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25.闇の力の使い方

「メメがどんなに美味しい料理を作ってくれるか知りもしないくせに!」

「なんだそりゃあ? それに、魔王の手下のことなんざ知るかよ!」


 剣を構えたガルドに身構える。このままではやられる。けれどフェリスは動かなかった。頭上にちらっと映ったものがなんなのかを理解したからだ。

 剣をふり上げ、フェリスに斬りかかろうとしたガルドに、頭上から白い糸が降り注いだ。


「うわっなんだ⁉︎」


 その白い糸が、ベタベタとガルドにまとわりつき自由を奪っている。

 顔を上げると、あの巨体で天井に張り付いているリリーがガッツポーズを決めていた。巨大でも蜘蛛は蜘蛛らしい。


 次はフェリスの番だ。

 思い切り息を吸い込み、止める。身体の奥底から闇を呼び起こす。

 糸を引きちぎろうともがくガルドに、手のひらを向ける。


「闇よ集え、我が怒りをこの手に! 炎よ踊れ! 火炎ッ!」


 手から吹き上がった炎がガルドに迫り、拘束している蜘蛛の糸に燃え移った。ぼっと火に包まれたガルドに、胸の奥で暗い鼓動が鳴る。

 叫び声を上げてばたつくガルド。その姿に、フェリスを笑わせてくれた笑顔が重なる。その笑顔が炎に包まれてもがいている。


「ガルドなんて大っ嫌い! リオンもミリアも!」


 わき出そうとした感情を押さえ込むように叫ぶ。だめだ、そんな感情は()()()()()()()————。

 闇魔法はこれまでになく成功している。それなのに、そこに横たわっていたのは喜びではなく怒りだけだった。


 頭上から、ベルのなにかを叫ぶ声がする。同時に、ガルドの頭上に小さな水滴が浮かんだ。その水滴はあっという間にその場で大きくなり、ばしゃりとガルドの上に降り注ぐ。


「おー、助かったぜミリア」


 燃えた蜘蛛の糸も落ち、ガルドが自由になる。

 はっとしてミリアに視線を投げた。肩に座っていたはずのベルはいない。


「ここここんな魅了なんてこここ克服出来てないっておおお思ってたのお姉さま!」


 フェリスに杖を突きつけて来たミリアは、我に返っているようだ。


「そういうことなんで、覚悟してもらおうかフェリス様」


 火傷したのか、赤く腫れた腕でガルドが剣を構えた。

 マオの叫び声。そちらへ目を向けると、空中を舞うように大ジャンプをしたマオが見えた。勢いよくその身体がフェリスの横へと着地する。


「マオくん!」

「待て魔王!」


 駆けて来たリオンが、その勢いのままマオに剣をふり降ろした。が、マオの闇をまとった手で簡単に弾き返される。

 その隙に、メメに駆け寄り傷に聖力を注ぎ込んだ。

 幸い、傷は深くないようだ。メメの表情から苦悶が消える。

 完全にとは行かないが、傷は塞がったはずだ。


(なんでメメがこんな目に。メメは美味しい料理を作ってくれるのに。優しい幸せを作れるのに)


 辺りを見渡すと、城のあちこちが目も当てられないほど壊れ、無惨な残骸が散乱している。

 ここは、フェリスの安らげる場所。幸せを感じる場所。家族と過ごせる場所。それなのに。

 またしても怒りが込み上げる。


(どうして、わたしからなにもかも全部奪ってしまうの⁉︎)


 フェリスが遊ぶ時間も、友人も、民からのプレゼントも、スイーツも、嗜好品も、美味しい食事も、睡眠時間も、そして安らげる家さえも。

 許せない。

 階段から駆け降り、リオンとガルドの後ろに控えたミリアが、ぎゅっと杖をにぎった。


(——杖‼︎)


 ひらめいたと同時に身体が動いた。マオの腰に手を伸ばし、そこに差し込まれていたペンライトを左手で一本抜き取る。


「フェリス⁉︎」

「許せない、魔王城がめちゃくちゃだわ!」


 ペンライトのボタンを押し、光らせる。


「こんなところまで来て、なんでみんな奪っちゃうの⁉︎ わたし、あんなに頑張って来たのに!」


 これまでの、聖女としての生活が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 そして、魔王城での満ち足りた生活が。


