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31.自覚

「……マオくん?」


 うっすら浮かんだ子供のシルエット。その右手ににぎられて光っているのは、マオお気に入りのペンライトだ。


「フェリス? こんな時間にどうしたの」


 ととと、とマオがフェリスに駆け寄って来る。

 こんな時間にどうしたと言うなら、マオもどうしたのだろう。


「ちょっと、悪夢を見て目が覚めちゃって。水を飲みに」

「あ、それで……」

「それで?」

「いや、僕、霊子さんに起こされて。B級ホラー映画も真っ青のポルターガイストでしたね……」


 ははっ、と乾いた笑いを浮かべマオが肩をすくめた。エイガというのかなにかはわからないが、ポルターガイストはわかる。

 聞けば、マオのことを無理矢理起こしたくせに、霊子はそのまま消えてしまったらしい。

 彼女はそういう悪戯をするような人物ではない。それで、気になって霊子を探していたようだ。


「前も悪夢にうなされてましたよね。どんな悪夢を?」

「ええと……」


 悪夢の内容を思い出そうとして、頭が重くなる。霞がかっているように覚えていたはずの夢がぼやけた。

 どんな夢だっただろう。そもそも、悪夢だったのだろうか。


「う〜ん、なんか暗いところを歩いてて……よく思い出せないな……」

「ま、夢ですもんね」

「そう、ね……。夢、だったのよね」


 寝起きには、全身を重いものに押し潰されていたような感覚が残っていた。残っていたが、それがどんな夢の結果なのかはわからない。

 夢とはそういうものなのだろう。そう思うのに、釈然としないものがある。

 なにかが、おかしい気がする。なにか、大切なことを見落としているような。忘れているような。


「ん? なにか気になることがあります?」

「……救いたかったの」


 そうだ、夢の中で誰かを救おうとしていた。でも、誰を?

 世界を滅ぼそうとしているのに、誰を救おうとしていた?


「マオくん、わたし、やっぱりおかしいの……?」


 夢の中で、誰かを強く救いたいと思った。それは、世界を滅ぼそうとしているフェリスがどこかに捨てて来た気持ち。

 大聖女として、国のために、民のためにと頑張っていた頃の自分。


「なんだか、昔のことを思い出すと、自分が自分じゃないみたい」


 良いようにこき使われて、役に立たなくなったから濡れ衣を着せられ断罪された。

 慈悲深い自分を捨てるには、十分過ぎる理由だ。なのに、夢の中ではただ救いたいとそれだけを思っていた。断罪されたことなんて忘れて。

 あれは、闇堕ちする前の夢を見ていたのだろうか。


(だとしたら、わたしは、闇堕ちして変わったのだわ)


 闇堕ちするということは、そういうことなのだ。今は、世界を滅ぼしたいと願っているのだから。

 あまつさえ、守りたいと思っている家族をも傷付けた。


「おかしくなんてないよ」


 どこか寂しそうに笑ったマオを、闇が覆った。大人マオが姿をあらわす。

 薄暗い灯りの中でもわかる、美しい顔。その顔がフェリスに近づく。

 鼓動が跳ね、思わず後ずさろうとして、それは出来なかった。


「ま、マオくん……」


 甘くて良い香りが、フェリスを包み込む。次の瞬間には、マオの両手がフェリスの背に回っていた。

 ぎゅっと抱きしめられ、息の吸い方がわからなくなる。身体が熱い。鼓動もおかしい。


「大丈夫、フェリスは今でも尊くてかわいい僕の推しです」

「闇堕ちしてるのに……?」

「それを魔王に言います?」

「あ、そっか……」


 トントンとマオの手がフェリスの背を叩く。それは、マオが魔王だということが信じられないほど優しい。

 暴れていた鼓動が、徐々に落ち着きを取り戻して行く。


「僕は、フェリスの味方だから」

「うん、ありがとうマオくん」


 マオの肩に額を預ける。

 なんだか、こうして抱きしめてもらっていると、気恥ずかしいものの安心する。


 そっと離れたマオが、フェリスの視線に合うように首を折った。

 絡まり合う視線。

 と、マオはフェリスの左ほおへと回り込み、そこに一瞬だけのキスをした。


(——ぃやー! マオくん⁉︎ なにコレ⁉︎)


 すぐに離れた唇は、しっかりとした弾力の残響をフェリスに刻む。

 息が止まった。


(あれ⁉︎ どうしよう息ってどうやって吸い込むんだっけ⁉︎)


