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38.真実

 二人分の足音と声。


「そう言えば、大聖女フェリス様は完全に闇落ちされたとか?」

「そうみたいだ。闇魔法を使っていたと」


 足音が祭壇へと近づいて来る。それにますます身を縮めながら、耳に全神経を集中させる。

 そう、ここで闇堕ちした。


「哀れな……。()()()()()()()()()()()()などという無茶をなさるから」


 はっとする。今、なんと言った?

 フェリスが魔王を、自分の中に封印した?


(そう言えば、魔王を封印したのは覚えていたのに、どうやってとか考えたことなかっ……)


 マオに出会った時に、魔王を自分が封印したと話したはずだ。

 目の前に魔王がいるから、封印は解けたのだと思っていた。そのことについて、深く考えたりしなかった。


(でももし……)


 もしその時もまだ封印は解けていなかったのだとしたら。

 ずっとフェリスは、魔王を自分の中に封印したまま過ごしていたのだとしたら。


「しかし、ああでもしなければ今頃我々はここにいないでしょうね」

「祈りましょう。我々を救って下さった聖女フェリス様が、せめて苦しまぬよう《《魔王とともに》》討たれることを」


 見回りの二人は、しばし神に祈りを捧げたようだった。

 やがて、足音が拝殿を出て行き、周囲が静寂に包まれた。

 祭壇の下から身を起こし、女神像を真っ直ぐに見上げる。


「そう……そうだわ、わたし魔王を……」


 これまで考えても来なかった記憶の断片がよみがえる。

 リオンたちと魔王討伐に向かった。魔王が暴れて支配したという街へ行き、魔王と対峙した。

 その時の魔王は、邪悪で憎悪に満ちた魂だった。

 そう、文字通りの魂だけの存在だったのだ。なぜそんなことになっていたのかはわからない。わからないが、魔王は魂だけで存在していた。

 邪悪なその魂に、物理攻撃は効かなかった。抵抗も叶わず、純粋な悪として人々を虐げ苦しめていた魔王。


 魔王を倒すのに一番確実な方法は、勇者の持つ光力ルミナスを解放することだ。だが、光力には弱点がある。

 一回発動すれば、勇者本人が疲労困憊で倒れてしまうのだ。なぜなら、光力は勇者の生命力そのものだから。

 そしてその一回では、倒せなかった。ミリアの魔法も、全て退けられた。

 その魂をフェリスの中に封印する、それがあの時出来た精一杯だった。そうしなければ全滅していた。


「わたしが、リオンたちに……」


 魔王の魂を自分の魂に内包する以上、どんなに強く封印していても汚染される可能性がある。

 そうなれば、フェリスは邪悪に染まり世界を害するかもしれない。

 もしそうなったら、魔王ごと自分を始末して欲しい。他の誰にも頼めない、あなたたちにしか。そんな酷すぎる頼みをして……。


 そうして王都に戻り、フェリスも再び精力的に仕事をこなすようになった。

 その頃から、ますますフェリスには仕事の押し付けが増えた。心が疲弊して行った。


「わたし、魔王に汚染されていたの……?」


 勝手にオーバーワークをしては、心をすり減らす。不満をため込む。そうしてじわじわと汚染されて……。

 ついに我慢の限界を迎えたその時に、魔王の封印がゆるんでしまった。それが自分の闇堕ちだったのではないだろうか。


 女神像を見上げる。

 ここであんまりだー! と叫んだ。

 身体の奥が冷えて、声が頭の中に響いた。闇を授ける、その力で復讐せよと。あれは、神ではなく魔王の声だったのだ。


 となると、正確には闇堕ちではない。魔王の封印がゆるんだことで闇の力が漏れ出るようになっただけ。魔王の意識が——フェリスを通してはっきりとあらわれるようになっただけ。それは魔王復活が近いことを意味している。

 だからリオンたちは、フェリスに剣を向けたのだ。魔王を倒すために。


「わたしが聖力を失わなかったのは……」


 闇の力を得たと思っていたが違ったのだ。フェリスの中に封じられていた闇が漏れていただけ。

 そう確信した時、拝殿の外から声がした。そして複数の足音。


(さっき見回りに来てたから、まだのはずなのに……!)


