3.王太子との婚姻
この国の成人年齢は十六だ。今年、十六になる私は王太子と結婚することになる。
とはいえ王太子妃になるわけではない。私はただ子供を産むための存在。産めや、増やせやとただそれだけ。
正妃になるのは、もっと……高位の貴族令嬢だろう。
「だからといって、別に正妃になりたいわけじゃないのよ」
ぶちぶちと文句を言いながら、破かれた神官服を繕っていく。妹は全く何も考えていないのだろうが、布だって無料ではない。そして神殿という場所は清貧が好まれる。
いくら私の部屋を別に作ったとはいえ、ダミーの部屋で破損が出れば直すのは私なのだ。
「こんなことするぐらいなら、刺繍したいわ!」
「お前に刺繍ができるとは初耳だな。ファルティシーア」
つい先頃も聞いた声に、内心でウゲッと呟く。いやいや振り返れば、部屋の入り口に寄りかかるように王太子が立っていた。
「……何かご用でも?」
「明らかに不服そうな顔でこちらを見るな。可愛げがない」
「可愛げを求めているのなら、妹に頼めばいいじゃないですか」
「お前の妹なんぞ、何の役にもたたん」
「殿下に気に入られようと必死に頑張ってるじゃないですか」
心底どうでもいい、という風に会話を続ける。そして手元を疎かにしながら、繕っていたせいかプチッと針が指を刺した。それに舌打ちをすると、大きなため息が聞こえる。
「お前という女は……舌打ちするな。舌打ちを!」
「舌打ちしたくなるときもありますよ。生きてるんで」
「本当に、ああいえばこういう……」
普段の王太子を知らないが、彼は乱暴に自分の頭をかく。珍しい行動、と言えるだろう。王太子は横柄な態度をとるが、根は真面目なのだ。だから人にそんな姿をみせることは、たぶんない。一応礼儀とかうるさいからね。
「それで、何の用です?」
投げやりに問いかければ、ムスッとした表情で手紙を私に見せてきた。それに首を傾げる。
「お前の妹が、今度の夜会でパートナーを務めると連絡をいれてきたぞ」
「ああ……そりゃそうでしょうね」
「おい……俺は! お前に! 夜会に出るよう命じたはずだが!?」
「その夜会の招待状をどこに置いておきました?」
「どこって……お前の……」
そう言い掛けて、王太子はハッとした表情を浮かべる。私は小さく頷いた。するとまたしてもガシガシと頭をかきだす。
「そういうことか! 勝手に持っていったのだな!?」
「詰めが甘いんですよ。詰めが」
「事前に教えておかなかったのはお前だろう!?」
「持ってきておいて手渡さないのは普通に詰めが甘いです」
「それはっ、そうだな……。俺が悪い。悪かった」
「いいえ。おかげでいつ夜会なのかも知らないですし、繕い物が増えたので出たくないですね」
「お前の家族は、一体どうなっている……?」
呆れたように言うけれど、そんなこと私が知りたい。父は妹に甘く、母の尻にも引かれている。そして母は、自分の腹から生まれた子供だというのに私を化け物のような目で見る。兄は、ただ気の毒そうに私を見るだけで行動はしない。
私は我が家に生まれた鬼子なのだ。
家族の誰も、こんな大量の魔力を保有していない。属性すら、兄が唯一持っているぐらいだ。属性持ち自体が珍しいとも言えるけど。その中で私は聖属性を持っている。もっと正確に言えば、聖属性以外の属性も。
「――――うちの家族については殿下がよくご存じでは?」
「お前をいない者として扱っているのは知っている」
「そういう家族と言うことですよ。妹が普通に生まれてさぞホッとしたことでしょうね」
「王族と、縁続きになるというのに……お前は不服に思わないのか?」
「……殿下、私は別に殿下と結婚したいと思っていないので」
サクッと告げれば、王太子はショックを受けた表情を浮かべた。なんだこの人。もしかして私に好かれてるとでも思っていたのか?
