パーティーにトラブルは付きものです
「ご婚約おめでとうございます!」
「王太子就任おめでとうございます」
学園でのパーティーは顔見知りが多いので、比較的明るく、大人のパーティーほど疑心暗鬼になることはないけれど……
(この媚薬を飲ませてれば、俺は自由だ!)
(パライバトル様、今日こそ逃しませんわ)
——やっぱり、トラブルは起こるのね?
能力を閉じていても、あちこちから声が聞こえてくる。
できれば知りたくなかったけれど、不穏な声が聞こえてきてしまったわ。
——今の声、聞かなかったことにしたいわ。
(アズ兄様、3年生の奥のテーブルにいる子息と令嬢、飲み物に媚薬を仕掛けるわ。ターゲットはパライバトル様です。どうしますか?)
私はアズ兄様に念話で情報を共有した。
(さすがに、学園のパーティーとはいえ、婚約と王太子の就任披露を兼ねているから、問題ごとを起こされるのはまずいな)
(アズ兄様、少し疲れたので壁際の隅で椅子に座って大人しく待っています。対応をお願いしてもいいですか?)
(大丈夫か?今から待機室に行こうか?)
(いえ、大丈夫です。早くしないと行動を起こされてしまいます)
(分かった。すぐに戻る、座って休んでろよ)
私は部屋の隅にある椅子に座り、アズ兄様の対応を眺めていた。
(バカなことはやめて欲しいわ……)
アズ兄様がパライバトル様に話しかけ、どうなるのかなと思いながら見ていたら……
私の目の前に、令嬢たちの色とりどりのドレスのスカートが大きく広がった。
座っているし、もともと小さいから広がったドレスのせいで、アズ兄様の行動が見えなくなってしまったわ……
仕方がないと諦めていたら、
「あら、こんなところにおひとりで……」
「まあ、小さくて見えませんでしたわ」
「いやですわ、その小ささを売りにして殿方を囲っているのよ?」
「そうよ、小さいは、この方にとっては褒め言葉ですわ」
私は今、ものすごく面倒くさい集団に絡まれているみたいだわ……
分からないふりをした方がいいのかしら?
そう思っていたのに……
集団のスカートが、遠慮なく近寄ってくるなんて思わなかったわ。
——私、スカート埋まってるわ?
さすがにこれでは、周りから見たら私は全く見えないわね?
「見て、小さすぎて見えなくなったわ」
「フフフ、本当このまま隠しているのも面白いわよね?」
「一人じゃ何もできないくせに、いい気になってるんだもの」
「ちょっと脅した方がいいんじゃない?」
何て言うか……この令嬢達は……
——相当頭が悪いのかしら?
仮にも私は侯爵家、公爵家の婚約者がいて、王太子の側近なんだけどな?
「ちょっと、貴女聞いてるの?」
「何とか言いなさいよ!」
ギャーギャーと喚くし、香水の匂いもきついし、頭が痛くなってきたわ。
もしかして、彼女たちは異性と美容に振り回されて、社交に必要な情報すら仕入れていないのかしら?
——勉強不足もここまでくるとあっぱれね。
先日から、ずっと思念を飛ばしていたのは彼女たちだったのかしら?
——面倒だから早くアズ兄様戻ってきて。
うんざりしながら、アズ兄様の帰りを待っていたら……
「貴女たち、何をしているの?」
私を取り巻く令嬢たちに、果敢にも声をかけてきた人がいるのね?
顔を上げると、スカートの隙間から見えた見覚えのある姿に、私の警戒心が一段上がった。
「フルオリート様……」
そこには、かつて無作法をさらし、長きにわたる謹慎期間を終えたばかりのフルオリート・オランジュが、毅然とした態度で立っていた。
——仕返しをしに来たのかしら?
だとしたらちょっとまずいわ。彼女がもう一度アズ兄様の逆鱗に触れたら……
——彼女の人生が確実に終わるわ。
「オランジュ様だって、ご不満がおありでしょう?ご一緒しませんこと?」
わたしを囲んでいた令嬢のリーダーっぽい一人が、オランジュを誘い、親しげに彼女に近づき手を伸ばしたら、
パシン!!!
「キャッ!!」
オランジュは令嬢の手を、目一杯扇子ではたき下ろした。
——え?何してるの?
