27.忍び寄る不安
夕食の鶏肉を、フェリスが延々とナイフで切り刻んでいる。その姿を見ながら、真生は小さく眉をひそめた。
最近、フェリスの様子がおかしい。いや、様子がおかしいのは最初からだった。だが、勇者一行を退けたあの日から、目に見えておかしくなっている。気のせいではない。
(フェリスは、最初から復讐だの世界滅ぼすだの言っていた。でも、同時に世界を美しいと思う心も持ち合わせていた)
スイーツを食べては幸せそうに美味しいと笑い、空から景色を眺めては瞳を輝かせる。
闇魔法を使っても、最終的には誰のことも傷つけられない。傷つけても最後にはその傷を治してしまう。
それが、先日の勇者戦で一変した。フェリスは、かつての仲間たちを明確に傷つけたのだ。
そこから、だ。
(最初からフェリスの感情は矛盾していた。原因は、わからない)
ずっとそれがなぜなのかを探っていたものの、わからなかった。
真生の知るレクイエム・オブ・ダークネスでは、フェリスは聖女のままだ。性格も変わることなく、気さくで慈悲にあふれた存在だった。なにかを壊すなど、考えたこともないような。
だとすれば、フェリスが闇堕ちしたことと関係があると考えるのが自然だ。
(聖女時代が、性格が歪むほど辛かったとかなのかな……うーん、でも……)
フェリスは、まだ鶏肉を切り刻んでいる。その瞳には、なんの感情も浮かんでいない。
(でも、それもなんか違うような……)
フェリスは聖女としてめちゃくちゃ働いていた。それは、やりがい搾取だと真生には思える内容。フェリス自身も、不満に思っていた。だからこそ、こんなのあんまりだと神の前で叫んだのだ。
そして闇堕ちした。
闇堕ちしたフェリスは、復讐だのなんだのと言いつつも、祈りのシュークリームに懐柔されそうになっていた。
こんな美味しいものが食べられるのなら、世界滅ぼすなんてやめようかなぁ……フェリスの復讐心など、そう言えてしまうくらいのものだったのだ。
それがだんだんそういうことも言わなくなった。闇魔法は失敗続きなものの、復讐したい、世界を滅ぼしたいとくり返した。
そして今、フェリスは復讐に取り憑かれているように見える。正直、闇の矢を降らせながら楽しそうに笑っていたフェリスには、恐怖すら感じた。
(取り憑かれている……?)
なにかが引っかかる。だが、その理由がわからない。
そもそも、なぜレクイエム・オブ・ダークネスのシナリオは変わってしまったのか。この世界に、一体なにが起こっているのだろう。
「ねえ、フェリス」
声をかけるが、反応がない。鶏肉を刻む手は止まらない。
「フェリス。……フェリス!」
声を張ると、やっとはっとしたようにフェリスが顔を上げた。真生の方へと視線を向ける。
「マオくんどうしたの?」
「いやそれはこっちの台詞って言うか……そんなに肉を刻んでどうしたんだろうって」
「えっ?」
そこでやっと皿の上の惨状に気が付いたのだろう。目を見開いて絶句している。
「ちょ、ちょっと……考えごとしてた、かも……」
その表情が、不安そうに揺れる。
「なんかさぁ、フェリス最近ちょっと変じゃなぁい?」
「え、そ、そうなのかな……」
怖い思いをしたベルと違い、リリーは首を傾げている。しかし一生懸命作った食事を、食べるでもなく切り刻まれていたメメはなにか思うことがあるようだ。何度もまばたきをくり返している。
フェリスはこれまで、食事を本当に楽しみにしていた。美味しい美味しいと、それは嬉しそうに食べる。食べずに弄ぶなんてことはしたことがない。
「な、なんだか最近すぐ考え込んじゃって、だめね。メメ、ごめんなさい。遊んでいたわけじゃないの、ちゃんといただくわ!」
小さくしたら食べやすいしなどと、説得力のない言い訳をしながら鶏肉をフォークで口へと運ぶ。
美味しい! と感嘆の声を上げたフェリスは、いつも通りの様子だ。
その様子にほっとして、真生も再び食事に戻る。
(僕、なにか見落としているのかな)
それとも、真生の知るレクイエム・オブ・ダークネスとは全く違う世界なのだろうか。
普通に考えて、ゲームの世界に転生するなんてあり得ないことだ。そういう漫画や小説は、あり得ないと知りながら楽しむもの。
あり得ない、そう思えていたらどんなに良かっただろう。だが残念なことに、皆、真生の知るゲーム内情報と一致している。フェリスが闇堕ちしていること以外は。
(このままフェリスがおかしくなってしまったら……僕はどうしたら……)
胸がぎゅっと締め付けられたように苦しくなる。
前世で真生の人生を輝かせてくれた圧倒的推し。その推しは、本当に普通の女の子のはずだった。
(僕は、フェリスが……)
視線を下ろし、右手薬指の青い輝きを見る。フェリスの瞳の色と同じ蒼玉。
おそろいの指輪。それをそっとなでた。フェリスは、どんな気持ちでこの指輪を付けてくれているのだろう。
* * *
小さく切り刻まれた鶏肉を頬張りながら、フェリスは申し訳なさでいっぱいになっていた。
どうして、こんな食材で遊ぶようなことをしてしまったのだろう。
(世界を滅ぼさなきゃって、ずっとそればっかり考えちゃって……)
最近、気がつくと世界を滅ぼすことを考えている気がする。
最初からそのつもりでマオとも手を組んだ。ただ、マオやここのみんなとの生活が楽しくてあまり意識していなかったのは事実。
だけど、一度はここまでリオン達が来てしまった。もうのんびりはしていられない。
リオンたちは、きっとまたここへ来る。勇者の名にかけて諦めないはずだ。
(だから、おかしくなんか……)
ここを、みんなを守らなければ。
守るためなのだから、全然おかしくなんて————。
(あれ? わたし、最初はどうして世界滅ぼそうと思ってたんだっけ? 裏切られたから復讐したくてだった、わよね……?)
そう、森の中でぐすぐす泣いていたら、マオに出会った。あの時に、決意したのだ。この腐った世界を滅ぼしてやる、と。
そこまでの自分はどうだったのだろう。リオンたちに剣を向けられ、無我夢中で逃げた。まだなにもしていないのにと、その理不尽さに涙が止まらなかった。
(マオくんと、出会ったから? 魔王と一緒なら出来るって……って、なに考えてんだろうやめやめ。こんなこと考えちゃダメよ)
今は、食事に集中しよう。気持ちを切り替え、フェリスは鶏肉を口へと運ぶ。
切り刻まれているとはいえ、ハーブで上品に味付けされた肉は絶品だった。外側の皮はパリッとしているのに、中はやわらかジューシーだ。
(わたしはおかしくなんてないわ。おかしくなんか……)
* * *




