1.聖なる乙女
癒やしの力を持つ者を聖なる乙女、または聖女という。
「ファルティシーア! 貴様、俺の婚約者でありながら夜会を欠席するとは何事だ!!」
「あーそんなのありましたっけ?」
「ありましたっけ? だと!? ちゃんと通達しているだろ!!」
「さあ……」
「貴様はいつもいつも……お前の妹の方が何百倍も可愛げがある」
「なら妹と結婚なさっては?」
ドスドスと足音荒く神殿に併設された治療院にやってきた王太子に私はそう告げる。妹の方が可愛いなら妹と結婚してくれ。是非に。私は全く困らない。
ついでに言うと、その通達は来ていなかった。たぶん、妹が勝手に奪っていったのだろう。何でも欲しがる妹は自己顕示欲がすさまじい。
婚約者に大事にされない殿下を支えている自分を周りにアピールしたいのだ。
ついでに両親も私より妹の味方をしている。無駄に多い魔力量のせいか、両親に気疎いされているのだ。
王太子と結婚なんてしたくない。ほしければどうぞお勝手に、だ。
そして私を巻き込むな。
私はふう、と息を吐くと額の汗を拭う。
そして治療していた騎士様に痛みはないか問いかけた。騎士様は問題ありません、と小さくいうだけで視線を下げている。
それもそうだろう。自国の王太子が治療の邪魔をしているのだ。
知りたくないことを見せられれば、誰しもこんな状態になる。
しかし私も仕事をせねばならない。これが私に与えられた仕事なのだから。
聖属性という治癒と浄化に特化した能力。これが使えるだけで、神殿に召し上げられる。そして国のために身を粉にして働けと言われるのだ。そのせいで大体の聖属性持ちは短命で終わる。能力を酷使されるせいだろう。
私は―――― 貴族家に生まれ、魔力量が桁外れに多かったがために王家と結婚することを強要されていた。心底御免被りたい。
私にあまり聞く気がないのが伝わったのか、それとも仕事中なのを多少は考慮したのか、王太子は小さく息を吐くとビシッと私を指さす。
「いいか、ファルティシーア。次の夜会にはちゃんと顔を出せ! 命令だ!!」
「はあ……」
「返事は「はい」だ!」
この男、細かいな……そんな感想を持ちつつ、私は「はーい」と間延びした返事をした。
そして王太子はまたドスドスと足音を立てながら治療院を出て行く。私はもう一度、大きな吐息をついた。
その後は邪魔も入らず、快適に騎士様たちを治していく。
重傷者から始まり、軽傷者はまとめて。聖属性の力というのは、本当に便利だ。千切れた手足だって生えてくる。多少痛いとは聞くけど、それでも元に戻るなら誰だって治療されたいと思う。
とはいえ、聖属性持ちは日々治癒作業にあたるせいか皆短命だ。魔力量も関係あるかもしれないが、酷使されすぎではなかろうか? でも魔物の脅威を考えれば、騎士たちとどっこいどっこいかもしれない。彼らだって戦いの最中命を落とす。無事に戻ることは、難しいのだ。
治療が終わり、併設されている治療院から神殿へと戻る。
「たしか、まだ魔物討伐に行ってる部隊は全部帰ってきてないのよね」
私も討伐要請があれば、後方支援という形で参加しなければならない。そのためには少しでも体力を付けておく必要がある。
騎士たちと違って、私たちは馬にも悪路を歩くことも慣れていない。
「走るかなぁ」
「あら、ファルティシーア様。おかえりなさいませ」
「ただいま」
「治療院はどうでしたか?」
「やっぱり魔物の数が多いみたいだね。もしかしたら討伐への同行要請がくるかも」
「そうですか……あ、あと、その……」
「うん?」
同僚の神官は、言いづらそうに「妹君がお部屋に勝手に……」と溢した。
私はまたか、と舌打ちをする。そんな私の態度に神官は申し訳なさそうに謝ってきた。
「お止めしたのですが……」
「いいよ。いいよ。いつものことだし。ダミー部屋でしょう?」
「あ、はい! それはもちろん!!」
「ならいいよ。あそこは取られて困る物置いてないし」
「ですがお手に封書のような物をお持ちでしたよ?」
「封書……? あ、あー……アレか」
「アレ、ですか?」
「夜会の招待状じゃないかな。王太子殿下が治療院で仕事してるときに乗り込んできた」
「……王太子殿下がご存じなのも、ダミー部屋の方ですよね?」
「うん」
なるほど。夜会の招待状は家に届けられるもの。
