9.魔物討伐
東北東の湖での魔物討伐を終え、私たちは移動を繰り返す。
もちろん途中でやっかいな貴族に捕まるときもあるけれど、そこはそれ。王太子が書いてくれた覚え書きが役に立った。
「それにしても、本当に瘴気が多いわ……」
「そうですね。ここまで広まっていたのは、まあ、その……」
「そうね。王家が放置してたからなんだけど! 魔物討伐するだけでは足りないもの。それに瘴気が濃くなれば、せっかく討伐した場所にもまた魔物は増えていくし」
「浄化された土地は長期間魔物が少なくなるんですけどね」
「そこが不思議よねー。聖属性を持っていても、その理由まではわからないのよ」
オリバーの副官とそんな話をしながら、次にどこへ向かうか話し合う。肝心のオリバーは現在、討伐が終わった土地の領主と話し合っている最中だ。
どうやら? 領主の娘がオリバーを気に入ったとかで? 嫁にもらってくれないかと、しつこく話をしているらしい。らしい、なのはオリバーが私に「心配するな」と言ったから。
彼がそう言うのであれば、私が心配することはない。浮気なんて疑わない、が……口調とは裏腹にムスッとした表情を浮かべる私を、オリバーの副官は苦笑いしながら受け入れてくれていた。
「……その、ファルティシーア様。隊長なら」
「そこは心配してないのよ。オルが心配するな、と言うのなら心配しなくてもいいのよ。でもそれと、嫉妬するかしないかって話は別なのよ!」
「ファルティシーア様も人の心がおありなんですね……」
「ちょっと! 私が人の心がないみたいじゃない!!」
「下手な騎士よりも即断即決して自分を囮にし、隊長の寿命を縮めることを平然とされる方が……?」
「オルはそれでも「可愛いね」って言ってくれるもん」
私がそういえば、恋は盲目ですね。と彼は言う。そんなことはない。これは私がオリバーを信頼しているから出来ることなのだ。心の底から愛してるし、愛されてるとも感じている。
だから心配はしていない。ただ相手の女がどう出てくるか、それが未知数なのだ。
まさしく恋は盲目である。
「オルって……一般的に見ても、格好いいわよね?」
「そうですね。鍛えられた体に、穏やかな性格ですし……顔も整っていらっしゃるかと」
「そうよね。そうなると、一目惚れとかされちゃう? 私、相手の女と一対一でお話し合いする必要あるかしら??」
「……可哀想なので、一対一の話し合いはお止めになった方が良いかと」
「そりゃあね、私もか弱い女だものねー」
ぶんぶん、と拳を振り上げればオリバーの副官はスッと私から視線をそらした。どうしてよ! 私、か弱い乙女でしょうよ!! ぶすくれているとオリバーがようやく領主の元から帰還した。なんと! 領主の娘を連れて。
その女は私ににこりと微笑んだ。まるで自分の方が上であるかのように。
私はカッチーンときたけれど、喧嘩を買うにはまだ早い。そもそも何をしに来たのかわからないからだ。
「おかえりなさい、オル」
「無事のお戻り、なによりです。隊長」
「ただいま。二人とも。ええと、彼女は領主の娘さんなんだが……」
「お初にお目にかかります。オリバー様とご一緒させていただこうと、こうして参った次第ですわ」
「あらそう。オリバーと一緒って……何を一緒にするつもりなのかしら? 貴女、魔物討伐ができるの?」
「まあ、そんな恐ろしいこと出来ませんわ! わたくしは、オリバー様を癒やして差し上げようと参ったのです」
癒やす……癒やす?? なにを? オリバーを??
頭の中には疑問符が浮かぶ。
「……つまり、貴女は聖属性の力が使えるのかしら?」
「いいえ。そんな尊い力は使えませんわ」
「じゃあ、何が出来るの? 癒やすって、もしかして歌でも歌うの? それとも娼婦のまねごとでもなさるおつもり?? 魔物討伐の最中に??」
「なんて失礼な! わたくしは領主の娘でしてよ!!」
「お言葉を返すようだけど、私たちは魔物討伐のために移動しているの。なぜ何もできない足手まといを連れていかなければいけないの? 私たちの邪魔をするということは、国に逆らうということだけど、ご理解してらっしゃらないのかしら??」
ピシャリと言い切れば、領主の娘は口ごもる。そして助けを求めるように、オリバーを見上げた。だけどオリバーが助けるわけがない。だって何もできない女性を伴って、討伐を続けるなんて出来ないからだ。誰が彼女を護るというのか?
