29.守りたいもののために
毎日の楽しみの一つが、メメの作ってくれる食事だ。
これまでに食べたことのない、あたたかくて美味しい料理。味の想像すら付かないソースやスープなども、口に入れると完璧な調和でフェリスを満たしてくれる。
外れなしの絶品料理。なのに、今日はなんだかのどを通らない。
目の前の、オレンジ色をしたスープを飲むでもなくかき回す。
(やっぱり、復讐したい。でなきゃ、今までのわたしが報われないわ)
マオの言うように、これからの幸せだけ考えるのが理想なのはわかる。だけど、それで本当に幸せになれるかと言われたら、どうしてもそうは思えない。
自分を虐げた者たちがのうのうと生きている。フェリスのことなど取るに足らないこととして、忘れて幸せになっている。
それをわかっていて、フェリスの心が平静でいられるはずがない。
きっと、ずっとそのことを思い、心は重たいままだろう。
「やっぱり復讐しなくちゃ。こっちから出向きましょう」
「え! 急になに⁉︎」
向かい側に座っている子供マオが、目を丸くしてフェリスを見ている。
「復讐するの!」
「めっ! フェリス、リリーとドレス作るの!」
フェリスの隣にいたリリーが、すすすとにじり寄って来た。逃がさないとでも言いたげに、フェリスに抱きついて来る。
「フェリスの寸法測って! デザインも一緒に、考えて! ひらひらの作るの!」
「そんなのいつでも良いじゃない!」
リリーを押し退けようともがくが、存外リリーの力が強く引き剥がせない。
「ダメ! フェリスのスカート破れてる!」
ベルと闇魔法を練習した時に、闇の矢でスカートが裂けた。
その時は、すぐに仕立てられる布がなかったため、リリーが繕ってくれたのだ。
「リリーが繕ってくれたんだから平気よ。それより、復讐しなくちゃいけないの!」
「だーめ! 復讐より面白いこと、リリーとするの!」
必死にフェリスにしがみつくリリーに、頭の奥が熱くなる。
復讐より面白いこと? 自分でもなにを面白いと思うのかよくわからないのに、それが他人のリリーにわかるはずもない。
「リリーにわたしのなにがわかるのよ!」
頭の中に闇のもやが広がる。マオがフェリスを呼ぶ声が遠くから聞こえた気がしたが、もやにかき消された。
圧縮された闇が、身体中から一気に外へとあふれ出す!
「きゃあぁぁぁァァ」
鋭い悲鳴。
はっと気がつくと、リリーの拘束は解けていた。かわりに、目の前の皿が割れ、食事は全部ひっくり返ったりこぼれたりしている。
「……あれ? リリー?」
嫌な予感に視線を横へと滑らせると、床にリリーが倒れている。
「リリー! ちょっとフェリスぅなにしてんのよぉぉぉ!」
テーブルから飛び立ったベルが、その小さな手でリリーのほおをペチペチ叩いた。
うーんと声を上げて、リリーが目を白黒させている。
「え⁉︎ わ、わたしが……?」
「他に誰がいるって言うのよぉ!」
珍しく、ベルは叩きつけるような口調で叫んだ。リリーのほおをなでながら、大丈夫ぅ? と声をかける。
(わたしが、リリーを……?)
フェリスの守りたいもの。フェリスの家族とも言うべき仲間。
そのリリーを自分が攻撃したなんて。
(どうしよう、わたしやっぱりおかしいの?)
復讐に取り憑かれて、守りたいはずの仲間を傷つける。
そんなはずじゃなかった。
「リリー!」
マオも椅子から立ち上がり、リリーへと駆け寄る。背をさすりながら、なにか声をかけている。
マオが、ちらっとフェリスを見た。その真紅の瞳には、なんの表情も浮かんでいない。
胸が痛い。彼らは、マオにとっても家族同然。家族を傷付けられて、怒らないわけがない。
(マオくんに嫌われたくない……、そうなったらわたし、わたし今度こそひとりぼっちだわ)
胸がむかむかして気持ちが悪い。
どうしようどうしようと、そればかりが頭の中を巡る。
「フェリス!」
「————ッ」
マオの声に、びくりと肩が震えた。
出て行けと言われたらどうしよう。
「リリーを回復してあげてよ。フェリスなら出来るよね?」
「あっ……」
言われてやっと、自分が聖力無尽蔵の聖女だったことを思い出す。
慌てて立ち上がり、リリーの側に膝を付いた。
(リリー、ごめんなさい)
聖力をリリーに注ごうとするが、焦りからか上手く行かない。聖力の制御ばかりやっていたせいで、息をするように開いていた回路が上手く開かなかった。
それでも、やっと回路を開き聖力を注げば、その量は無尽蔵。リリーはすぐにぱちぱちとまばたき、上体を起こした。
起き上がった勢いで、リリーがフェリスに再び抱きつく。
「リリー……」
「フェリスぅ。リリーとドレス作るのー!」
「で、でも……」
この後に及んで、まだ復讐を諦め切れない気持ちは消えない。
自分がおかしいのではないかと、そう思ったのに。
「じぁあ、行く? 復讐。僕と」
「マオくん! 良いの⁉︎」
「そうしないと、フェリスは楽になれないんでしょ?」
真剣な眼差しで問うマオに、リリーの腕の中で頷く。
そう、これはみんなを守るためでもあるのだ。
「わかった、じゃあ行こう! 今日はちょっと急過ぎるから、明日。ね?」
「うん、いいわよ! やっぱりマオくんはわかってくれるのね。ありがとう」
なんだかんだ言っても、マオは魔王。闇力を持つ同志。世界を滅ぼす者。
最後には絶対にフェリスの味方をしてくれる人。
「わたし、絶対に復讐して、みんなと安心して暮らせる世界にするわ!」
* * *
はぁ……と息を吐いて、真生は自室の窓から曇天を眺めた。
(復讐、かあ。どうしようかな……)
フェリスの心にあれ以上の波を立てたくなかった。とはいえ、復讐に行くことを自分から提案してしまうなんて。
フェリスに、一緒に世界を滅ぼそうと最初に言ったのは、彼女の信頼を得るためだった。理由はわからないが、闇堕ちしてしまった推しを放ってはおけなかった。
真生は魔王として転生して来たが、世界を滅ぼしたいなんてこれっぽっちも思っていない。だから、フェリスを止めたいと心から思っている。
それなのに、なぜ。なぜあんなことを提案してしまったのだろう。
なぜか、どんどんフェリスの言葉に逆らえなくなっている気がする。
自分の手を見る。小さな子供の手。
(僕、魔王に転生して来たのはフェリスを助けるためと思っていたけど、そんなことなかったのかな。もし僕の存在がフェリスをおかしくしてるんだったら……)
やはりこの手は闇に染まった魔王のものなのだろうか。真生が前世の記憶を持った転生者でも。
またひとつ、ため息を付く。
「このままだと僕、破滅エンド不可避だなぁ……」
* * *




