていただきます」
「ファルティシーア!? お前まで何を!!」
「それではこれ以上、お目汚しするわけにはいきませんので御前失礼いたします!」
チラリと王太子の顔を見れば、もう少し悲しむそぶりぐらいしろ! と表情が物語っていた。仕方ないじゃないか。これほど嬉しい日はここ何年もなかったのだから。
私は国王の制止の声も振り切って走り出した。
急がなきゃ。早く、早く早く早く!
早くしないと、国王が「婚約破棄は撤回する」といって近衛騎士を派遣してくるかもしれない。そうなったらもう、私は二度とこの国……いや、城の一室からだしてもらえなくなるだろう。
「いつも履いてる靴にしておいて正解だった。そうじゃなきゃ、馬車のある場所まで走れないもの」
夜会の会場は王城。そしてそこから少し離れた場所に神殿がある。
さすがに徒歩移動は現実的じゃない。しかも今日はドレスだし。いくら装飾が少ないとはいえ、ドレスで長時間は走れないな……
「ファルティシーア様! こちらです!!」
「え?」
聞き覚えのある声に足を止めれば、正妃様付きの侍女が木の陰から手招きしている。
一瞬、罠? と思ったけど、正妃様は国王の政策に反対していた。このまま私がいなくなってくれた方が助かるはず。さすがに殺されることはないだろう、そう思って侍女に近づく。
「たぶん直ぐに馬車乗り場へ行かれるだろう、と正妃様が仰ってましたので……お待ちしておりました」
「そうなの。ありがとう」
「いいえ……私も、国王陛下の政策には納得できません。生まれるかもわからない聖属性の子供を待つよりも、今前戦にいる騎士たちを助けてほしいのです」
「そうね。私もそう思うわ。国に閉じこもっているより、ずっとずっと役に立てる」
私は彼女が持ってきていた服に急いで着替える。神官の服よりも簡素な、街にいる女の子たちが着ているような服だ。これなら追っ手がかかっても、直ぐにはわからないだろう。
なにせ私、夜会の類いには出ていませんので。怪我か病の治療でも受けに神殿に来ない限り私の顔を知るものは少ないのだ。
「馬に乗れると伺っております。馬車よりも、馬の方がよろしいかと思い馬の手配もしてあります」
「ありがとう。大丈夫よ。すぐに王都を出るわ。今、討伐部隊がいるのはどの辺りかしら?」
「東の森になります。魔物討伐第一部隊、隊長のオリバー様が率いております」
「東の森ね。わかったわ」
頭の中で東の森の場所を思いだす。王都から、馬で二日ぐらい……急がないと。
「……ファルティシーア様」
「なあに?」
「私の……私の婚約者も、東の森で戦っております。どうか、どうか……!」
なるほど。だから彼女は私に協力してくれているのか。正妃様付きの侍女であれど、後々バレると困ることになるのではなかろうか? 命じられたとはいえ、大丈夫かなと思っていたのだ。だが……帰ってきてほしい人がいるのなら、そのぐらいのリスクは承知の上なのかもしれない。
私は彼女の手を握る。
「絶対は、言えない。私は生きている者しか助けられないから」
「……はい」
「でも生きているなら……絶対に助けて、貴女の元に返すわ」
「っはい! はい、お願いいたしますっ!!」
私は馬に跨がると、彼女の用意してくれた荷物を持って王城をあとにした。
王都から、東の森は少し距離がある。王太子と正妃様が上手い具合にやってくれれば、追っ手はかからないだろうけど……なるべくなら夜が明ける前に王都をでてしまいたい。
手綱を強く握り、馬にかけ声をかける。
――――目指すは東の森。
***
私がいなくなったあとの夜会はどうなったかって?
その後のことは、王太子がかなりやったようだ。
何せ本人から討伐部隊経由で手紙が来た。いや、手紙送ってどうするのよ。と思わなくもないが、王太子なりのけじめなのだろう。律儀なことだ。
結論から言うと、私の生家はなくなった。あまりにも杜撰な領地経営。そして聖なる乙女に出る報奨金を使い込んでいた事実。王族を謀って、虚言を繰り返していた妹。止めることなく増長させた両親。
夜会で全部明るみに出た。
私に瑕疵はなさそうだし、本来なら婚約破棄する必要ないのでは? となったらしいが、虐げられていることを報告もせず放置していたのが問題だ。となったらしい。
普段、私は神殿に住んでるしね。うん。たしかに報告はできた。面倒臭いから放置していたけれども。諫めるべきことをしなかった、という話にもっていったみたいだ。
その程度なら、婚約破棄するまでもないと最後まで国王はごねたみたいだけどね。
国王以外の正妃、王太子、諸大臣たちが婚約破棄に賛成した。
その上で、王太子は国王に進言したそうだ。
聖なる乙女を内に留めておくべきではない、と。今現在の魔物の脅威は、どの領地からもあがっている。このままでは討伐部隊とて瓦解するだろう。討伐部隊の瓦解は国の崩壊を意味している。
そうならないためには国一番の聖属性の使い手を前戦に出すほかない。
夜会での出来事だったから、多くの貴族たちが王太子の意見に賛同した。そりゃそうよね。誰だって自分の身は可愛い。それを私一人前戦に出せば解消されるのだ。
聖属性の子供を産め増やせ。なんて非現実的な政策をするよりよほど現実的だ。
「名誉の地へ渡った者たちは、未だ王家を恨んでいる。下手すれば聖なる乙女にその恨みは向かうだろう。もしも聖なる乙女に何かあれば、この国は早晩滅びる。それならば彼女には国を護る礎になってもらった方が良い!」
王太子の意見に多くの者が賛同するなか、国王ただ一人が項垂れていたそうだ。
私はその手紙を、そっと火に焼べた。
証拠は残すべきではないからだ。
現在モブ姉王女*龍花*聖なる乙女一行は交互更新中です。
よろしくお願いします。
龍は花姫の愛を乞う https://ncode.syosetu.com/n1321jk/
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