その3・黒柴ヨッシーとセイタカアワダチ草の揺れる嵐が丘
「ヨッシー、ヨシ伸くぅん! やっぱりここかあ」
黒柴につづいて、セイタカアワダチ草の間から現れたのは、おじいさんだった。
アディダスの年季の入ったトレーニングウエア上下。
野球帽をかぶっている。オレンジ色に、大きなアリのキャラが描かれている。
まさしくギガンティーズ、にっくき大男チームのマスコット。
私の愛するワイバーンズの宿命のライバルの!
ここであったが百年目、ヨシ伸という黒い柴犬が案外かわいいのも、
アイ音ちゃんが学校をサボってるのを黙認している罪悪感も、
ママチャリを停めるスペースを探している真っ最中だったことも、
赤髪イケメン野ヂ朗のことさえ、もはやどーでも良くなった。
去年の日本海シリーズで、ワイバーンズはギガンティーズに敗れ去った、
リーグ最終戦までもつれにもつれ、しかもホーム大王魔竜ドームのスタンドに逆転ツーランホームランを打ち込まれ。
――ゔおぉぉ(泣)
蒼い魔宮で胴上げを見せられた、あのときの悔し涙が蘇ってきた。
あれからオレンジ色と蟻のゆるキャラは目に入れないようにしてたのに〜。
グヤヂイ〜!
「スタ香さん! 自分の世界に入りこんでる?」
アイ音ちゃんの声に、ハッとしてヴッと我にかえる私。
「ヨシ伸くぅん、ここにいたんだね」
トレーニングウエアのおじいさんが黒シバに頬擦りしている。
「横入りすいません。でも大事な家族にはリードをつけないと!
道路に飛び出して車に轢かれたり、別のわんこを驚かせて車に轢かせたり、
悲しい事件は絶対に見たくない!」
まるで駅前で世界平和を訴えるNPOみたいな迫力だ、アイ音ちゃん……。
「お嬢さんの言うとおりだ」おじいさんは低姿勢だった。孫くらい若い女の子に頭を下げている。
東東ドームのギカンティーズファンに見ないタイプだ。
あそこには横柄で理不尽で、マナーが悪くヤジの声のでかいハゲおやじばかり集まる。
「リードをつけようとしたら走り出され、走って追いかけたんだが5丁目から」
私は(なぬ?)とおじいさんを見直す。
5丁目から7丁目まで犬を追ってきた走って、どう見ても70代より若くないのに。
「間違えだったらすいません、あなたは5丁目の名物ランナーモト山さんですか」
「名物? ……そうですモト山たつ沖です」
美タカニュース(町内紙)にときどき載るくらい有名人だ。
西東東マラソンシニア部門で毎年ぶっちぎり優勝のマラソンお爺さん。
「途中でまかれたような追い方ですよね、この嵐が丘に来てるってわかってたみたい? やっぱりここって……」
連立方程式から逃げてきたJCアイ音ちゃんは、名探偵コナンのように推理をはたらかせる。
みた感じより緻密な頭脳の持ち主?
マラソン老人たつ沖さんは急に訴えかける目になった。
「よく聞いてくれた。ヨッシーくんには、この場所には特別にこだわりがあるんです」
「えっ、嵐が丘に何か埋まってる⁉︎」思わずおもっちゃう、ヒースクリッフ!
わほ。
黒柴は澄んだ焦茶の瞳に光をやどして、尻尾ふりふり。
リード拒否で、ご老人を推定1.5キロ走らせておいて罪の意識皆無のこの無邪気さ。
わほ。
「わしの小学時代からの友達、会うと必ず碁を教えてやると……いや今日はいいから用事がと断っても……必ず勝ち負けつくまで打たされた、4丁目の貴ヨシさんが飼っていた。子犬の頃から孫のように可愛がっていた……だがヨシさんは先月膵臓がんで帰らぬ人に……」
わほ。
「思い出のドッグランだった? 嵐が丘が」
「嵐が丘というのか、ただの空き地と思っていたよ」
「凸凹だらけですしね」
「この地形をヨッシーは愛していた」
「どっちです、友達のヨシさん? シバのヨッシーくん」
「どちらも好きだった、ヨシさんとヨッシーと散歩と下手な碁とギガンティーズが大好きだった」
説明が入りくってるがぴんときた。ぴんと。
「その帽子!」
「ああこれ、ヨシさんの遺品だ。これをかぶらないとヨッシー散歩してくれないから」
タツ沖さんはしみじみしている、まあギガンティーズのファンでさえなければ。
ドジャースファンでも、ベネズエラチームの贔屓でも、WBCならチェコのサトリア投手が好きだ私。




