初恋の相手って……
「絶対に、ヘルグ兄様から話を聞かなくちゃ」
私は令嬢として恥ずかしくない、ぎりぎりの速さを維持しながら、早歩きで3年生の教室まで向かった。
私がたどり着いたのはちょうど、王太子と、アズ兄様、ヘルグ兄様が教室から出てきたところだった。
「おや? ティト、側近として早速僕を見送りに来てくれたのか?」
王太子は分かっているはずなのに、わざと側近であることを強調して言ってくる。
「ええ、本日は早く終わりましたので、せっかくなので皆様と一緒に王太子のお見送りをしようかと思い……はせ参じましたわ」
にっこり笑顔に圧を込めて微笑んでおいた。
「あ、ああ、ありがとう。では参ろうか」
王太子は笑顔をひきつらせて、先頭を歩いていく。途中リリお姉様と合流し、車寄せまでは揃って進んでいく。
——ものすごく見られているわ。
視線の中には、突き刺さるような強いものも混じっている。
嫉妬かしら?気持ちが悪いわね……
——そのうち慣れるのかしら?
なんて考えながら、王太子とリリお姉様を見送った。
「アズール、ティト、走るぞ!!」
見送りが終わった瞬間、ヘルグ兄様に号令をかけられ、一台先に止まっている自分達が乗る馬車まで、一気に走らされた。
「は、はい!」
ヘルグ兄様とアズ兄様に手を引かれ、走っているのか、浮いているのか分からないまま、私は馬車に詰め込まれた。
「すぐに馬車を出してくれ!」
アズ兄様の声掛けで、馬車はゆっくり進みだした。
「ちょっと、二人して令嬢に対する扱いが乱暴ですわよ?」
私が息を切らしたまま、思わず二人にクレームを入れるも、
「でも、楽しかっただろ?」
アズ兄様は笑っているし、
「外見てみろよ」
ヘルグ兄様は、いい笑顔で親指で窓の外を指さしている。
そっと、馬車の窓の外をうかがってみると
ぞろぞろと集っていた令嬢達が、馬車を指さして悔しがっている。
「怖っ!!」
どこから湧いてきたのか、学年を超えて次々と集まっていた。
「お前、俺が言うのもなんだけど……今後、口にする物には気をつけろよ?」
アズ兄様が言いたいのは、媚薬などを盛られる可能性のことよね?
正式な婚約でなければどうとでもなると、ハニトラを仕掛ける令嬢もいるらしいし……
——噂程度には、私も聞いたことがあるけど
「アズ兄様も盛られたの?」
私は素直に聞いただけなのに、アズ兄様に微妙な顔をされてしまった。
「アズールは大丈夫だよ。あ、ティト、今夜はアズールも一緒にシュピネル家で夕食を食べていくことになってるから、よろしく」
ヘルグ兄様はなぜか、私のうちでの食事を予定していた。
いつものことだけど、どうして毎回、私だけ知らないのよ?
「ヘルグ兄様が言うってことは、もう連絡済なのよね?」
実は、前にもこのようなことがあったの。
いつの間にかアズ兄様とヘルグ兄様で勝手に家に来る約束をして、私が何も知らずに庭へ出て、びっくりしたこともあったわ。
「ん?もちろん決まってるよ」
ヘルグ兄様に至っては、何というか、もう少し令嬢として扱ってくれてもいいような気もするのよね?
でも、このままでもいいような、何とも言い難い気分だわ……
私が複雑な思いをしながら、二人を連れて玄関を入ったら
「「お姉様!おかえりなさい!」」
珍しく弟と妹が出迎えてくれた。
「ディア、シャル、ただいま戻りました。お出迎えありがとう」
二人は私を見てそろって笑顔になり、
「「アズ兄様、ヘルグ兄様もお帰りなさい」」
と、二人にも可愛い笑顔で挨拶をしていた。
「あら?アズ兄様とヘルグ兄様も『お帰りなさい』なの?」
『ようこそお越しくださいました』ではないのかしら?
——二人が間違えるなんて珍しいわ。
「ティト、お客様をいつまでも玄関に留めておくものではありませんよ」
奥から声を聞きつけたお母様が出てきて、さっそく私が怒られてしまった。
「はい、申し訳ありませんでした。では、リビングに参りましょうか」
私が中に進むと、母に弟に、妹はヘルグ兄様に、私はアズ兄様にそれぞれエスコートされた状態でリビングに向かった。
「ようやく来たか」
リビングには既にお父様が帰宅していて、私たちの帰りを待っていた。
「お父様、珍しいですわね?こんなに早くにどうなさったのですか?」
家族の予定を私だけ知らなかったのか……
——ちょっと反省しよう。
「今日は特別な日なんだ。なあ、ヘルグラウ」
お父様は、なぜかヘルグ兄様に声をかけた。
「はい、よろしくお願いいたします」
ヘルグ兄様は、お父様に声をかけた後、背を伸ばし、騎士の礼をとると……
「フリーディア、少し早すぎるかもしれませんが、僕と婚約してくれませんか?」
ヘルグ兄様が、いきなり9歳の妹に婚約の打診をしたわ?!
——ちょっと待って?! どういうこと?
私は、混乱しているというのに……
「はい!ヘルグ兄様のお嫁さんにしてください!!!」
ディアは満面の笑みで婚約の返事を返すと、ヘルグ兄様に「キャー」とはしゃいで抱き着いていた……
「え……ディア?」
あっさりディアを抱きとめたヘルグ兄様は、そのままディアを腕に乗せて、
「こういう結果になったから、よろしくな」
と、こっちを向いて、にかっと笑った。
「いやぁ、これでやっとヘルグラウ君を息子と呼べる!いやーめでたい」
お父様は、ウキウキしながらディアを腕に乗せたヘルグラウと一緒に、食堂へ向かってしまった。
「お、お母様?」
私はいまだに混乱していて、思わずお母様を頼ってしまった。
「お父様、ヘルグラウ君を気に入っていたでしょう?グランディエラ家との縁がなかった時は、彼を息子にするんだと息巻いていたのよ」
それは……知っていたわ。
アズ兄様もそのことは分かっていたので、気まずそうだわ。
「ティトとアズール君の婚約が決まって、とてもうれしかったのだけど、あの人、ヘルグラウ君のことをあきらめきれなかったの」
だからって……
「でも……ディアはまだ9歳よ?」
早すぎるんじゃないかしら?
「あら、ティトがヘルグラウ君に初めて会ったのは8歳のときよ? アズール君に会ったのは10歳の時よね?」
言われてみれば……
——私、いまだ11歳だったわ!
ダメね、すぐに忘れてしまうわ
「確かにそうでした。ディアは、その……大丈夫なのでしょうか?」
ヘルグ兄様はかなりいいと思うけど、ディア的には『あり』なのかしら?
「さっきの姿を見てのとおりよ。あれはディアの我儘だったの。ヘルグラウ君に皆の前で求婚をしてほしかったのですって」
お母様はくすくすと笑っている。
「ティト、ヘルグラウ君はね、ディアの初恋の相手なのよ。それを知ったお父様が、ヘルグラウ君を離すと思う?」
そうだった、我が家は愛が重いタイプと現実的なタイプ、両極端だった……
お父様と、お兄様に、ディア……
そっか……ディアはそっち側だったのね。
私は、そっとヘルグ兄様に対して手を合わせてしまった。




