26.潰したいもの
くしゃり、と指の中でマカロンが潰れた。
それを見るともなしに眺めて、フェリスはさらに指に力を込めた。マカロンが潰れて行く。
今日のティータイムには、マオがみんなにマカロンを作ってくれた。それを、霊子以外の皆で食堂に集まり頬張っていたところだ。
巨体のメメなんかは、マカロンの小ささに潰さないよう慎重につまんでいる。ベルにとっては大きすぎるため、四分の一に最初から切り分けているようだ。
ご機嫌なみんなの声。それを聞き流しながら、潰れたマカロンを皿に戻した。
新しいマカロンを摘み上げ、それを目の高さに持って来る。
丸くてかわいくて、美味しいけれど簡単に潰れるマカロン。こんな風に、リオンたちも、聖クリスティア王国も、世界も潰れればいいのに。
くしゃり、とまたマカロンが潰れる。
(リオンたちは、ここをめちゃくちゃにして行ったわ)
中央階段前の一部分とはいえ、あれを片付けるのにどれだけ時間がかかったか。
修繕はリリーが一生懸命やってくれているが、一人でやっているためほとんど進んでいない。
(みんなを、わたしの家族を傷つけるなんて許せない。わたしを搾取するだけでなく、大切な人たち、場所まで奪おうとするなんて)
最初は、自分を断罪した奴らに、この世界に復讐してやるのだと思っていた。だけど、もうフェリスの中では復讐という段階は過ぎてしまった。
復讐なんて小さなことにこだわっている場合ではない。自分は、大切なものを守るために戦わなくては。
それが、世界を敵に回したとしても。
(わたしは闇堕ちした。でもまだなにもしていなかった。マオくんは魔王だけど、転生して来たっていう話を信じるなら、なにもしていないのに)
魔王。かつてフェリスが封印したその存在は、確かに邪悪な闇だった。それを知っているからこそ、マオにはそれがないのがわかる。
リオンだって、かつての邪悪な魔王を知っている。それなのに、マオのことなど見もしない。魔王だからと盲目的に倒そうとするだけ。
くしゃ、くしゃと潰れたマカロンを執拗に潰す。そう、自分たちを廃そうとする奴らなんて、こうなってしまえばいい。
「えーと、フェリス? どうしたの? フェリス?」
ぺちゃんこに潰れたマカロンを皿に置き、新しいマカロンを摘んだ。
その指先を、小さな手がつかんだ。ベルだ。
「さっきから、なにしてるのぉ?」
「え、なにって」
はっとした瞬間に、指先に力が入りくしゃりとマカロンが潰れる。
「わ、やだ! ごめんねマオくん」
謝って目の前の皿に視線を落とし、はっとする。そこにあるマカロンは、どれもくしゃくしゃに潰れていた。
そう言えば、無心に潰してしまっていたかもしれない。
「フェリスどこか具合が悪い? 無理に食べなくても良いんですよ?」
「ち、違うのちょっと考えごとしてて。なんかごめんね! マカロン大好きよ、あ、味は変わらないもの! 食べるわ!」
慌てて潰れたマカロンを口に放り込む。食感は潰れているため変わっているが、美味しいことに変わりはなかった。
罪悪感が胸に押し寄せて来る。
(マカロンを潰しながら、わたしたちを害するものはこうなればいいって思ってた)
もちろん、それはフェリスの本心だ。だからと言って、マカロンを無意識に潰してしまうなんて。
「潰れても美味しいわマオくん」
「なら良かったです」
マオは気を悪くした風でもなく、にこりと笑った。
「まあ、潰して食べてもちゃんと食べるならぁ、趣味の範囲ってことね〜」
ベルもそう言って、ちょこちょこと自分の皿の前まで戻った。皿の前にちょこんと横座りして切り分けられたマカロンを手に取る。
その姿を横目に、紅茶に口を付けた。良い香りが口の中いっぱいに広がる。そのあたたかさに、心がほっとゆるんだ。
(ちょっと考え込んじゃったわね、気をつけなきゃ……)
* * *
「フェリスすごぉい。ちゃんと出来てる〜!」
羽根を忙しなく動かし飛び回りながら、ベルが拍手をする。
闇魔法は、あんなに失敗続きだったのが嘘のように上手くなっていた。そのため、魔王城の中庭ではなく、外の森で行っている。
中庭の植物を枯らしてしまうからだ。ちなみに、中庭の手入れをしているのはメメらしい。
「一度コツをつかむと早いのねぇ」
魔王城に攻めて来たリオンたちと戦ったあの日、フェリスは闇魔法を失敗せずに出すことができた。マオにさえ難しい転移魔法まで。
あの後から、フェリスの闇魔法はぐんと上達したのだ。
まだたまに聖花が出ることはあるが、頻度も量も段違いに少なくなっている。それに反比例するように、闇魔法は精度と威力を増していた。
「息も止めなくても良くなったなんてね〜」
