爽やかな笑顔
箪笥に記憶をしまった瞬間に意識をなくすと、私はそのまま深く眠っていた。
——いつの間にか朝になっていたわ
なんとなくまだ覚醒できず、横になったままぼんやりしていたら
「ティトお嬢様、おはようございます。今朝は良い天気ですよ」
ソフィアがカーテンを開けてくれた。
朝の光が部屋いっぱいに広がり、私はゆっくりと身体を起こした。
「おはよう、ソフィア。今日もよろしくね」
昨夜、記憶の修復をしたせいか、ソフィアを見るとなんだかホッとした。
「……お嬢様、眠りが浅かったのですか?」
ソフィアは眉間に皺を寄せ、こちらをじっと観察している。
——どうやらお見通しらしい。
「ちょっと、能力の問題かな? 大丈夫よ、体調は悪くないわ」
ちょっと、気落ちしただけかな?
「体調は……ですよね? お嬢様、何か辛いことでもございましたか?」
ソフィアは近寄ると、ベッドの脇に跪いて私の顔色を確認し、温かいお茶を淹れてくれた。
「辛い? そうね、もしかしたら、あの頃は辛かったのかもしれないわね……」
当時は何かと忙しくて気づいていなかったけど、私の気持ちは辛かったのかも。
「あの頃というのは、お嬢様の前世のお話でしょうか?」
ソフィアは、私にお茶を持ってくると、サイドテーブルにそっと置いた。
「そうね、頭の中の記憶の部屋みたいなところで、傷ついた記憶の修復をしてるのよ。懐かしいけど、ちょっと疲れちゃうのよね」
私の話を聞いたソフィアは、難しい顔のまま
「それって、あまり見たくない記憶ではないですか……見なきゃだめなのですか?」
傷ついた記憶だから、楽しくはないわね。
「条件か、気持ちの問題かはわからないけど、急に始まるし、修復が終わると意識は戻るの。避けるのは難しいのかもしれないわ」
きっと何かきっかけがあるのよね。
「避けられないなら、難しいですね……」
ソフィアは考え込んでいる。
「ソフィア、大丈夫よ。過去の出来事だから今の私へのダメージは少ないわ」
頭の中にいた時と違って、前世の記憶はあまり現実味がない。
「頭の中では、私には何もお手伝いすることができません。なので、お嬢様、絶対無理をしないでくださいね?」
(お嬢様の頭の中に入れたらいいのに!)
心が貫通しているソフィアは、先ほどから話をしながら、テキパキ朝食の準備をしている。
昨夜のうちに、部屋食の手配をしてくれていたみたいだ。
「ありがとうソフィア。さ、早く食べて学園に向かう準備をしなきゃ。遅くなってしまったわ」
私は少し急いで準備された朝食を食べ、制服に着替えると、玄関ロビーに向かった。
***
「お嬢様、行ってらっしゃいませ」
深々と頭を下げているソフィアに見送られ、私はアズ兄様のもとへ向かう。
アズ兄様は馬車の外に出て、私が馬車に乗るためのエスコート役をしてくれた。
「アズ兄様、おはようございます」
スマートな対応、ありがとうございます。
「おはようティト、行こうか」
アズ兄様の朝から爽やかな笑顔を、眩しく感じながら馬車に乗り込む。
「ヘルグ兄様、おはよう」
なぜか渋い顔をしたヘルグ兄様には、軽めの挨拶をした。
「……ティト、おはよう。おい、アズール、お前、もう少しなんとかならないのか?」
ヘルグ兄様は、私に挨拶すると、アズ兄様に文句を言い出した。
「ヘルグ兄様、どうかなさったの?」
朝から渋顔なんて、珍しいわね?
「ん? どうって……俺じゃなくてアズールに聞いたほうがいいよ」
ヘルグ兄様は、これまた珍しく行儀悪くアズ兄様を指差した。
アズ兄様を見ると、ヘルグ兄様とは裏腹に眩しい笑顔のアズ兄様がいる。
「アズ兄様は、ずいぶんご機嫌ですね? 何かあったのですか?」
私は素直に聞いてみた。
「何か、か……あったよ。すごく嬉しいこと。早く週末になってほしいよ」
そう言って、ニコニコしている。
よくわからないけど、とりあえずご機嫌なら良いかと、それ以上は追及せずにおいた。
「そういえば、ユング王子とリリ様は、あれからどうなりましたか?」
私は、学園に行くならば、何よりも2人のことが気になっていた。
「ああ、ティトには先に伝えるけど、昨日のうちに二人は婚約者として内定したよ」
アズ兄様は、さらっとおめでたい話をしてくれた。
「内定ですか? 良かった。ふたりの関係はうまくいったのですね」
——良かった。ちゃんと話ができたのね。
二人は思い合っていたし、問題ないわね。
「今度、ナトゥーアの国王が挨拶がてらやってくるらしいよ。婚約式はその時にやるんじゃないかな?」
ヘルグ兄様も、すでに知っていたようだ。
王子の側近と専属護衛騎士だけあって、さすがに情報が早い。
「リリお姉様は、ナトゥーアの姫様だったわね……そういえば、お姉様は、今は王宮に滞在されているの?」
先日、馬車で家まで送っていただいたけど。
「リリは離宮に滞在してるよ。これからはユングと一緒に来るんじゃないかな?」
アズ兄様はそう言って、笑った。
「ユング王子のことだから、内定したならリリ様を側から離さないだろうな」
ヘルグ兄様も笑いながら話をしている。
2人とも嬉しそうで、私もなんだか嬉しくなってきた。
「ユング王子とリリお姉様の婚約かぁ、楽しみですね」
私がそう言うと、アズ兄様とヘルグ兄様はピタリと動きを止めて
「まあ、ユングのことだから、朝からリリに怒られてそうだよな?」
照れ隠しなのか、アズ兄様はユング王子を小馬鹿にし、
「確かに、王子は朝から怒られてしょぼくれてそうだよな」
ヘルグ兄様も、同じ気持ちなのか若干早口になっていた。
「アズ兄様もヘルグ兄様も、ユング王子のことを素直に祝えばいいのに……」
私に突っ込まれ、気まずくなった二人は、互いの顔を見て気まずさが面白かったのか、二人同時に笑い出した。
笑い声の賑やかな馬車は、学園の入り口に静かに到着した。




