その4・インド人のナリーンさんで、被験者はあと何人?
わほ。
ヨッシーに向かって、マラソンお爺さんことタツ沖さんがしみじみ語り聞かせている。
リードする前に走り出したら危ないよ、とアイ音ちゃんからの注意事項をだ。
わほ。
4丁目の貴ヨシさん(故人)の飼い犬だった、黒柴のヨッシーはきちんとお座り尻尾も伏せてタツ沖さんを見つめる。つぶらな瞳で。柴犬は武士っぽい性格と聞いたことがある。そう思うと武士っぽい?
JCのアイ音ちゃんはヨッシーとたつ沖さんを食い気味に見つめている。まるで飼い主のひとりみたいな精神集中と責任感さえ感じる。アイ音ちゃん、きっと犬が好きなんだ。昔飼っていたのかも。私が今のマンションに引っ越してきてまだ四年、アイ音ちゃんの家族はその前から住んでたから想像だけど。
なんて思ってるうち、セイタカアワダチ草とラボの建物の間を歩いてくる人物に気づいた。
ごく普通のスーツにシャツにノーネクタイ。
細身の背が高い、普通人男性には見えなかった。
バーフバリというかRRRというか……濃い目の風貌には見覚えがあった。
美鷹駅前のインド料理店、旦那が好きで月に二度くらい食べにゆくお店で給仕をしていた彼。
浅黒い肌、細面でしゅっとして、ちょっとキアヌ・リーブス似……いやちょっとだけだから。
まあまあ美青年。美形だからコンパに混ぜようとするんじゃないわよ?
彼は手にしていた。赤髪・野ヂ朗が説明してる、胡散臭すぎるあのチラシ。
彼はラボの建物を見上げている。つまり4人目のモニター志願者ということでは?
リードなし黒柴にひっぱられやって来ただけ、アディダスのマラソン老人もしれっと混ぜちゃってるけど、まあいっかあ。
わん。私の乱暴なこじつけを嗅ぎ取ったように、黒柴ヨッシーが元気よく吠える。
警戒や威嚇からじゃない感じ? 猛烈にシッポを旋回させて、ダッシュ!
制御できない若犬の運動力で、ラボにやってきた新キャラ・インド人青年に爆進した。
「ヨッシー!」
タツ沖老人が叫ぶけど、リードをつけてないからどうしようもない。
ヨッシーは新キャラの青年に走り寄ると、わほわほ❤︎という感じでスーツの青年に前足投地(という慣用句はないが)する。なつこい犬がよくする激しくポジティブなアクション。
「OKOK」
インド人青年は黒柴の首をだきかかえてモフってる。犬を飼ったことのある人のリアクション。
少なくとも怯えてないし、嫌じゃなさそうむしろウエルカムって感じ?
「すいません」
タツ沖さんが禿頭をさすりながら近づいてゆく。
なんか既視感ある。往年の名選手が対戦するアレだ。ドリーム・エキシビション・マッチで、ハゲ魔神投手がぴっかり投法で、やっぱりハゲ打者のオワ田さんにぶつけたあのリアクション。タツ沖さんはハゲだけど、インド人美青年はフサフサだけど。
「キアヌに似てるかあ…」心の声がちょっと漏れた、そういったのは旦那だが。
「キアヌって?」
すかさずアイ音ちゃんが拾った。それから気のせいかインド青年に向ける目つきがきつめ。
JCってこういうの濃い顔美形がタイプ? 意外な気がする。
「うーん(今の子に、ビルとテッドの地獄旅行は100%通じない)うーん、ジョン・ウィックかなあ」
「ふーん、似てる? インド人っぽく見えるけど」
ピンポンだ、アイ音ちゃん! アイ音ちゃんもインディア・カレー好きなのか?
「インドの人って数学がすごくできるって? 三桁まで暗算ができる」
「えっそうなの?」
インド人ってすごい! と言う尊敬心じゃなさそう。たぶん"数学こわい"コンプレックスのほうかと。迷信に裏打ちされた「すごい」だ。アイ音ちゃん、同じ人間に対する目つきをしてない。
黒柴をもフリながら、タツ沖さんと笑いあってる。インドから来た青年は、好青年にしか見えないんだけど。
名前はナリーンさんだそう。茶色の澄んだ瞳の持ち主で、ぱっちり二重、まつ毛がながーい。
そこはJCからの羨望を得られそうなんだが。
(巷で信じられているインド人の二桁暗算能力は迷信らしいし、このお話でアイ音ちゃんの誤解を解く機会もなさそうだが、三桁の暗算とは数学コワイ宇宙人コワイからくる飛躍した迷信である)