「ちょっと! 何をするんですの?!」
「酷いですわぁ!!オランジュ様だって以前はずっと文句を言っていたじゃない!」
令嬢が一斉にオランジュ様に向かって文句を言いだしたけど、これ以上騒ぎを広めるわけにはいかないわ。
——どうしましょう?
「お黙りなさい!!私はあなた達に口を開くことを許可しておりませんわ!」
オランジュ様が、上位貴族のマナーをここぞとばかりに使って、令嬢たちを黙らせたわ?
こちらに近づいて来たけど……
周りにいた令嬢たちは、オランジュ様のあまりの気迫に押され後ずさりをし、私と彼女の間には、ぽっかり空間ができている。
オランジュ様は、そのまま私の目前まで来て立ち止まった。
——何か言われる?
どうしましょう。厄介でしかないわ。
私は彼女の立場が心配になり、どうするのが正解だろうと、頭の中でシミュレーションをしていたのに、
「シュピネル様……」
——どうする?!
お願いだから余計なこと、言わないでよ?!
「先日は本当に申し訳ありませんでした。私が無知すぎたせいで、御三方には本当にご迷惑をおかけしました。
「謹慎中貴族社会とは何かを、自分の置かれている立場とともに、家庭教師に散々叩き込まれましたわ」
「いかに自分が傲慢な考えだったか、そして、シュピネル様がいかにお優しかったのか、身をもって知ることとなった所存です!」
オランジュは、私の足もとに跪き、盛大に懺悔をしてきた。
「あの、フルオリート様、お顔をあげてくださいませ。謝罪は十分承りましたので、どうか立っていただけませんか?」
私は椅子から降りて、オランジュ様の側へ行き腕をとって立ち上がらせた。
——びっくりした。全くの別人じゃない。
「シュピネル様……なんとお優しい。ここは、私にお任せください」
オランジュ様は熱意のこもった目で周りを見つめたあと、勇ましく取り巻いている令嬢達に振り返った。
「シュピネル様が何も言い返さないのをいいことに、貴女達、言いたい放題言っているようだけど、いいこと教えて差し上げましょうか?」
オランジュ様が、少し離れた位置から見ている取り巻きにも聞こえるように、声を張って話し始めた。
「このお方は、この学園内では王太子さま、リリ姫様、アズール様に次ぐ序列のお方ですわ」
かつてのオランジュ様同様、無知な令嬢たちの顔色が一斉に悪くなっていく。
「あなた方では、到底手の届かない位置におられる方だと言うことを、知らないのかしら?」
私自身は大層な人間じゃないけどな……。
「シュピネル様が一声かければ、あなた方のお家なんて吹けば飛びますわよ?」
それはまあ、本当のことね。
だから私はやみくもに、言葉を発することができないのよ……
「も、申し訳ありませんでした!」
「そ、そんなつもりはなかったのです」
「彼女に言えって言われて!」
「何よ? 私のせいにするの?」
謝るのか喧嘩するのか、どっちかにしてほしいし、いい加減にうっとうしいわ。
「喧しいですわ! シュピネル様がお疲れだと分からないのですか? 立ち去りなさい!!」
オランジュ様の一喝に、蜘蛛の子を散らすように令嬢たちは去っていった。
「なんだ? ティト、いつの間にか手下ができたのか?」
アズ兄様がくすくす笑いながらやってきた。
「グランディエラ様、先日は大変申し訳ありませんでした」
オランジュ様はまた膝をついて謝っている。
——本当に、反省したのね。
「わかってくれたならいいよ。ティトを守ってくれてありがとう」
オランジュ様はあんなにも好きだと騒いでいたはずのアズ兄様に褒められたのに……
——顔色一つ変えなかったわ。
アズ兄様に、今は何の感情も持っていないみたいだけど……。
「グランディエラ様、滅相もございません。シュピネル様令嬢たちの露払いなどは、今後私がいたします。いつでもお声掛けくださいませ」
私を見つめるオランジュの瞳に、なぜか尊敬と親愛がこもっているわ……
——ん? なんだろこの感じ。
ダリエとロアに近いというか……
——ソフィアに近い?
私は、どうやら知らないうちに、狂信者を手に入れてしまったみたいね……