なのに私ではなく毎回妹がくる。妹の話す理由に一定の理解はしても毎回なのはおかしい。そう感じて、今回は直接私に届けにきた。そしたら私が仕事でいなくて、手紙を部屋に置き私の元に文句だけ言いに来たのか……
馬鹿ではないんだよな。馬鹿では。
どうせ渡すなら直接渡せばいいものを、仕事の邪魔になるだろうからと部屋に置いていった。その心遣いはあの妹が私の部屋に勝手に入って漁る、ということを知らないから。
「……詰めが甘いな」
「ファルティシーア様……」
「疑ったなら調べるべきだね。それをしない時点で甘い!」
「それはまあ、そうですが……王太子殿下も悪い方ではないと思いますよ?」
「悪くはないが高慢ちきすぎて気が合わない」
「王族ですしね……」
「もうちょい歩み寄りのできる性格なら考えた」
ま、考えるだけだが。私は大きく吐息をつく。
それにしても困ったな。招待状ないと入れないかな? それ以前にいつやるのかもわからないな。面倒だし放置するか? むしろ迎えに来るぐらいしてほしい。参加しろというのなら。
面倒臭い。心底面倒くさい。
うーんと唸っていると、神官が苦笑いを浮かべている。
「お調べしましょうか?」
「いいよ。面倒だし。どうせなら急な討伐が入りましたーって出られたらいいんだけど」
「それはその……あまり良いことではないですし」
「うん。ごめん。そうだね……私が駆り出されるなら、それなりに酷い状況ってことだもんね。ごめんなさい。いいすぎました」
「いえ。ですが……妹君はこのまま放置してよろしいのですか? 明らかに目に余ります」
「いっそのこと、妹と王太子殿下が浮気してくっついてくれたらいいのに……と思ってます」
「それは難しいのでは?」
「……そうかな?」
「はい」
難しいと言い切られてしまった。そうか。あの王太子、意外と身持ちは堅いのか。
妹の方が何百倍も可愛げがあるとか言いながら、浮気するタイプじゃないのかぁ。それは誠実ではあるが、馬の合わない私たちには致命的だ。政略と、わかっていても。
私は神官に礼を言って、ダミー部屋に戻る。
ダミー部屋。つまり私の本当の部屋ではない。
妹が頻繁に私の部屋に来ては漁っていくので、神殿がわざわざ用意してくれた。
なにせ神殿が私に渡した、聖なる乙女しか着用の許されない衣装まで持っていったのだから。もちろんそのことで神官長たちから実家へ強い抗議が成された。
しかし両親は「可愛い妹が着てみたいと言ったことの何が悪いのです?」と意に介さない。
昔からそうだが、妹可愛さに家を傾ける気かこの両親。
最終的に王家からも厳重な注意が成されてようやく衣装は返ってきた。
ボロボロになって、だが。
言うに事欠いて「お姉様ばかりずるい」といっているらしい。
生憎と妹の方が余程いい暮らしをしている。神殿は質素倹約を旨としているのだから。
「あーあーずいぶんと散らかしてるな」
部屋の中は書棚から本が投げ捨てられ、クローゼットの中の神官服も破かれている。
枕にも切り傷があり、綿が可哀想な感じに溢れていた。
「これ、片付けるのか……」
理不尽が過ぎる。あーっと唸りながらしゃがみ込んでいると、ティア、と私の愛称を呼ぶ声が聞こえた。
ガバリと顔を上げ、辺りを見渡す。すると窓からひらひらと揺れる手が見えた。私はすぐにかけより窓を開く。
「オル! オリバー!! 貴方いつ帰ってきたの!?」
「ただいま、ティア」
「お帰りなさい。ねえ、いつ?」
「いまさっきだよ」
「本当に? どこも怪我はない?」
私は窓から身を乗り出して、オル―――― オリバーの体を頭のてっぺんからつま先まで確認する。彼の言うように、どこも怪我はしていないようだ。そのことにホッとする。
そのままオルの頭に腕を伸ばし、胸の中に抱きしめた。
「ティア……?」
「無事で良かった」
「うん。大丈夫だよ。あ、でも……ティアは仕事終わって、戻ってきたばかりだよね。ごめん。怪我人がいるから……」
「いいわよ。それが私の仕事だもの。でも……オルが側にいてくれたら、心強いわね」
そのまま体を預ければ、オルは軽々と私の体を窓から外へと連れ出してくれた。
私はオルと連れだって治療院へ戻る。聖なる乙女の仕事も、彼がいてくれるなら苦ではない。
そう。これが、私が王太子と結婚したくない最大の理由なのだ。
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