39.最後の戦いへ
魔王城。
王都からマオに抱かれて飛んで行くのも、少し時間は必要だった。景色を眺めてあれこれ楽しめていたのだから、それなりの時間はかかっていたはず。とは言え、気軽に行き帰り出来るくらいの時間だ。
それなのに、地上を馬で行くとなると酷く遠い。
最後の街で馬を降り、そこからは徒歩だ。
前回、フェリスは転移魔法でリオンたちを王都へ飛ばした。そのため、彼らの乗って来た馬は魔王城で面倒を見ていた。今もそうかはわからないが、その馬を連れ帰りたいというリオンの希望だ。
魔王城のある森の手前まで来た時にはすでに二週間が経とうとしていた。
森に入る前に最後の野営をして、今、フェリスと勇者一行は魔王城の門の前に立っている。
「前来た時と違って、禍々しいったらねェな」
「そそそうだね、ぜ全然違う、ね……」
ミリアが不安そうに魔王城を見上げ、きゅっとフェリスの腕をつかんだ。
その手を少しなで、ミリアに頷いてみせる。
「なるほど、こうして見ると明らかに違うな。フェリス様と一緒にいた魔王の正体がつかめなかったが、今なら納得だ」
頷いたリオンが、聖剣に手をかける。
リオンたちは、魔王がフェリスの中に封じられていたことを知っていた。だが、フェリスは魔王の証である角の生えた子供と一緒にいる。間違いなく闇の力を持っている子供と。
リオンは、フェリスの中から魔王が自分の身体を操っていると考えていたようだ。
「今度こそ」
「お願いね。もし————」
「わかってるって。こないだ戦ったアイツらは攻撃しねェ」
断言したガルドの言葉に安心する。
メメ、ベル、リリー、霊子さん。皆、無事だろうか。どうか無事でいて欲しい。
無事でここから逃げていればいい。でもそうでなかった場合、以前のように操られてしまっている可能性もある。
事実、フェリスたちは一度操られたベルと戦ったことがあるのだから。
「マオを、助けられると良いな。出来るだけ協力する」
「ありがとう」
マオを刺してしまったリオンを、フェリスは責められなかった。彼の行動は、まごうことなき正義だったのだから。
それを引き起こしたのは、他ならぬ自分が汚染されていたせいだ。
マオだって、世界を滅ぼすのはやめたらどうかと言って来たことがあった。それなのに、聞き入れなかったのはフェリスの方だ。あの時マオの助言に従っていれば、彼は刺されなかった。
世界を滅ぼすという執着は魔王のものだったが、その汚染を受け入れていたのはフェリス自身だ。
「とは言っても、限界はあるからな。頼むぜ、大聖女様」
「うん。わかってる」
もしメメたちが操られてこちらを攻撃して来たとして、手を出さずに避け続けるには限界がある。
しかも、ここには魔王がいる。その魔王をリオンの剣で貫いてしまえば、マオもどうなるかわからないのだ。
こちら側の手が全て封じられているようなものだ。
「わたしがなんとかする。聖力なら無尽蔵よ」
聖力は治す力だ。メメたちが操られているのなら、それを治すことが出来るはずだ。
魔王の方も、出来るかはわからないが試したいことがある。
「行きましょう」
門に手をかけると、力も込めていないのに自然と開いた。
「ちっ、招き入れてやるってか。余裕こいてるその鼻をへし折ってやるぜ」
「ガルド、おお折っちゃだだだめ」
「言葉の綾だろ」
肩をすくめ、ガルドが歩き出す。その横にリオンが並んだ。
二人の背を、フェリスとミリアも追う。
「今回は魔王城の間取りも頭に入ってるからな」
魔王城は広く、入ったことのない部屋も多い。だが、魔王城の内部はそこそこ正確にリオンたちに伝えられているはずだ。
「油断は禁物だガルド」
「わかってるって! こっちが不利なのには変わりねェからな」
見慣れていたはずの庭。しかし、咲いていたはずの花は枯れ、緑だった地面は茶色くなっている。
まるで、知らない場所のようだ。
向こうに見える、魔王城の正面玄関の扉。あの向こうに、魔王が……。
「ッ、待て!」
リオンが鋭い声を上げて、フェリスを手で制する。
その視線の先に、青白い人影が浮かび上がった。
「霊子さん!」
陰鬱な顔をした幽霊。霊子だ。
霊子はこちらを認めると、すーっと空中を飛んで近づいて来る。
「霊子さん!」
リオンとガルドの間から前へと出る。霊子は、正気だろうか。
正気ではなくても、驚かすこと以外したことがない霊子には、さほどの危険はないはずだ。
「おかえ、り」
「れ、霊子さん! 正気なのね!」
つい抱きしめたくなってしまい手を伸ばすが、その手は霊子の身体をすり抜けた。
そうだ幽霊だったと思いなおし、姿勢を整える。
「霊子さん、メメたちは⁉︎ 無事⁉︎」
「無事。でも、操られ、てる……」
「……っ」
ということは、中に入ればメメたちと戦うことになるということだ。
彼らを、早く正気に戻してあげなければ。
「霊子さん、魔王、は……」
「戻って、来た。ここに、いた、んだね」
霊子がフェリスの胸を指差す。
そうだ、霊子はなぜか、フェリスの胸の辺りを気にする様子を何度か見せていた。
「知ってたの?」
「ううん。気に、なってただけ。今は、気になら、ない」
霊子は、フェリスに魔王が封じられていることは知らなかったしわからなかった。それでも、なんらかの気配は感じていたのだ。
「今、は魔王城の一番、奥の……玉座にいる」
「あそこ、玉座だったんだ……」
フェリスは入ったことはない。そもそも、霊子を合わせてもここの住人は六人。使わない部屋は山のようにある。
そんな部屋の中に、ひときわ大きな両扉の部屋があるのは知っている。そこにいるのだろう。
「じゃあ、マオくんは……?」
「わから、ない」
「だよね……」
もう当たって砕けるしかない。いや砕けたくはないが。
「協力、する」
「わかった、ありがとう霊子さん。みんなもいい?」
リオンたちを見回すと、彼らも頷く。
「じゃあ、行こうか。最後の戦いに」
前へ出て扉に手をかけたリオンに続く。
そのリオンの横を、霊子が扉をすり抜け向こう側へと消えた。
ゆっくりと扉を開き、玄関へと入る。以前、フェリスは中央階段の上で勇者一行を迎え入れる側だった。
その場所を見上げる。そこには、両手に包丁を持ったメメと、その横を飛び回っているベルがいる。
「メメ! ベル!」
呼びかけるも、反応はない。
玄関ホールを見回しても、リリーの姿はない。しかし、彼女は音もなく歩み寄れる。しかも、上も下も関係がない。警戒しなければ。
「行くぞ!」
剣を抜いたリオンが、地面を蹴った。