聖力制御のイメージとして、息を止めて闇魔法を使っていた。その制御のイメージがつかめたのか、もう息を止める必要はない。十分聖力を制御出来ている。
「もう教えることないかもぉ」
「そ、そう? 世界滅ぼせる?」
「滅ぼすとなるとまだ足りないけどぉ。順番に街単位で襲うとかすれば〜? 出来るかもねぇ?」
なるほど、と頷いてもう一度光鉱石のペンライトを構えた。
フェリスは、聖力を使う時に詠唱も杖も必要とはしていなかった。が、どちらも集中力が高まる気がして取り入れることにしたのだ。
森は、昼間とはいえ薄暗い。ひゅっひゅっとペンライトをふると、光の尾が伸びる。
(この光が矢になって、街に降り注いだらどんなかしら)
ペンライトをふりながら、その光景を夢想する。
街はパニックになる。絶望の声はフェリスに命乞いをするだろう。
命乞いなど聞いてはやらないけれど。
光鉱石がチカチカと点滅した。その光が、紫がかった闇の色に変わって行く。
「絶望よ、闇を纏いて降り注げ————」
自然と、歌うような声がフェリスの口から流れ出す。
目の前に広がるのは聖クリスティア王国の王都。
フェリスを大聖女の地位に付け、都合が悪くなるとありもしない罪をでっち上げ断罪した奴らの住む街。
(わたしの受けた苦しみをあいつらにも。ううん、それよりもずっと重く痛い苦痛を)
口の端が知らず吊り上がる。
とても気持ちがいい。
「散闇烈雨!」
ふり上げたペンライトから、真上に何本もの闇が打ち上がった。森の木々を切り裂き、その先の空へと昇って行く。
以前は、これが黄金の空に咲く花になってしまった。でも、もうあの時とは違う。
木々の向こうで矢に姿を変えたそれは、地面へと目標を変えた。真っ直ぐに降り注いで来る!
「あはは、見て! やっぱり上手く出来るわ!」
降り注ぐ闇の矢が、フェリスを掠めて地面へと次々に落ちて行く。風でめくれたスカートが矢に刺されて裂けた。その音すら、まるでわらべ唄かのようにフェリスの耳を楽しませた。
葉が飛び散り、枝が折れ、空気を切り裂き地面を穿つ。
「あはははは」
「フェリス! ちょっとやめてよ!」
ベルの声が、どこか遠いところから聞こえる。
どうしてやめて欲しいのだろう。ベルの闇魔法レッスンのおかげでこんなに出来るようになったのに。
「楽しいわねベル!」
「ちっとも楽しくないわ!」
間延びしていないベルの声が珍しくて、余計にフェリスの笑いを誘う。
本当は楽しいくせに。だから、そんなにはっきりと喋っているのだろうに。ベルは素直じゃない。
「もー! フェリス〜!」
再びベルの声が響いた瞬間、闇の矢は消えた。いや、そうではない。
フェリスを中心に、光のドームに囲われているのだ。そのドームを通過出来ずに、闇の矢が弾かれて行く。
やがて、闇の矢が全て地面へと落ち切ると、光のドームも消えた。
「なっ、なによ。誰よこんなことしたの!」
叫んだ瞬間、フェリスの目の前に、ぬっと青白い生首が上から生えた。
「ぎゃー! れれれれ霊子さん! びっくりさせないでよもう!」
「ごめん」
ぼそりと言って、霊子は宙返りしてフェリスの前に降り立つ。
その顔を、ぐいとフェリスの胸に近づけ、首を傾げた。
「もしかして、さっきのは霊子さんが?」
「ううん、ちがう」
霊子がフェリスの背後を指差す。ふり返ると、そこにいたのは子供マオだった。
「僕だよフェリス」
「マオっちぃ〜! もぉ〜死ぬかと思ったぁ」
一目散にマオの肩へと乗り、その首にしがみつくベル。その様子に、なぜだか胸に棘が刺さったような心地になる。
「危ないよフェリス。服も破けちゃってる。当たったらどうするの」
「当たってないわ。それより、闇魔法すごく上手くなったでしょう!」
「本当ですね。さすがフェリス!」
にこりと笑ったマオが、フェリスの手を取る。
「今日はこの辺にしておきましょう。僕、タルトケーキ作ったんです。フルーツがたっぷり乗っているやつ」
「え! そんな贅沢なものが食べられるの⁉︎」
「もちろんですよ。フェリスが聖水作ってくれたおかげでいい出来なんです。食べましょ!」
ぐいぐい手を引くマオに頷いて、城中へと引き返す。
「ありがとうマオくん、嬉しい!」
「えへへ、推しに貢ぐために魔王やってるようなもんなんで!」
胸を張ったマオに、フェリスも自然と笑顔になる。
こんな幸せ、壊して良いはずがない。フェリスの大切なものを守るために、この闇の力を授かったのだ。そうに違いない。
(だから、もっと壊さなきゃ。わたしたちを傷つけるものなんか、みんな。世界を滅ぼすの)
知らず口角が上がる。愉快でたまらない。
ああ、世界が滅んだらどんなに胸がすっとするだろう。早くそんな世界が、見たい————。
* * *