「お、オリバー様! わたくしを娶れば、父が貴方様の後ろ盾となります!! これ以上ない縁組みではございません!?」
「我が、魔物討伐部隊は王家の指示で動いている。そして私を討伐部隊長にしたのは王太子殿下……貴女の父上は王家よりも、後ろ盾として有効なのか?」
「そ、それは……ですがわたくしは、貴方様のお側に居たいのです! どうか娶ってくださいまし!!」
「生憎と、私が愛しているのはこの世でただ一人。それは貴女ではない。絶対に」
オリバーはキッパリと断る。たぶん、向こうでも同じように領主に断りを入れたのだろう。しかし領主は自分の娘をオリバーに押しつけてきた。魔物討伐部隊の部隊長。討伐が成功すれば、英雄となれる。英雄の義父として、中央に幅を利かせたかったに違いない。
わなわなと体を震わせ、彼女は怒りを露わにした目で私を睨む。おっとやる気か? やる気なのか?? 喧嘩なら十分買わせてもらう。そして即、十倍にして返品だ。
「こ、こんな! こんな女のどこがいいのです!!」
「え、全部」
「は?」
「全部。頭のてっぺんから足の先まで。全てを愛してます」
「そんな、こんな女が魔物討伐で役に立つだなんて到底思えないわ! わたくしのほうが、女としても家柄も全部上なのに!!」
家柄云々は、一応聖なる乙女である私にいってどうなのよ? と思わなくはない。実家がなくなって、私の後見は神殿に変わっている。
あと女としてというが、そこまで体型が違うとも思わないし? 別にオリバーは胸が好きなわけじゃない。ほんの少しだけ、自分の胸を見たけど……そこまで負けてるわけじゃない。
「差し出がましい真似を失礼致します。生憎と、ファルティシーア様は下手な騎士よりも度胸がおありです。そして何百、いえ何千人もの人々の傷や病を癒やし、瘴気に汚染された土地を浄化してます。貴女はファルティシーア様以上に何かおできになるのですか?」
「そ、そんなことできるわけないじゃない!! そんな生まれつきの力を持ち出されたって……」
「生まれつきの力とて、神殿に籠もっていたら討伐に出ている者は救えないんですよ。名誉の地へ渡った騎士たちを嘆き悲しみ、自らも先頭に立ってご尽力くださっている。その方への暴言は、我々討伐部隊……そしてファルティシーア様に助けられた者たちを敵に回すと思いなさい」
オリバーの副官はそれだけいうと、周りの騎士に声をかけた。そして彼女を領主の元へ返すように言いつける。もちろん領主の娘は抗おうとした。抗おうとしたが、騎士たちの冷たい眼差しに口を開いては、何も発することも出来ずその場に崩れ落ちる。
「ただただ護られてるだけの女なんてお呼びじゃないのよ。貴女にはわからないでしょうけどね」
「……俺はできれば待っていてほしかったけどね」
「でもオリバーの、そしてみんなの背中を護れるのなら私はここに立つ意味がある」
「その通りです。初めから、お呼びではないんですよ。このお二人の間に割って入るだなんて、誰にも出来ないのですから」
三者三様にいわれ、領主の娘は悔しそうな表情をで私を睨んだ。お、まだ睨むだけの元気があるのか。それだけオリバーの価値を高く見積もっているのだろう。その見積もりに関しては私も同意だ。今までの評価が低すぎる、ともいえるが。
だけど、ここで彼女の気概を砕いておかねばならない。
ある種の魔物討伐のようなものだ。貴族社会の、王家の覚えめでたい者を取り込んでおけば自分の家に有利に働くと。何もしなくても、オリバーがいれば功績が転がり込んでくると思い込んでいる。
そんな事態は絶対に避けなければいけない。私の愛する人を利用なんてさせやしない。
私はにこりと彼女に微笑んだ。
「これ以上、私たちの邪魔をするのなら国賊として扱われるけどいいのかしら?」
「そんなことできるわけないわ!」
「あら、でも今私たちは足止めされているわ。これから魔物討伐に向かう私たちの足を、貴女のくだらない自尊心のために。貴女の家の虚栄心のために」
領主の娘はくだらないと言われ、キッと私を睨みつけてくる。全くもって怖くはない。
この程度の視線、王太子の婚約者をやっているときにいくらでももらった。
「それともこのままついてくる? 魔物が蔓延る地で、貴女は生き延びられるのかしら?」
魔物、といわれ領主の娘は一瞬怯む。だが領主の娘、という自尊心が騎士たちが護ってくれるだろうと安易な答えを出させようとした。
だが次の瞬間―――― 彼女はヒュッと息をのむ。
周りの騎士たちの、そしてオリバーの冷たい視線に顔を青ざめることになったのだ。




