家族とその想い
ヘルグ兄様と妹のディアの婚約に驚いたけど「正式な婚約者がいる」という事実の効果は絶大だった。
「あれからヘルグ兄様は、静かな毎日を過ごせるようになったわね……」
婚約の事実が知らされるまでは、囲まれることになるだろうと予測していたのにな。
翌朝、馬車で登校した際、集まって黄色い声を上げていた令嬢たちに、
「申し訳ないが、僕は彼女の妹、フリーディア・シュピネル嬢と正式に婚約をしているので、あまり騒がないでいただきたい」
と、遠くまで聞こえるように宣言した。
「婚約者の姉の前で不誠実な行いをして、不信感を持たせるわけにはいかない。君たちもシュピネル家の不興を買いたくはないだろう?」
ヘルグ兄様は笑顔で、私を盾に使った。
間違ってはいないけど、二人をシュピネル家が独占してしまったので、令嬢たちの私を見る突き刺すような嫉妬の目が怖いわ……。
(何とか排除できないかしら?)
(どうして彼女ばかり)
(いつか横に並びますわ……)
などと、いまだに心の声は響いてくる。
いい加減あきらめてほしいけど、思う気持ちはままならないから仕方がないか……
***
学年末テストが終わった翌週は学園のパーティーがある。
「楽しいことの前には、やるべきことを済ませておかなければならないのよね」
授業が終わった後、アズ兄様とヘルグ兄様とサロンでテスト勉強をしていた時、
「なあ、ふと思ったんだけどさ、俺がディアと結婚したら、立場的にティトのことはお義姉さんって呼ぶのか?」
などと、バカげたことを言ってきたので、
「そうなると、ヘルグ兄様はアズ兄様のことも、お義兄さんて呼ぶ事になるわよ?これから先はそう呼ぶつもりなの?」
と言ってみたら、
「うわっ、やめてくれないか?考えただけで鳥肌が立つ」
呼ぶ側ではなくて、呼ばれる側からクレームが来た。
「なんだよ、失礼だな。でも、確かにアズールをお義兄さんとは呼びたくないな。ティトは平気なのになんでだ?」
ヘルグ兄様は違いに首をかしげているけど、
——当然だと思う。
「それは、私の中身に大人の精神が入っているからじゃないかしら?それより、みんな家族になるのよね?なんかすごいわね」
美茶は26歳で亡くなった。
こちらは出産年齢が若いし、今の私たちの年齢からすると、親に近い年齢よね?
「あー、そのせいか。なんか納得できたわ」
ヘルグ兄様は納得してすっきりしたのか、勉強に集中し始めた。
「確かにティトは大人だよな。みんな家族ってなんだかそれ、嬉しいな」
アズ兄様もそう思ってくれるんだ?
「まあ、大人になったら、周りに人がいなければ、それぞれ呼び捨てでもいいんじゃないか?はい、次はこの問題をやってみて」
アズ兄様は、私に解かせるための問題を片手間に作りながら、呼び方の結論をまとめると、出来上がった問題を渡してきた。
「ありがとう。こっちは今できたわ。確認してくれる?」
私は回答し終えた問題を、アズ兄様にチェックしてもらうために交換で渡した。
先日、私は王太子の側近入りを果たしたので、主席は当然として
——『全教科満点』を目指している。
「うん、完璧。この項目はもう良さそうだね」
アズ兄様に修了を伝えられ、ほっとした。
今後のことを考え、私の肩書は実力をもって得たものだと納得させるために、今回から試験には全力で挑むの。
……でなければアズ兄様のファンが、暴動を起こしかねない。
(…………)
サロンの中にいるのに、私の存在を見越しているかのように思念を飛ばしている人がいる。
最近能力の底上げがされて、声がうるさくて聞きたくない時は、強制的にブロックできるようになったけど……
——それを乗り越えてきたわ。
聞こえはしないけど、無言のプレッシャーを日々感じている。
——やっぱり誰かに見られている?