「違う! 民の、世界の安寧を奪おうとしているのはフェリス様とそこの魔王だ!」

「あんたたちがわたしから全部奪うからよ!」


 びしっとペンライトを三人に突き付ける。ミリアがはっとしたように杖をにぎり締めた。

 剣を構えたリオンとガルドを、マオが牽制する。


「フェリス様!」


 フェリスが聖力を込めた聖剣を持ち、リオンが呼ぶ。その身体の至る所に、軽微とはいえ傷が入っていた。

 リオンたちと一緒に魔王と戦った。怪我をした三人の回復だって喜んでした。あの時は、仲間だと思っていたから。


「もうわたしからなにも奪わないで!」


 復讐したい、世界なんて滅ぼしてしまいたいという衝動は消えない。そうすることで、魔王城を守りたい。家族とも言える仲間を。

 フェリスが、心から幸せを感じられる場所を。

 闇の力が胸の奥からわき上がる。


 ——闇を感じるのよフェリス。わたしたちを害するものを排除する闇を。わたしの守りたいものを守れる闇を。


 マオの後ろに引いて、ペンライトに意識を集中する。光っているからか、視覚的にイメージが容易い。

 本来ならしないはずなのに、光鉱石が不規則に点滅した。放つ光が闇に覆われて行く。

 ミリアが呪文を詠唱しようと口を開いたが、それをかき消すように叫ぶ。


「ここから消えてぇ——ッ‼︎」

「フェリス⁉︎ えっ⁉︎」


 リオンたちの背後に、ぱかりと闇に覆われた穴が空いた。その向こう側には、フェリスも見慣れた建物がある。

 聖クリスティア王国王都の神殿だ。向こう側を歩く人々が驚き、逃げ惑う姿まで鮮明に見える。

 穴の淵から闇が伸び、マオを警戒してどちらを向くべきか戸惑っている三人を襲う。

 闇に絡め取られ、穴の方へずるずると引きずられる三人。


「な、なにこれお姉さまぁぁぁぁ」

「くっそなんだこりゃあ! 引きずり込まれるッ」

「フェリス様‼︎ 俺は! あなたを————」


 リオンの言葉は最後まで聞こえることはなかった。三人はあっけなく穴に引き摺り込まれ、そのまま穴が閉じてしまったのだ。

 後に残ったのは、荒れた魔王城と静けさ。


「フェリス、なに? 今の……」

「わ、わからないけど。でも、すっごく、出来てたわ!」

「そ、そうだね」


 心なしかマオの顔色が悪いが、あれだけ激しい戦闘を続けていたのだから仕方がないだろう。


「もしかしてぇ、さっきのって転移魔法ぉ?」


 どこに居たのかベルがメメの肩に降り立った。リリーも下へ降りて来ている。


「そう、だろうね。すごいよフェリス。転移魔法なんて、僕でも使ったら疲労困憊で倒れちゃう」

「そうなの?」


 もちろん疲れてはいるが、疲労困憊かと言われるとそんなことは全くない。


「なんだか、みんなを守らなきゃって思ったら」


 軽くペンライトをふる。光の筋が淡く尾を引いた。

 マオはやはり疲れているのだろう。いつものマオなら真っ先にペンライトをふってフェリスすごい! と言いそうなものなのに、今はそれがない。


「えーと、とりあえず休もうか。後片付けはそれからで……リオンたちが王都に飛ばされたんなら、しばらくはここへ来れないだろうし」

「はーい! リリー休むー! メメもね」

「ウ、ウン……」


 こくこくと頷いたメメに、今日は料理は全部僕がやるから休んでてとマオが申し出る。


「で、でも……魔王サマ、も、疲れて」

「僕はそうでもないよ、なんてったって魔王だし」


 メメににっこりと笑って見せてから、マオがフェリスを見上げた。


「フェリス様、なにか食べたいスイーツありますか? お口直しに作ります」

「でもマオくんも休んだ方が!」

「いえ、魔王城に招き入れたのは僕ですけど、後片付けはすっごく面倒くさそうで気が滅入るので! スイーツ作ってストレス発散させて下さい」

「マオくんがそれで良いなら……」


 うーん、と食べたいスイーツを考える。とは言っても、スイーツを口にしたのはごくごく最近だ。スイーツになにがあるかなどわかるはずもない。


「えっと、なんか、美味しい焼き菓子……」

「任せてください!」


 ぐっと拳をにぎったマオが、きりっとした顔で美味しいものを作りますと宣言した。子供姿だから、なかなかに愛らしい姿だ。


(みんな無事で良かった)


 この場所を、幸せを、家族を守りたい。その思いがフェリスの胸に芽生えていたのに気づく。

 そのためだったら、世界を滅ぼしたっていい。フェリスから奪わず、与え、許してくれる家族をなにに変えても守りたい。

 胸の奥で闇が蠢いている。その力を、もっとふるいたい。みんなを守るために。


(そうだったのね)


 今までちゃんと闇魔法が使えなかった理由が、フェリスの中で妙に腑に落ちて来た。

 復讐だとか、世界を滅ぼすだとか、目的が後ろ向きだったのだ。フェリスは腐っても大聖女、そんな後ろ向きな気持ちとは対極の存在。

 それが今やっと、守りたいもののために使うという前向きなものに変わった。闇が身体に馴染むのがわかる。

 守るために全てを壊すのだ。闇の力は、きっとそのためにある。


「さ、もう一度ティータイムをやり直しましょう」


   * * *


「くそっ!」


 やり場のない激情を、拳に込め地面を叩く。じんじんとした痛みは遅れてリオンの脳内に届いた。


「あわわわわわ王都に戻って来ちゃっちゃちゃ」

「マジか……ってか、痛ぇ……」


 ガルドの声にはっとして顔を上げる。ガルドはフェリスに燃やされた。その髪は、先の方がちりちりになっている。

 慌てて立ち上がり、ガルドの火傷を見る。

 その時だった。穴が消えた辺りからあたたかな風が吹いた。どこからともなく、数枚の聖花の花びらが舞う。

 その花びらがガルドに張り付き、ぱんっと弾けた。そこから光があふれ、ガルドの傷を覆う。


「んっ⁉︎ なんだぁ⁉︎」


 見る間に火傷の赤みが引いて行く。光が消えた頃には、すっかり元通りの肌がそこにはあった。


「フェリス様?」


 治癒の力として使えるのは聖力セイクリッドだけだ。しかも、こんなに早く綺麗に治せるのは、大聖女たるフェリス以外にない。

 これほどまでに甚大な力を持つがゆえに、闇堕ちしたフェリスを皆が恐れた。


「お姉さまぁ……」


 ミリアの声が震える。

 なにが正しいのかわからない。フェリスは今、()()()()()()()


(どうなっていても、俺はフェリス様との約束を守る)


 フェリスは、リオンたちを頼りにしていた。自分たちならきっと約束を違えないと信頼してくれたからこその約束だ。

 だが胸に降り積もる戸惑い、迷い、恐れをリオンは締め出すことは出来なかった。


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