40.結集
ベルが高く飛び、その姿が光った。途端に、その身体から風の刃が無数に放たれた。
「リオン!」
咄嗟に中央階段を駆け上がるリオンの上に、聖力の障壁を展開する。
障壁をすり抜けた風の刃が、リオンをかすめ階段を穿った。
リオンは足を止めず、階段上のメメの包丁と切り結ぶ。
(メメの包丁は、人を傷つけるためのものじゃないわ!)
背後でミリアの詠唱が響いた。
一瞬で形作られた光の矢が、ベルめがけて放たれる。
ベルはその小さな身体を活かして軽々と避け、さらに風の刃を放った。それを光の矢が貫き無効化して行く。
ミリアはちゃんと手加減をしている。ベルに魔法が当たらないよう調節してくれているようだ。
その上で、風の刃を無効化して行くのだから凄い。
「フェリス」
すっとフェリスの隣に霊子が現れた。中央階段下にリリーが潜んでいると教えてくれる。
「来るわ、警戒して」
霊子の言葉が終わらないうちに、音もなく階段下からリリーが姿を現した。しかし、その場所はリオンには死角だ。
魔法の応戦を続けているミリアも気づいていない。
「ガルド!」
「オレの相手は蜘蛛女か! ちっ、一番面倒そうな奴かよ!」
ガルドは以前、リリーの蜘蛛の糸に絡め取られてしまったことがあった。
あの時の印象が、どうもガルドに面倒そうという判断を下すようだ。
「援護するわ」
「頼んだぜ大聖女様!」
階段を登って行こうとするリリーの足を、ガルドが素手で引っ張った。
上半身だけガルドに向け、リリーが蜘蛛のお尻から糸を吐く。
「はっ、その手にはかからねェぜ!」
素早く後退して糸を避けたが、リリーは構わず糸を吐き続ける。そのお尻を上に向けて、天井や壁にも糸を張った。
ガルドが大きく舌打ちしたのがフェリスの耳に届く。
「させるかァ‼︎」
ガルドが鞘に入ったままの剣を構え、糸を切ろうとふり降ろす。それよりも一歩早く飛んだリリーの身体が、糸を伝って左手の壁へとあっという間に張り付いた。
その間にも、リリーは糸を吐き続けている。
迂闊に歩けば糸に絡め取られるし、放っておけばどんどんリリーの足場が増えて行く。
リリーは敵に回すと厄介だ。
「ミリア!」
叫ぶと、それに応えるように炎が飛んだ。空中でその炎がぼっと燃え上がる。
リリーの蜘蛛の糸に一気に引火したのだ。
リリーが壁を走る。それをガルドが追った。
激しい金属音が上から聞こえる。
リオンとメメだ。メメを傷つけないよう防戦一方のリオンが、巨体のメメにパワーで押されている。
「リオンもう少し耐えてちょうだい!」
その背に声をかけ、リリーに視線を動かす。
壁をまるで重力を感じさせない速さでリリーが走る。
背後で、床に着弾した風の刃が砕いた礫を巻き上げた。
「ガルド、リリーの気を引ける⁉︎」
「やってみるさ!」
声を上げながらリリーに向けてガルドが走る。糸を吐きながらリリーがガルドへ向けて飛んだ。
ふり降ろされた足を、剣の鞘で受け止め、すぐに身体を引く。
ガルドを捉えようと吐かれた糸は、瞬時にミリアの魔法が焼いた。
リリーを元に戻す。それを念じながら、外套の内ポケットからペンライトを取り出した。光らせる。
室内だからだろう、ペンライトははっきりと眩しく光っているのがわかる。
そこへ聖力を集中させた。ペンライトの光量が増す。
「リリー! まだわたしのドレス作ってくれてないわよッ‼︎」
叫んで、リリーに向けて思いっきりペンライトをふった。
一直線にリリーに向かった光は、蜘蛛の糸を伝ってジャンプしたリリーに避けられる。リリーの瞳が、フェリスをとらえた。
「お前の相手はオレだぞ!」
ガルドがリリーの視線を遮るように前に出た。そこ目がけてリリーが下半身をひねりお尻を向けた。糸を吐く。
ガルドは避けなかった。糸に絡みつかれた瞬間に、フェリスがリリーめがけてペンライトをふる。聖力の光があふれた。
今度こそ、リリーに届いたそれが彼女を包んで行く。
「リリー! わたしのドレス! 一緒に作るんでしょ⁉︎」
叫んだ声に、リリーがぱちくりと瞬いた。
「フェリス! リリー、フェリスのドレス作るッ!」
「リリー!」
リリーの毛むくじゃらの足に駆け寄り、抱きしめる。
聖力で操りを解除して、元に戻すことが出来たのだ!
