その5・ここで急にラブ投入? しかも国際恋愛??
「ナリーンさんのお店で食べたことがあります。ほうれん草カレーがとても美味しかった、夫も大好きと言ってます。私はスタ香」
ここで前からアナタを知ってます、アピールをしておくことにした。
「オボエテマス、イツモアリガトゴザイマス!」
ナリーンさんはにっこりした。
わほ。ヨッシーまで満面の笑で、ブンブンしっぽを振ってる、隣に寄り添って。なんだかタツ沖さんより、ナリーンさんの方が飼い主っぽくない? 柴犬に気に入られる特別な理由があるのか。インド料理のスパイスの香りを気に入られたとか? 私は適当なことを考えた。
リードを持って立ち尽くすタツ沖老人が手持ち無沙汰そうだ。いや、寂しそうに見えた。ヨッシー、罪な犬。
「ナリーンさん、チラシ持ってるよね?」
アイ音ちゃんが囁く。
「知り合いなら、聞けない? スタ香さん」
「何を?」
「インドの人もAIが夢を出力する技術を信じてるかどうか?」
アイ音ちゃんは真剣な目つきだ。真剣思考が伝わってくる。やむにやまれぬ熱に浮かされて「AIが夢を出力する発明が本当なのか?」確認しに来た彼女も、半信半疑だったんだ! それで私より百倍×三桁の暗算くらい数学の出来そうな(頭良さそうな)インドからきた青年に縋ろうとしている?
私は汚れた大人だから、半分どころか七割くらい信じてない。ただ野ヂ朗という青年が、なぜ5階のわが家にポスティング出来たか、作家として純粋に知りたくてやって来たまで。陰謀論者じゃないけれど非現実的な企みが隠されてるんじゃないか……ほら後になってびっくりって大事件あるじゃない。
新興宗教の教祖が真犯人だった毒ガス事件とか、アメリカ合衆国の共和党大統領の暗殺とか、後になって世界中がひっくり返るような噂の真相が!
いけない、脳が一瞬陰謀論色に染まってしまった。真っ青に黄色い星がチカチカくるくる回っている、そんなイメージ。あほ発想に付き合っていいのは、投稿3回一度も一次選考に残らなかったくせに、一回だけ審査員特別賞で雑誌掲載された自作ファンタジーだけでいい。
「そうだねアイ音ちゃん、ナリーンさんといううちらときっと価値観も数学力も違う人物に訊いてみるのも悪くないかも」
いや陰謀論じゃないんだ、この本音は。あのチラシが実は、健康器具とかぐっすり眠れる枕なんかを、詐欺みたいに売りつける作戦だったらみんなガッカリする。タツ沖さんは違うかもしれないけど。あらかじめ頭を冷やしておくのは悪い予行演習じゃない。
ナリーンさんにも訊いてみよう。意を決したところで、だった。
セイタカアワダチ草が三度目、ガサガサ揺れうごてニューキャラクターを吐き出した。
「ナリーン!」
女の人だった。年齢は二十歳くらい? 若い、目が大きくてきらきら、髪は染めてないナチュラルな感じ? ナリーンさんとは方向性が違うが、日本人の平均とはちょっと違って見えた。
いや日本人にもこの顔タイプいるけど、ナリーンさんが振り向いて「ニャム!」と呼んだからわかった。外国のお嬢さんだ。ふたりは英語(だと思う、フランス語じゃ全然わからない)でマシンガントークを交わしていた。
あとで何話してたか、教えてもらって翻訳できたが、ベトナム人のニャムさんは恋人のナリーンさんがチラシを持って怪しいラボに行くことを反対していたのだ。ふたり一緒の部屋から、ニャムさんがアルバイト先の(聞いて驚いたが、私の勤めるスーパーのベーカリーで働いていた)スーパーに出かけたあとで、カレー屋さんが休みのナリーンさんはラボを目指してきた、というわけだ。
日本でであったふたりは同棲中、見つめあって話している雰囲気からひしひし伝わってくるけどラブラブ。だけど国も違うし、両親や大家族の親族から結婚を反対されているロミオとジュリエットだった。
ここ「嵐が丘」と呼ばれてるくらいだから、ヒースクリフとキャサリンの方が因縁としてピッタリか? なんて碌でもないこと考えてる場合じゃない。ニャムさん、無断早退しちゃってるんじゃないの? アイ音ちゃんに続いてふたりめ、美鷹市平イド町の住人を国境を越えサボらせる、ナツ原ラボ! 魔性の研究所、なんて言ってる場合じゃないか。