 慌てて祭壇の下へと身を隠そうとしたが、扉が開く方が一歩早かった。

 扉を押し開いたのは、金の輝き。


「リオン……」


 一瞬だけ視線が交わる。と、その後ろからミリアが顔を出した。リオンを押しのけ、フェリスへと走り寄って来る。


「お、お姉さまぁぁぁぁぁ‼︎ いたぁぁぁ‼︎」


 そのまま祭壇の裏へ走り込み、フェリスへと飛びついて来た。

 わあわあと泣きながらフェリスの首に腕を回したミリアを、おっかなびっくり抱きしめる。


「ミリア……、ど、どうしたの……」


 昼間に死闘を繰り広げたばかりだ。お互いに、本気で相手を殺そうとしていた。

 それは魔王に汚染されていたフェリスに原因があり、彼らは正しい行いを勇者として引き受けただけだ。

 その役目はまだ終わっていないはずなのに。


「フェリス様。やっぱりここにいた」


 リオンが中へと入って来る。それに続いて、ガルドも。

 皆元気そうだ。そのことに心底ほっとする。


「魔王の封印が、解けてしまったんだな……。フェリス様が、聖力セイクリッドで輝いて見える」

「封印が……? ッ、待って」


 はっとして、闇の力を探る。しかし、今はもうどこにもそれが見当たらなかった。


「闇よ、我が左手に集え……」


 ミリアに抱きつかれたまま意識を集中し、呪文を詠唱してみるものの、なにも感じない。

 闇力ダークネスは、フェリスの中から綺麗さっぱり消え失せていた。


「そんな……」


 心当たりはひとつだけ。あの時に封印が解けたのだ。マオが聖剣で貫かれたあの時に。

 知らずミリアの腕の上から喉を押さえる。あの時フェリスを無駄に苦しめ、それを愉しんでいたのは、封印が解け復活した魔王だったのだ。


「もう俺たちに、フェリス様を討つ理由はなくなった」


 リオンの表情がゆるんだ。ガルドも肩をすくめ、悪かったなとばつの悪そうな顔で謝って来る。


「いいえ違うの、あなたたちは正しかった。あんな酷い約束を守ろうとしてくれてありがとう。最後まで封印しておけなくてごめんなさい」


 ミリアの頭をなでる。

 姉のように慕ってくれていたミリアは、どんな気持ちでフェリスを討伐に来ていたのだろう。その心情を思うと胸が痛んだ。


「魔王の封印は解けて……待って、じゃあマオくんは?」


 日本という異世界から転生して来たとマオは言っていた。

 その話が、もし本当なのだとしたら。魔王の身体に入った、別世界から来た魂だったとしたら。


(マオくんは、いるんだわ!)


 魔王が身体に戻ったことで、マオの魂がどうなったのかはわからない。

 それでも、フェリスが想いを寄せたマオは本当に存在していたのだ。


「わたし、思考も行動も汚染されて操られていたんだわ。魔王の身体に入ったマオくんと会ったのも、もしかして偶然じゃ、ない……?」


 封印がゆるんだことで、魔王が自分の身体を呼び寄せた可能性もなくはない。

 だがそんなことはどうでもいい。重要なのは、マオの行方だ。


(マオくん、いるの……? どこ? マオくん……)


 彼が今どうなっているのか。

 それを確かめるためにも、魔王城に行かなくてはならない。


「オレ達は、フェリス様じゃなくて魔王討伐に行かねェとなんねぇが。あんたはこれからどうするつもりだ?」

「連れて行って」


 自分が最後まで封印したまま大人しく討たれていたら、マオはリオンに刺されなかった。魔王も復活しなかった。

 マオの行方がわからなくなることもなかった。魔王城のみんなを危険にさらすこともなかった。

 汚染されていたとはいえ、全部フェリスの心が弱かったせいだ。自分にやれるだけのことはしたい。


「はは、だよな。そう来ると思ったぜ」


 魔王。

 マオが言うことが本当なら、魔王とは子供の魂だ。子供の魂に、この世界の負を全て背負わせた存在。それゆえの純粋悪。

 フェリスが苦しむ様子を見て愉しんでいたのも、虫の羽根を千切って遊ぶ子供そのものではないか。


(子供……そう、とても、苦しんでいた……)


 魔王の魂を封印する時に、彼の深淵をのぞいた。その時の記憶が一気に蘇って来る。

 そこにいたのは、子供だった。母親を呼ぶ幼い子供。

 ただ母を恋しがるその子に、一緒にママを見つけようねと約束したのだ。

 それなのに、忘れてしまっていた。

 いや、封印した後しばらくは覚えていたはずだ。もしかしたら、魔王に汚染されるにつれて記憶が封じられて行ったのかもしれない。


 彼を、傷ついて苦しむその子の存在を消すことは、きっと勇者リオンなら可能だ。

 だけどそれはあまりにも、可哀想だ。魔王だって、この世界のことわりの犠牲者にすぎない。

 どうすればいいのかなんて皆目わからないけれど、マオも、魔王も救いたい。


「チーム再結成だな」

「うん。でも、わたしの話を聞いてくれる? 信じられないかもしれないけど……」

「信じるよ。俺たちはいつでも、大聖女フェリス様を信じてる」


 小さく笑ったリオンが頷いた。それに、やっとフェリスも笑みを返す。

 今夜は、長い夜になりそうだ。

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