少し気にはなっているけど、今は勉強に集中することにした。
***
明日開催される学園パーティーでの振る舞いで注意することを、お母様とお父様から教えてもらうため、お父様の執務室で話をした。
「ティトは王太子の側近になたし、能力のこともある。あまり交友を広げすぎない方がいい。アズール君の傍から離れてはいけないよ」
お父様からは、念押しをされた。
「ティトは、王太子に能力のことを話すつもりはあるの?」
お母様にも心配そうに尋ねられた。
——そろそろちゃんと話すべきね。
「今のところは話すつもりはありませんわ。アズール様とヘルグラウ様は、実はずっと前から私の能力のことを知ってました」
お父様とお母様は怒るかしら?
「今まで彼らは私と連携して、能力を一緒に隠してくださいました」
今まで黙っていて、ごめんなさい……
「やっぱりそうか。ティトが心から信頼してそうだったから、実は、前からそんな気はしていたんだ」
お父様は、ほっとしたような顔をした。
「……隠していたこと、怒らないのですか?」
私の隠している事は、シュピネル家の王国への忠誠に対して、信用問題に発展するかなり危険な賭けだったのに……
「いや、ティトが悲しい思いをしなかったなら、それでよかったよ。そうか、あの二人には、いくら感謝しても足りないな」
「何か礼をしなきゃな?」なんて、お父様とお母様は相談を始めた。
あまりにも娘を信用しすぎではないの?と思い、私はこの際だから、もう一つの秘密を明かすことにした。
「お父様、お母様、実はもう一つ隠していたことがあったの……」
二人は、私の声のトーンに何かを感じ取ったのか、姿勢を正し座りなおした。
「実は、私、勇者パーティーの賢者だったの」
二人とも固まったわ。
——当然よね?
先日『魔王が討伐された』と各国に報じられたばかりなのだから。
「しかも……前世の異母姉が勇者だったの」
お父様とお母様は顔を見合わせている。
「ティトは、その勇者とは会ったことがあるのかい?」
お父様は緊張した面持ちで質問してきた。
「ええ、勇者資料館で偶然出会いました。話をしたら、前世の異母姉だと知りましたわ」
——本当、偶然ってすごいわよね?
「魔王討伐は……していないわよね?」
お母様は顔を青くしている。
魔王討伐なんて物騒なものに、娘が巻き込まれたんもの。心配するのも当然よね?
「はい、調べ物をお願いされただけで、私は直接は関係しておりません。討伐は、勇者である義姉と特殊部隊で終わらせたはずですわ」
国家間の問題だから、詳しい話は町中にはまだ流れていないはずだ。
「そのことを知っているとは……本当にティトは関係者だったのだな」
お父様はふーっと長い溜息を吐いた。
——さすがに怒っているのかな?
私がお父様とお母様に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていたのに……
「旦那様、勇者様がティトのお義姉様なら、うちの娘も同然ですわね?」
——驚きましたわ。
お母様ったら、全く動じていないのね?
「こちらに来た際は我が家に滞在していただきませんこと? ティト、あなたのお義姉様として、私たちにも紹介してね?」
それどころか、ウキウキしながらチャコ姉達を招く予定をし始めたわ……
「ああ、それがいいだろう。ただ、賢者だということは世間には黙っておこう。こんなところで外交の仕事が役に立つとはな?」
お父様も、私を責めるどころか、チャコお姉様をうちに迎える気満々だ。
「あの……私が黙っていたのに、なぜ二人とも怒らないのですか?」
私は思わず、尋ねてしまった。
「怒る必要などないだろう?ティトが今までは黙っていた方がいいと判断したんだろう?」
それは……そうだけど……
「話せるようになったから、ティトは自ら話してくれたんだ。それだけで十分だよ」
お父様とお母様の温かい眼差しに、私は涙があふれてきてしまった。
その時、私の心の空間に、見たくなくて放置して置き去りにしていた、壊れてひしゃげた記憶の書籍が片隅からぽろぽろと崩れ出し……
光となって消えていったのを感じていた。
——浄化されたのかしら?
だから、私はあの記憶がどんなものだったのかは、結局分からないままだった。