「おい後にしろピクシーの魔法来るぞ!」
ガルドの叫びに、はっとしてペンライトをふり上げる。
展開した聖力の障壁が、ベルの放った風の刃を跳ね返した。
「ッかぁ‼︎ これなんとかしろォ‼︎」
「リリー、信じてリオンたちは味方なの!」
「勇者味方! フェリス信じるッ」
きりっとした顔で頷いたリリーが、ガルドに歩み寄った。その足を糸にかけ、一気に引きちぎる。
糸は所々くっ付いているものの、大半は下に落ちガルドが自由になった。
「リリー、くっつく糸とくっつかない糸、分けて出せるッ」
「凄いわリリー!」
なるほど、マオの服を作った布は、くっつかない糸で作ったのだろう。
一番にリリーの洗脳を解いたのは正解だった。リリーとの戦いが長引いていたら、かなりの苦戦を強いられることになったはずだ。
「よっしゃ、リリー! あのサイクロプスやピクシーの足止め出来るか⁉︎」
「フェリス、みんな、元に戻してくれる?」
「ええ、そのために来たのよ」
「やるっ!」
言うか否や、リリーの身体が跳ねた。あっという間に壁に取り付き、天井へ登る。
そのまま、メメの頭上へと移動した。
「リオン、下がって!」
「わかった!」
メメの包丁を聖剣で弾き、リオンが階段を中程まで駆け降りた。
メメの頭上から、リリーの糸が降り注ぐ。
メメはあっさりと糸に捕まり、その場に倒れた。
(待っててねメメ! 元に戻してあげる)
次にリリーがベルを狙う。しかし、吐いた糸は身軽なベルにことごとく避けられた。
リリーの糸を避けながらも、次々と風の刃を打ち込んで来る。ほとんどはミリアが撃ち落としているものの、こちらは本気が出せない。このままでは押し切られてしまう。
「勇者はこっちだ!」
階段からリオンが叫んだ。軽やかに空中を舞うベルがリオンをとらえた。
風の刃の標的がミリアからリオンへと動く。風の刃がリオンに降り注いだ。
ミリアの炎が次々と撃ち抜いて行くが、もれたものがリオンを掠めた。
「届いていないぞ!」
さらに挑発するリオンに、ベルが顔を引きつらせた。
さらに、ガルドとミリアも声を上げた。一瞬視線をさまよわせたベルの隙を付いて、リリーが糸を放つ。
蜘蛛の糸がベルの足に絡みつき、姿勢が崩れた。魔法が途切れる。
「今だ!」
「うん!」
蜘蛛に捕まえられた虫のように、バタバタともがくベル。しかし、その足に絡んだ糸はびくともしない。
聖力を練り上げ、ペンライトをふりかぶる。ピカピカと点滅したまぶしい光が、真っ直ぐに、ベルを貫く。
光が消えるのを待たず、階段を駆け上がる。そのフェリスを護るようにリオンが出て、共に上まで走った。
床に転がされて唸っているメメにも、聖力を注ぐ。
「……あ、あぁ、ふぇ、フェリス、さん?」
「メメ!」
簀巻き状態のメメに抱き付く。じっとしていろとリオンが言いつつ、聖剣で糸を切った。
「メメ、操られていたのよ。良かった元に戻ったのね!」
「ゆう、しゃ……」
「リオンたちは、今は味方よ」
「ちょっとぉぉぉ! そんなことよりアタシを助けなさいよぉぉぉ」
ベルの叫び声にはっとして上を見上げると、彼女を拘束する糸をリリーが天井から引き寄せているところだった。
ベルを解放し、リリーがぴょんと跳ねて階段へと飛び降りる。
ゆっくりとメメが起き上がった。
「もぉぉ、なんなのぉこれぇ……ちゃんと説明してよね、フェリス」
メメの肩に降りたベルが、ぶうとほおを膨らませる。それに頷いた。
「一旦階段の下に降りましょう、説明するわ。説明する時間があれば」
なにせ魔王はこの城にいる。マオだって、城の中でちょっと呼ぶだけで飛んで来ていた。あれは、声が聞こえていたのではないだろう。なんらかの魔法を働かせていたはずだ。
マオに出来ることが魔王に出来ないはずがない。もう魔王は、こちらの状況を知っていると見ていい。
その魔王が、いつなんどき現れるかもしれない。だからこそ、時間があるならば自分たちの状況を整理したい。
「みんな、急いで。集合よ!」
* * *




