魔族の国はブラックだ
ツァオバライ商会に行った日から、幾日か過ぎたけれど、私達に特別な変化はない。
強いて言えば、王子とリリお姉様が以前に比べて仲良くなったので、毎日が平和だわ。
「ティト様は、週末のパーティーには参加なさるのですよね?」
授業の合間の休憩中に、ダリエが隣から話しかけてきた。
週末に、ユング王子とリリお姉様の婚約式があることは、貴族ならば誰もが知っている。
「ええ、光栄なことに、二人から参列しても良いと、お招き頂いたわ」
二人とは仲良くなれたけど、正直、正式なパーティーとなると気が重い。
「ティト様のパートナーは、やはりアズール様なのですか?」
ロアは、探るわけでもなく、素直にパートナーを尋ねてきた。
婚約したことを知らせることもなく来たけど、隠すつもりはない。
「ええ、婚約式のパーティーには、アズール様と共に参列いたしますわ」
ダリエとロアに伝えたつもりが——
「え?!」
「うそよ!!」
「嫌ぁ!!」
どうも、私の声は他の人にも通ってしまったみたいだ。
あちこちで叫び声が湧き上がってるわ……
聞こえなかった人も「なんだなんだ」と叫び声に興味を持ったので、あっという間にクラス全員に知れ渡ってしまった。
「あ……も、申し訳ありません!」
ロアが青い顔をして、迂闊なことをしてしまったと慌てている。
「ロア、アズール様のことは、隠してなどいないから、気にしなくてもいいわよ?」
周りの耳目が煩わしいと感じながら、私はロアに声をかけた。
「で、ですが……え? 隠してない?」
ダリエとロアは、言葉の意味に気づいたのか、期待に目をキラキラさせながらこちらを見ている。
「私は先日、正式にアズール様と婚約いたしました。なので、問題ありませんわ」
憶測でコソコソ言われるより、ハッキリさせたほうがアズ兄様にとってもいいわよね?
ギャーーー!!
私は敢えて声を張って発言したので、ダリエとロア以外のクラスの令嬢が、一斉に叫び声を上げた。
パニックになる前に、教壇に先生が戻られたので、私は特別困ることはなかった。
***
「ティト、サロンに行くよ」
授業後、捕食者の目をした令嬢達が、ギラギラしながら私に狙いを定めていた時に、アズ兄様が迎えにきてくれた。
「アズール様……ちょうど良かったです」
私の背中には今、ビシビシと視線が突き刺さっている。
皆の心の声は授業中ずっとダダ漏れだった。
(何で?!)
(嫌よ)
(嘘よ)
(ダメよ)
(騙された!)
(ずるいわ)
(いいな)
能力を閉じていたのに、思いが強かったのか、無限に聞こえてきて、もうウンザリだ。
「ティト、どうかしたのか? 顔色が……」
心配したアズ兄様が私の顔に触れたら……
「きゃー!!」
「嫌ぁー!!」
「もうやめてぇ!!」
盛大な叫び声が教室内にこだました。
「……アズール様、参りましょう」
あまりの煩さに、私はアズ兄様を引きずるようにして教室から離れた。
「ティト、さっきの叫び声は何だったの?」
アズ兄様は令嬢の発狂ぶりに引いてしまったようで、恐る恐る尋ねてくる。
「週末のパートナーの話から、ダリエとロアに婚約したことを伝えたら、聞き耳立てていた方達が、ああなりました」
2人での会話は、基本的に防音にしているので、婚約の話をしても、廊下ですれ違う令嬢達に被害はない。
「なんだ、まだ言ってなかったのか?」
アズ兄様は納得しつつ、少し不服そうだ。
「聞かれない限り、こちらから情報を流してオモチャにされる気はありませんわ」
令嬢にとって、他者の婚約の話などは大好物の話題だ。
「それもそうか。俺は翌日に聞かれたけど……騒ぎにはならなかったな」
アズ兄様は「なんでだ?」と首を傾げた。
「それは男女の違いと、アズ兄様の立場だからですわ。下手なこと言って印象下がったら、貴族は困るでしょう?」
いずれ宰相になるのだし……
「確かに、俺は『絶対忘れない』しな」
能力的にも、敵に回すと怖い人よね。
話をしながらサロンに着いたけど、まだ誰も来ていなかった。
アズ兄様と話をしながら待っていたら——
バングルがチカチカッと光った。
「ティト、チャコさんから通信きてるよ」
アズ兄様に促され、部屋の隅に行き、防音魔法をかける。
「チャコ姉、何かありましたか?」
私のバングルは、国外にいるチャコ姉としか使わないので、光ったらチャコだ。
『久しぶり。実は賢者ティトに調べて欲しいことがあるの』
防音魔法を使っていて良かった。
——チャコ姉は迂闊すぎる。
周りに他人がいたらどうするつもりなの?
私はやれやれと思いながら、とりあえずチャコ姉の話を聞いた。
『捕まえて保護した魔族から直接聞いたんだけど、幹部は24時間年中無休らしいの」
——それ、どこのブラック企業ですか?
「魔族は魔王の支配下だから、拒否できないらしいわ。魔王のわがままで、今は眠ることすら難しいみたい』
社畜だわ……めっちゃくちゃ可哀想。
「魔王軍って、そんなに過酷なの?」
なんでまたそんなことに?
『ティトも私と同じことを聞くのね? 魔族と魔物は、魔王の支配からは逃げられないんだって。だから、辞めたくても辞められないのよ』
——洗脳でもされてるのかしら?
『人格も否定されて……もう逃げたいって言って泣いていたわ』
それは……泣くわ。
「それ、軍として成り立ってるの?」
人間の敵とはいえ、あまりにも悲惨ね。
『それが、今の魔王は、かなり弱いはずなのに逆らえないから、なんとか成り立っているの』
——なんで逆らえないのかしら?
『……魔族を支配下に置く物でもあるんじゃないかって話よ』
そんなものがあるなら……
——私なら、破壊一択だわ。
「それは、使われる側はかなり辛いわね」
私は見た事の無い魔族に、同情してしまう。
『実際ボロボロよ。魔王は根性論を翳すし、できないことは全て部下のせい』
——うわ、前世の上司だわ。
『幹部も疲弊してどんどん倒れて……無理難題を熟せなければ減給。食事すら取れなかったみたい……』
チャコ姉は、魔族の国の魔王は最低だけど、殺すのは忍びないとのことだった。
『……命を取らず、魔王の支配から外れることができないか、後、可能なら、魔族を人間に戻す方法はあるのか調べてくれないかな?』
ゴルドファブレンは勇者資料館があるし、調べることは可能だわ。
——討伐は任せてるし、協力しなきゃね。
「分かった。話を聞く限り今の魔王、最悪ね。かつての職場を思い出しちゃった。気分が悪くなったわよ」
——食欲がなくなったわ
「物凄く腹立つし、すぐに調べてみる。じゃあ、チャコ姉、また連絡するね」
通信を切り振り返ると、全員揃っていた。
「ごめんなさい! お待たせいたしました」
私は急いで席につき、何から調べようかと考えながら、食べる気をなくした昼食を頂いた。




