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28.キャラメルを溶かすように

 一緒にスイーツを食べましょう。マオにそう誘われ、フェリスは中庭に来ていた。

 スイーツを取りに行っているマオを待っている格好だ。

 メメがお世話をしているという中庭には、以前フェリスが咲かせた聖花も咲いている。すっかりここに定着したらしい。


「なんだか、憎たらしいわね」


 地面に座り、聖花をつつく。

 聖花は白く可憐で、慎ましやかな花だ。そんな聖花を、なんだかんだ言いつつ嫌いにはなれない。


(最初はここで闇魔法を練習していたけれど、もう出来ないわね。みんな枯らしてしまうわ)


 リオンたちと戦った後、ここでベルと闇魔法の練習をした。その時に、一面の花や植物を枯らしてしまったのだ。

 慌てて聖力を注ぎ回復させたものの、毎回それをやるのは植物にもメメにも申し訳ない。


 自分を貶めた奴らに復讐して、世界を滅ぼしたい気持ちは日々強くなる。だけどそれは、ここを守りたいからだ。

 守りたいものを壊すなんて本末転倒だ。


「フェリス、お待たせ〜」


 低い声。

 城内からやって来たのは、大人マオだった。左手に、蓋付きの陶器の小鉢を持っている。

 中庭の光を受けて、マオの漆黒の髪が艶めいている。その中心の真紅の瞳が、フェリスをとらえた。

 胸が鳴る。


「マオくん! えっと、どうしておっきく……?」


 側に歩み寄って来たマオは、すとんとフェリスの左横に座った。

 子供マオの時には気にならないマオ自身の香りがするようで、なぜかどぎまぎしてしまう。

 甘い香り。それがスイーツの香りなのか、マオ自身のものかわからない。わかるのは、それだけで胸が満ちた気持ちになる香りだということ。


「うーん、雰囲気?」


 いつかと同じようなことを言いつつ、フェリスを見つめてマオがにこりと笑う。

 そのあまりに整った顔面を直視出来ず、聖花へと視線を逃す。


「いやなんか、僕フェリスと同い年なんだよなって思って。子供でいるのが楽だからって、そっちに逃げてちゃダメかなって」

「逃げ?」

「そう逃げ。自分の気持ちから逃げてる気がするから。子供姿だと」


 照れたようにはにかむマオを横目に、なぜか胸がきゅっと締め付けられた。

 思わず胸に手を置く。苦しいような、それでいてあたたかいようなこの疼きはなんだろう。


「今日はあーん、で食べてもらいやすそうなものにしましたよ」

「えっ⁉︎ またやるの⁉︎」

「もちろん! フェリスがすっごいかわいい瞬間だし! 尊みが過ぎて僕の命の危機ではあるけど!」


 力説したマオが、小鉢を地面に置いた。身体ごとフェリスの方を向き、左手を取る。


「いや?」

「う……い、嫌ってわけじゃ……」


 にぎられた左手が熱い。そこから熱を送り込まれてでもいるかのように、じわじわと体温が上がって行く。


「良かった! 僕、フェリスのために心を込めて作りました!」


 空いた右手で、マオが小鉢の蓋を取った。そこに並んでいたのは、茶色くて四角い物体だった。

 見たことのないものだ。マカロンなどと比べると、あまりに地味な見た目。


「これ、は……?」

「これはキャラメルって言って、柔らかい飴なんですよ」


 ひとつをつまみ上げ、フェリスの鼻先にそれを持ってくる。甘い香りが漂い、思わず息を飲む。

 そのキャラメルの香りは、マオが隣に来た時に感じたものとは違っていた。


(あれはマオくん自身の香り? このキャラメル? より良い香りした……って、なに考えてるの)


