35.戦いの結末
「くっそ、さそりにしちゃデカすぎんだろ!」
悪態を付き、ガルドはさそりのハサミをなぎ払う。多少の手応えはあったが、見たところ大したダメージは入っていない。少し表面にひびが入った程度だ。
そもそも、このさそり自体がフェリスの闇魔法の産物なのだから、倒したところでフェリスや魔王をなんとか出来るわけでもない。
びゅっと空気を切り裂きガルドへ突き出された毒針を剣で弾く。
「面倒くせェ!」
ちらりと横目でリオンの方を伺う。リオンはリオンで、魔王と闇の狼を相手に苦戦している様子だ。
「ちっ、期待出来そうにねェな」
魔王をなんとかこちらに引き付けられれば——だが、それは魔王も承知しているだろう。
(むしろ、なんであいつは魔法を使わない? 使えるよな?)
魔王は、ガルドともリオンとも肉弾戦を繰り広げている。だが、前に王都で戦った時は、魔法で吹き飛ばされた。
魔王に手加減されている気がしてならない。舐められているのだろうか。
それはそれで、足元をすくわれれば胸が空くというものだが。
再びビュッと空気を切り裂いた毒針を避ける。さそりの側面に回り込んだガルドを、さらに毒針が襲った。
素早く身をかわし、毒針が引っ込む前にその根本を剣で切り裂く。
確かな手応え。切断には至らなかったが、皮一枚で繋がっている状態だ。あれではもう針は役に立たないだろう。
ガルドへと向き直ろうとするさそりに、さらに駆ける。正面から勝負するなど非効率だ。
「オレはまどろっこしいこたァ嫌いなんだよッ!」
跳躍。
さそりの巨大な背に乗った瞬間、頭上を闇の炎が走った。
「——っミリア!」
叫んでさそりの背に剣を突き立てる。暴れるさそりからふり落とされないよう、二度三度と貫いた。
ミリアが気になるが、さそりにとどめを刺さないことには動けない。
気が焦る。
「くそ早く死ねェ!」
毒針をだらんと吊り下げながらもガルドを打とうとしてくる尾を叩き切る。その視界の端に、闇の炎を撃ち落とす氷の矢が映った。
ガルドに切られた尾が落ち、さそりが闇へと還った。足場が急になくなり、地面へと投げ出される。
「ミリア!」
素早く身を起こしミリアを確認する。氷の矢で闇の炎をほぼ撃ち落としている。さすがは国内随一の魔法の使い手なだけある。
リオンの方へ視線を向ける。一瞬の隙を付き、リオンの聖剣が狼の喉笛を切り裂いた。狼がかき消え、魔王と切り結ぶ。
そしてフェリス。闇の炎を放つフェリスの周りには、次々と闇の炎が浮かび上がり、それがミリアに打ち込まれている。
(あ⁉︎ なんだあれは)
ガルドの瞳がそれをとらえたのは偶然だった。視線の先で、闇の炎が地面の中へと消えたのだ。
ミリアに打ち込まれる炎に隠れるようにして、少数の炎が地面へと吸い込まれて行く。
(くそッ卑劣な!)
それは直感のようなもの。
そしてガルドの直感は、あまり外れたことがない。
「ミリア!」
今、氷の矢で炎を消す行為をやめるのは自殺行為だ。しかし、明らかにミリアの身には危機が迫っている。
だから、自分が駆けた。剣を手放し、ミリアへと手を伸ばす。
(間に合え————ッ)
フェリスの方を確認すると、彼女の前にはさらに、巨大な闇のヒョウがあらわれていた。その猛獣の瞳が、ガルドをとらえる。
同時に、ガルドはミリアの側に躍り出た。驚いた表情のミリアを、勢いのまま抱きしめるように抱え上げさらに跳躍する。
背後で熱が噴き上がった。ミリアが小さく悲鳴を上げる。
フェリスの前にいたヒョウは、その身体を小さく折り畳んで瞳孔をいっぱいに開いている。ガルドに狙いをつけたようだ。
(マズい、殺られる)
周囲から音が消えた。なにもかもがゆっくりに感じるほど、ガルドの感覚が研ぎ澄まされる。
降り注ぐ炎。視界の端で、リオンが魔王の魔法に吹き飛ばされたのが、やけにゆっくりと見えた。
地面に転がったリオンをそのままに、魔王はこちらへと走り込んで来る。
そして、跳躍する巨大なヒョウ。
万事休す。
(くそ、こいつだけでも————)
もうどこから守れば良いのかすらわからなかった。ただ、ミリアの姿を隠すように抱きしめる。
自分は剣を離したが、ミリアには魔法がある。生きていればまだチャンスはある。
「伏せろ!」
鋭く高い声。抗えないその響きに、ミリアを身体の下に入れるように伏せた。
熱波。ミリアの悲鳴。だが、覚悟していた苦しみは来ない。
視線を上げるとそこには、小さな子供の姿をした魔王の背中。
「————は⁉︎」
完全にガルドに背を向けて、魔王は闇の障壁を張っていた。そこに次々と闇の炎がぶち当たっている。
炎の中から躍り出た巨大なヒョウは、魔王の放った魔法で簡単に消し飛んでしまった。
(なんだこれは⁉︎ 魔王が、なんで)
なんの策略なのか、魔王は今自分たちを庇っている。推しは全てと豪語したにも関わらず、その推しの攻撃を跳ね除けているのだ。
推しが出した闇のヒョウを消し飛ばしてまで。
(ッち、やっぱり魔法使えるんじゃねェか)
視界の端に金の軌跡が走った。リオンだ。その燃える瞳は、正義に輝く聖剣は、真っ直ぐに魔王を狙っている。
リオンには、炎に隠されてこの状況が正確には見えていない。もしかしたら、伏せた自分たちが手負いに見えている可能性もある。
「リオン、待っ————」
最後まで言うことは出来なかった。一足飛びで魔王の後ろに回り込んだリオンが、聖剣でその小さな背を貫いたからだ。
聖剣を引き抜いた途端に、血が飛び散った。力をなくした魔王がうつ伏せに倒れて行く。それでも、闇の障壁は展開したまま、炎を受け止め続けている。
「ッ、どういうことだ⁉︎」
やっと状況を把握したのか、リオンの顔色が変わる。
フェリスの悲鳴が響いた。途端に炎は止み、障壁もかき消えた。
倒れた魔王は、血を流しぴくりとも動かない。
「マオくんッ‼︎」
こちらに駆け寄りたくてそう出来ないフェリスが、金切り声で魔王を呼ぶ。しかし、反応はない。
リオンの聖剣が、フェリスに向いた。
「ガルド、これは一体」
「知るか! だが、こいつが俺たちを庇った、ように見えた」
ミリアを解放し、立ち上がる。
命は助かったが、なぜという気持ちで混乱する。魔王は、世界を滅ぼす悪だ。そのはず。聖クリスティア王国だけでも、何度も何度も攻撃を受け被害も甚大だった。
それなのに、なぜその背を晒した?
「いやぁ‼︎ マオくん、返事して‼︎ マオくんッ、どうして⁉︎」
悲痛な叫び。
その青い瞳からとめどなく涙を流し、フェリスが泣いている。感情をむき出しにして叫んでいる。
あんな大聖女の姿は、初めて見る。
「いや、いやぁぁぁぁあ————‼︎」
悲痛な叫びを上げフェリスが膝を付いたと同時に、彼女の胸から闇が吹き上がった。
あっという間に膨れ上がった闇が、避ける暇もなくこちらへ向かって吹き出し——そこでガルドの意識は途絶えた。
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