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37.侵入

 神殿近くのカフェ〈聖夜の灯火〉。夜でも賑わうそこも、さすがに閉店時間を過ぎしんと静まりかえっている。

 もう深夜に差し掛かろうという時間だ。人通りもない。

 マオに連れられて、ここへ祈りのシュークリームを買いに来た。あの時は、マオはまだ子供だと思って……。


「マオくん……」


 あれが初めてのデートイベントだった。憧れだった祈りのシュークリームを買って来てくれた。

 本当に美味しくて、食べ終わるのがもったいなくて……。

 あのマオは、そもそもこの世に存在しない人だったのだろう。そう理解は出来るのに、信じたくない。

 邪悪な魔王は、魔王城に来いと言った。ここからは遥か遠いその場所に出向いたとして、戦えるだろうか。もう戦う理由もない。


(世界を滅ぼす……? もう、そんなことどうでも良いわ……)


 今となっては、なぜ復讐と世界を滅ぼすことに執着していたのかわからなくなっていた。

 胸にぽっかりと空いた穴は、世界を滅ぼしたところで埋まるはずはない。

 それだけ、マオのことを……。


(わたしは、神殿で毎日毎日あくせく働いていて……それで疲れちゃって……)


 歩を進める。

 自分が闇堕ちした場所。そこから記憶を辿りたかった。なにか、重大ななにかを忘れているような気がしてならない。


(リオンたち、大丈夫だったかしら……)


 フェリスが聖力セイクリッドで回復したから、大丈夫だったはずだ。あれから随分時間が経ったが、もう目覚めているだろうか。

 今まであんなにすぐフェリスを見つけて駆けつけて来ていたのに、まだ見つかっていない。かなり膨大な闇力ダークネスを浴びてしまったようだから無理もないが心配だ。

 見つかりたいわけではない。見つかったら今度こそ終わりだと思う。だとしても、三人の無事は確認したかった。


 闇の中に浮かぶ神殿を伺う。照明は最低限まで落とされ、しんと静まり返っている。

 フェリスは、遅くまで仕事をしていたから、深夜の神殿もよく知っている。

 塀に囲まれた神殿の夜間出入口も、そこを巡回する警備の時間も把握していた。

 十分侵入出来る。


 神殿の裏手、月明かりに照らされた小さな裏口へと急ぐ。聖花をかたどったレリーフがあしらわれた鉄製の扉だ。

 外套のフードを深く被り、周囲を見回した。大丈夫、誰もいない。

 この扉は、物理的には内側からしか開くことが出来ない。外側には、ドアノブすらない。

 ただし、神官や聖女は別だ。この扉は聖力を流すことで解除出来る聖魔法が施されている。

 つまり、大聖女フェリスは出入り自由ということ。


「変わっていなければ、ね……」


 闇堕ちしたフェリスが、闇と聖どちらも保持しているというのは神殿も把握しているだろう。

 フェリスの侵入を防ぐという意味で、聖力を鍵とする魔法が解除されている可能性はある。


(変わっていませんように)


 願うように瞳を閉じ、扉に右手を付ける。薬指の紅玉ルビーがきらりと光った。

 祈るような気持ちで、扉に聖力を流す。


 カチッと錠の開く音が微かにした。成功だ。

 警備の巡回は、一五分おきにこの辺りを回るはずだ。その音を拾おうと、そっと扉に耳を付けた。

 薄い扉ではないから、中の音が聞こえにくい可能性はある。それでも、しないよりはましだ。

 フェリスの耳で物音は確認出来ない。誰もいないで、そう念じながら扉を押す。

 なんの抵抗もなく開いた扉の向こうには、暗闇が広がっているだけで静まり返っていた。

 さっと身を中へ滑り込ませて、扉を閉める。自動的に鍵のかかる音が背後でした。


 扉のあった庭を抜け、磨き上げられた回廊へと入った。昼間は大勢が行き交うここも、今は闇に沈んでいる。

 そう、闇堕ちしたあの日も、こんな暗闇の中を歩いたのだ。

 頑張って働いて働いて、他の聖女の仕事も全部引き受けて深夜になった。引き受けたからにはちゃんと時間通りに終わらせなければならない、そんなのはわかっていた。

 待っていてくれた神官にとっては、引き受けた引き受けてないは関係ない。彼にとってはただのとばっちりだ。

 とは言え、遅くなったことをぐちぐち言われて、心底疲れていた。


 聖力や体力に自信のない者が多い。それは仕方がない。自分は聖力無尽蔵の大聖女なのだから、代わりにやってあげることは出来る。

 なら、最初から自分に仕事をふればいい。就業間際に、出来ませんと泣きついてくる聖女たちだって可哀想だ。

 そんな管理もせず、愚痴を言われてもどうしようもない。

 そんな記憶がフェリスの中を駆け巡る。


(でも、わたしだってなにも言わなかったのだから、仕方がないわね)


 業務改善も、聖女たちの体調管理も、ちゃんと注意すれば良かったはずだ。だけどそうはしなかった。

 自分が頑張ればいい、自分が他人の分の仕事を賄う予定で仕事を早く進めればいい。そう思っていた。

 その結果は、仕事が早く終わるフェリスの受け持ちがただ増やされただけだった。泣き付いて来る子は相変わらずで、でもそれは自業自得だ。

 だからと言って、心がすり減らないわけもない。


 そうしてフェリスは、神に愚痴を言うことにしたのだ。

 ただ人間の営みを見ているだけで、なんの返事もしない神に。自分に聖力セイクリッドを与えてこの世に送り出した神に。


(神は初めてわたしに応えて、闇力ダークネスを与えてくれた……)


 拝殿へと近づく。遠くに、光が見えた。光は二つ。見回りだ。

 その光は、こちらへと近づいて来る。

 咄嗟に拝殿の扉を薄く開けて中へと身を滑り込ませる。中には、深夜にも関わらず最低限の明かりが灯されていた。

 その明かりの中央には、慈愛の笑みを浮かべた女神像。その前に、大きな石の祭壇がしつらえられている。


「神よ、どうか見逃してください」


 小さく頭を下げ、その祭壇の裏に身体を隠した。同時に、拝殿の扉が開く音がした。


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