 これまでもそうだっただろうか? マオには度々お姫様抱っこをされているが、よくわからない。

 マオがフェリスの顔を覗き込み、視線が交わる。そらせない。


「はい、あーん」

「ううっ……」


 ぎゅっと目を瞑り、口を開ける。舌の上に、香ばしく甘い塊が乗った。

 マオの指が離れた気配に、口を閉じる。途端に、口の中にクリーミーな甘さがあふれた。


「〜〜〜っ、なにこれ⁉︎ マオくん、これなに⁉︎ すっごい美味しい!」


 初めて食べる味と食感に、相変わらず語彙が追いつかない。

 キャラメルというこのスイーツは、口の中でふにゃりと溶けて行く。


「えへへ」


 キャラメルのようにふにゃりとした笑みを浮かべて、マオが天を仰いだ。

 推しが尊い……とつぶやきながら瞳を細めている。


 柔らかいキャラメルを噛む。ふにゃっと変形したキャラメルは、そのまま歯に張り付いた。


「んっ⁉︎ やだ歯に付いちゃった!」

「ドジっ子属性助かる……! そのまま溶かせば大丈夫〜」

「んんっ」


 一生懸命舌でキャラメルを舐めると、すぐに溶けて塊が小さくなる。多少の変顔はご愛嬌だ。

 やがてキャラメルが溶け切り、口の中から甘さが引いて行く。後に残る香ばしい香りが不思議な感じだ。


「ま、マオくん。もう一個、欲しい」

「……っ、おねだり! かわいすぎて耐えられないッ」

「んもう。そういうの良いから」


 そんなことばかりマオが言うと、変な勘違いをしそうになってしまう。

 特に、今は手をにぎられたままなのだ。これで意識するなという方が無理な話。


「もう一個、もらうわね?」


 自由な右手を伸ばそうとすると、マオが慌ててキャラメルをフェリスから遠ざけた。


「いえ僕が! はい、あーん」

「も、もう……!」


 美青年に見つめられているのはさすがに恥ずかしい。でもキャラメルは食べたい。

 繋がったマオの手に、ぎゅっと力が込められた。それに応えるように、なんとか口を開く。

 ほおが熱い。

 舌の上にそっと乗せられたキャラメルから、香ばしい香りが立ち上った。


「……美味しい〜!」

「気に入ってもらえて良かった」


 ほほ笑んだマオが、今度はフェリスの左手を両の手で包んだ。

 真紅の瞳が真っ直ぐにフェリスを射抜く。


「やっぱりフェリスはかわいいな」

「んッ!」


 にこりとほほ笑んだマオに、息を飲む。そのはずみで、キャラメルを飲み込んでしまいそうになりむせた。

 あぁぁフェリス大丈夫⁉︎ とマオが背中をさすってくれる。


「だ、大丈夫……」

「良かった。僕のせいだよね。フェリスがあんまりかわいくてつい」

「だからそういうの」

「だって事実だし……あのさ、フェリス」


 マオが一瞬考える素振りをし、フェリスに視線を合わせる。その瞳には、有無を言わさぬ力が宿っていた。

 目がそらせない。


「最近よく考えごとしてるみたいだけど、なにを考えているの?」

「えっと、それは……」


 やはり、マオも自分のことをおかしいと思っているのだろうか。


「わたし、おかしくなんてないのよ⁉︎」

「もちろん。でも、呼んでも気づかないくらい考え込んでるから、心配になって」

「あ、そっか……ごめんねマオくん」


 口の中で溶けて消えて行くキャラメルを名残惜しく味わう。

 最近、気がつくと考え込んでいることはひとつだけだ。


「世界を、滅ぼしたいの。復讐したいのよ。なんか、ずっとそれを考えてて」

「うん」

「リオンたちが、ここに来て城を壊したばっかりじゃなくメメに怪我も負わせて。許せないの」

「そっか。僕たちのために怒ってくれてるんだ。やっぱりフェリスは優しくて最高の女の子だなぁ」


 瞳を細めて笑みを浮かべたマオの表情が、フェリスの心を優しく溶かす。キャラメルのように。