 息の吸い方を思い出せないまま、ほおがどんどん熱くなっていく。

 静まったはずの鼓動が、また暴れ出した。


「無理無理無理、その顔面で刺激が強過ぎるわなに今の⁉︎ キス? えっ⁉︎」

「フェリス。心の声もれてる」

「えっ⁉︎ はっ! これはマオくんのせいじゃない⁉︎」

「いやまあ、そうなんですけど」


 推しがかわいい……と相好を崩したマオが、へにゃりと笑う。その笑顔の前に息の限界を迎えたフェリスは、本能に従って胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

 反動で、ふーっと吐き出した息がマオの顔面を襲う。


「わ、ごめんなさい!」

「推しの息……すうすう……」

「ちょ、吸わないで!」


 息を吐き出せとばかりに、開いている左手でマオのほおをむにむにと押す。

 ランプの灯りがゆらゆらと揺れた。


「推しの息ならいくらでも吸いたい!」


 きりっとした表情で言い切ったマオが、ほおを押していたフェリスの手をつかんだ。

 そのまま手を引かれ、フェリスの視界がマオでいっぱいになった。次の瞬間、フェリスの唇はマオによって塞がれていた。


「————⁉︎⁉︎⁉︎」


 少しひんやりとした弾力が、フェリスの唇をなぞる。

 うっすらと細められたまぶたから、真紅の輝きがフェリスを射た。思わず、ぎゅっと目を閉じる。

 そっと離れたマオを見ることが出来ず、再びその肩に額を押し付ける。

 身体がどうしようもなくふわふわして、なにも考えることが出来ない。

 そっと背に回ったマオの手が、再びフェリスをなでた。跳ね回る鼓動がうるさい。


「こ、これ……な、なんてイベント、なの……」

「僕は、イベントじゃなくなったら、良いなって思ってます」


 低い声。同い年の、青年のもの。

 耳朶をかすめるその息に、胸の奥から今まで感じたことのない疼きがあふれた。それに全身を侵されながらも、その感覚は嫌ではなかった。むしろ……。


(やだどうしよう、わたしマオくんのこと……)


 気づいてなかっただけで、初めてだからそうだと意識出来ていなかっただけで。

 その甘い疼きに付く名を、フェリスはやっと自覚した。


「世界は滅ぼします……?」

「そ、そそそれはもちろん」


 顔を上げられず、頷きの代わりにマオの肩に頭突きする。

 自分の気持ちを自覚したばかりの乙女としては色気がないが、仕方がない。そういうこととは無縁の人生だったせいで、どうしたら良いのかわからない。


「じゃあ、その後は、フェリスはここのお姫様ですよ。それが日常です。僕は、フェリスのためにスイーツを作る。みんなで幸せに暮らす。ね?」

「う、うん……」

「僕、絶対にフェリスを幸せにします」

「ひぃ……」


 なんだかそれはまるでプロポーズみたいではないか。

 まさか、自分にそんな未来が訪れようとは。

 絶対にここを守らなければ。ここでは、フェリスの幸せが許されている。


「フェリス、見て」


 マオがすっと身体を離した。

 おそるおそる視線を上げると、いつの間にかマオは両手に光らせたペンライトを持っていた。

 胸の前で、ペンライトの先をフェリスに向け揃えた。その腕を、左右対称に大きく斜め上へと動かす。

 すっと下に下ろされた光の軌道は、大きなハートを描いた。

 一度ではなく、何度も何度もペンライトで光のハートを描く大人マオ。その姿が大真面目だからこそ、笑いを誘う。


「フェリスかわいい! 尊い! ラブい!」

「なにその語彙力……あははっ」


 まだ胸の鼓動は早いが、気持ちは落ち着いて来た。


「僕の気持ち伝わってますか⁉︎」

「うん」


 じわじわと、胸に歓喜が広がっていく。

 まるで、なにもかもを許されているような気持ちだ。恥ずかしいけれど、嬉しい。

 世界さえ滅ぼせれば、きっと幸せになれる。


「ありがとうマオくん」

「えへへ、僕、幸せ……」


 ハートを描きながらふにゃふにゃ笑ったマオと、視線が交わる。

 甘い疼き。それを味わいながら、フェリスはほほ笑んだ。照れ臭いけれど、視線を逸らしたくはない。


「そうだ、水飲みに来たんだったよね! 行きましょ」


 ペンライトを光らせたまま腰のホルダーにしまったマオが、右手を差し出す。そこには、おそろいの指輪。

 頷いて、その手を取る。

 骨ばった、大きな男性の手が、フェリスを優しく導く。

 その温度が心地良い。マオはフェリスを見捨てたりしない。幸せにしてくれる。その安心感がフェリスを包み込んでいる。

 並んで食堂へと足を向け、歩き出す。

 明日はきっと、今日よりいい日になるだろう。


   * * *


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