「そ、お前は……。俺が……」
「私は、子供を産むためだけに殿下と結婚しろと言われてるんですよ。それ以外の役目は求められていない。側室ですらない。その現実を知っていて、ご自分が好かれる要素がどこかにあると思ってるんですか?」
「それは……俺も、その件に関しては問題があると思っている」
「聖属性なんて遺伝しないもののために、私は今このときに前線で戦っている騎士たちの命を救えないんです。浄化作業すらできない。宝の持ち腐れです」
オリバーは今も、仲間と共に魔物と戦っている。明日帰ってくるのか、それとも明後日か、もしかしたらもう戻らないかもしれない。
側にいれば、助けることができるのに。側にさえいれば……!!
「魔力量は、遺伝するかもしれない……」
「魔力量だけあったところで意味ないでしょう? あるだけマシ、というだけで」
「聖属性は、貴重なんだ。お前ほどの魔力量と聖属性があれば……」
「それも使わないなら意味がないといっているのです。神殿に閉じこもって何ができるんです? 名誉の地に渡った人たちにだって、待ってる人は大勢いるんですよ」
これは八つ当たりだ。別に王太子が悪いわけじゃない。私を神殿に閉じ込めることを決めたのは国王なのだ。国のために、なんていっているけれど……実際に私が神殿にいたところでそれほど役に立つことはない。
もちろん魔物大暴走が王都に迫ってくるなら話は別だが。そんな事態になっていたら、この国の半分以上が魔物にのまれている。
だからこそ、前戦に私を投入すべきなのだ。それを国王とオリバー以外が望んでいる。
まあね、オリバーは私に安全な場所にいてほしいでしょうよ。騎士だもの。
でもそういう問題ではないのだ。
「お前は……前戦に立つことを恐ろしいと思わないのか?」
「大事な人が帰ってこないことの方がよっぽど恐ろしいですよ」
私の言葉に王太子は微妙な表情を浮かべた。見て見ぬフリをしてきたのだろう。私が誰を見ているのか、所詮は結ばれないのだから。いずれ諦めるとでも思っていたのかもしれない。恋心なんて、はしかのようなものだ。
「俺は……お前となら、上手くやれると思っているんだけどな」
「私はイヤですよ。毎日小言なんて聞きたくもない。それに私、嫉妬深いんです。唯一に……なりたいんです」
「そうか……」
「ええ、そうです」
「それで俺との婚姻がなしになると思っているのか?」
少しだけ馬鹿にしたような表情にムッとする。そんなことは思っていない。だが当てはある。あとはほんの少しの勇気だけ。
私と、オリバーの。
だから種を撒く。私がこの国に留まらなくて良い理由を。そうすれば自由になれる。
「殿下、私の実家を影に調べさせたらどうです?」
「……それで何かが変わるとでも?」
「ええ。殿下の手柄にしてくださって良いですよ。国民の殆どが望んでいることです」
そう告げると、王太子は大きな吐息をつく。
何を、とは言わない。言わなくても、王太子は聡明な方だからわかるだろう。
「新しい婚約者を、今から探せと?」
「どうせ見合い話は山ほど来てるでしょう? 私の役割をみんな知ってるんですから」
「それを断り続けていたんだが!?」
「なら諦めて受け入れた方が良いですよ。正妃殿下は、私たちの婚姻をよく思っていませんし。喜んで協力してくれます」
臆病な国王に対して、正妃様は私を積極的に前戦に出すべき。と考えている。その方が国民からの求心力を得られる、そう思っているのだ。現在の王家は求心力を失いつつある。
聖なる乙女、聖女、いろんな呼び名で呼ばれるが―――― 民にとっての救いを閉じ込めているのは、それだけの力がある人物。国王や神殿、そこが私を閉じ込めて独占している。
何せ私は普通に治療してるわけだし? 治療されてる騎士たちは、私が神殿に留め置かれている理由を知っていた。そして人の口に戸は立てられない。
「……母上に、協力を求める。が、本当に良いんだな?」
「子作り実験なんて馬鹿げたこと、私としたいですか? やり方が悪いんじゃないかって、そのうちのぞき見られたりするかもしれませんよ?」
「端たないぞ! お前は!!」
「すみませーん」
「お前を……前戦に送るには協力者がいる」
「大丈夫ですよ。これでも馬には慣れてます」
もう一押し、そうすれば王太子との婚姻はなくなる。横柄だけど、真面目な人で助かった。私はニヤリと笑うと、王太子にあるものを用意するよう頼んだ。
どだい無理な話なのだ。たとえ王太子が私を正妃に望んでも、私はこの人を愛せない。