 マオは、自分の思いをわかってくれている。


「もっと闇魔法上手くならなくちゃ」

「フェリスは、世界を滅ぼしたいの? 本当に、復讐したい?」

「え、当たり前じゃない、なに言って……」

「だってフェリス、スイーツ食べてる時本当に幸せそうだよ。復讐せずに、こうやって幸せに生きるのは、どうかなって思ったんだけど」


 マオが首を傾げた。そんな仕草まで様になっている。

 マオの作ってくれるスイーツは絶品だ。毎日こうして、マオやみんなとスイーツを食べて過ごせたらどんなに良いだろう。

 そのためには、やはり勇者リオンをはじめとした、フェリスを断罪する人間たちは邪魔だ。


「だって、向こうがわたしやマオくんを倒しに来るのよ⁉︎」

「世界を滅ぼすって思ってるからじゃないかな? そんなことしないって分かれば、和解出来ると思う」

「い、いやよ!」


 意味がわからない。なにもしていないフェリスを断罪した奴らを許すなんて。


「わたしだけ貧乏クジ引かされて、それを我慢しなきゃならないの⁉︎ どうして!」


 のどの奥が一気に熱くなる。

 マオは、フェリスの思いをわかってくれていなかったのかもしれない。


「……そうだよね。ごめん」


 マオの瞳が翳り、伏せられた。

 のどの奥から迫り上がった熱が、まぶたを乗り越えあふれ出す。


「ごめんフェリス。僕は……」


 あふれて止まらない涙を、マオの手が優しく拭う。


「僕の前世は、両親がいて、友達もいて、食べるものに困ることもなく、それなりの教育も受けられて、同い年なのに僕はバイト……短時間労働しかしたことなくて。フェリスを推すことも、スイーツを作ることも、好きなことは大抵出来た。恵まれた生活をしていたんだ」

「うっうっ……いっ、いいなぁぁぁ……うっ……」


 物心付いた時から、自分の時間などなかった。好きなことをするどころか、好きなことがなにかすらわからなかった。

 ずっと忙しく働いて働いて働いて、挙句断罪されるなんてあんまりだ。


「だから、フェリスの気持ちを理解できてないのかも。だけど」


 ふわりとマオの香りがフェリスを包んだ。気がつけば、マオの腕の中だった。


「びぇ……」


 驚いて涙が止まる。直に伝わってくる体温に、ますますフェリスの体温も上昇する。

 背中に回った手が、優しくフェリスをなでた。


「過去なんて忘れるくらい僕が、フェリスを幸せにするんで。これからの楽しい未来のことを考えてくれたら嬉しいなって」


 低い声が耳元でして、背中が震えた。その震えがマオにも伝わっていると思うと恥ずかしい。


(未来の、こと……)


 考えたこともなかった。いや、ここを守りたいと思っているのが、そうだと言われればそうかもしれない。

 だが、具体的なイメージなどはしたことがない。


(マオくんが幸せにしてくれる……?)


 復讐なんて忘れて、ここでこれからの人生をうんと幸せにする。

 マオのスイーツと、みんながいればきっと叶う。メメの料理に舌鼓を打ち、リリーと服を仕立て、ベルとおしゃべりして。時々霊子に驚かせられながらマオと過ごす。

 それはフェリスが欲しかったもの。


「あ、ありがとうマオくん……」

「僕ずっと、フェリスのためにスイーツ作るんで」

「うん」


 マオの手が、優しく髪をなでた。心地良い。この心地良さを選んで良いのだろうか。

 復讐なんてしなくても————。


(ダメだ、復讐するんだ。わたしの悲しみ苦しみをわからせるの)


 なにも迷うことはない。復讐する。世界を滅ぼす。単純明快だ。

 世界を滅ぼしたら、きっと胸に刺さった棘も抜けるだろう。そこから幸せになればいい。


(わたしは、おかしくなんてないわ)


   * * *


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