紅茶と薔薇の香り
お互い言葉も砕けて、気安いやり取りができるようになったけど到着してしまった。
「ティト、また相談乗ってくださる?」
リリお姉様は、名残惜しそうに尋ねてきた。
「私で良ければ喜んで。到着したので失礼致します。送って頂きありがとうございました」
人の恋話は楽しいものよね?
「では、ごきげんよう」
と挨拶を交わして、馬車から降りる。
来た道を戻って行く馬車を見送っていると
「お嬢様、おかえりなさいませ」
ソフィアが迎えてくれた。
でも、私はまだ帰宅するつもりはない。
「ソフィア、私、今からアズ兄様とヘルグ兄様と共にツァオバライ商会へ向かうの。だからこの荷物を部屋に持って戻ってくれるかしら?」
学園鞄をソフィアに渡す。
「畏まりました。夕食は、こちらでお召し上がりになりますか?」
……どうかしら?
「また、分かり次第連絡するわ」
ソフィアとやり取りしていたら、アズ兄様の馬車がやってきて前で止まった。
「ティト、待たせた?」
中からアズ兄様が降りてきた。
「丁度今着きました。リリお姉様の馬車とすれ違わなかったですか?」
見ていたら気付くはずでは?
「馬車の中でやる事があったから、外を見ていなかったんだ。待たせてなかったなら良かったよ。行こうか」
アズ兄様が手を出している。この距離でもエスコートしてくれるらしい。
——紳士だわ。
「ソフィア、行ってくるわ」
私はアズ兄様に手を引かれ、馬車に乗った。
「行ってらっしゃいませ」
ソフィアが深々と頭を下げている。
アズ兄様が隣に座った馬車の中、向かいにはヘルグ兄様もいた。
馬車が進むと、3人とも「はーっ」と深々とため息が重なった。
「お兄様達、お疲れですか? 帰りに何があったのですか?」
なんだか2人して疲れてるわね?
「ティトも疲れてないか?リリ嬢に何か言われなかったか?」
ヘルグ兄様に心配されたけど、私なんかよりも、2人、特にアズ兄様が疲れてそうだ。
「念話にしていいか?口にするのも煩わしい」
アズ兄様は首元のタイを緩め念話を希望した
(繋ぎましたよ。一体何があったのですか?)
(ティトを見送った後、馬車の中で書類チェックしてヘルグを待とうとしたら……囲まれた)
アズ兄様は、項垂れている。
(行った時凄かったよ? アズールの周りに令嬢が3重くらいの人垣になっていたんだ)
ヘルグ兄様は苦笑いだ。
(3重? 何かしたんですか?)
(……俺はティトを可愛がっていただけだ)
(アズールがティトを愛でているのを目の当たりにして、令嬢達がバカな夢を見て、自分も愛でろとこぞってアピールし始めたんだ)
(うわっ……今までは違ったの?)
(アズールは、徹底的に人を寄せ付けなかったからな、ユング王子と俺くらいだろ? たまにリリ嬢と真顔で2、3言話すくらいだ)
(そんなに? アズ兄様が?)
アズ兄様を見たら、渋い顔をしている。
(ああ。人嫌いのアズールが、ティトにベタ甘な行動をしたワケさ。人嫌いな状態でも人気があったアズールが優しく接したら?)
(あー、それは……ダメですね)
(その姿を見た令嬢達が、熱意をそのままアズールに向けて「自分も優しくして欲しい、自分の方が相応しい!」って騒ぎ立てたんだ)
ヘルグ兄様は、同情のこもった眼差しでアズ兄様を見ている。
(うわ、面倒くさい)
(……そこらの令嬢と、ティトを同一に並べないで欲しいよ)
アズ兄様は顔に手を当て天を仰いだ。
(アズールはそう思っていたけど、令嬢を無碍にしては、ティトに余計な迷惑がかかると思って丁寧に誘いを断っていたんだ)
(アズ兄様……ご迷惑をおかけしました)
アズ兄様は緩く頷いている。
(ただ、それが不味かったんだ。令嬢達はその姿すら目新しくて、さらに火がついて大騒ぎ。そこに俺が来てやっと解散したんだ)
(想像できちゃいました。でも、なんで私がいた時は大丈夫だったのですか?)
(ティトは高位貴族だろ?あの時はリリも一緒にいたからな。見送った途端囲まれたんだ。目の前に見えている馬車までが遠かった……)
アズ兄様は疲れが酷いのか、馬車の背もたれと一体化している。
(ウンザリしてますね?お疲れ様でした。アズ兄様、私のために我慢して頂き、ありがとうございます)
私がアズ兄様を見上げてにこっとしたら、
(ティト、ちょっと癒されていい?)
アズ兄様がしょぼくれながら尋ねてきた。
(? どうぞ? ……!?)
私はアズ兄様にふわっと抱きしめられた。
「(はぁー、癒される)」
(アズ兄様、言葉にも出てますよ?)
仕方がないから、背中をポンポンしておく。
(ティトは平気なんだ。可愛いし、話も合うし、可愛いし。他のは無理だ)
アズールは猫の様に頭をグリグリしながら擦り寄っている。
(アズール可愛い2回言ってるぞ? 相当嫌だったんだな?)
(アズ兄様、これから大丈夫ですか?私の噂への対処のせいで、アズ兄様の防壁がなくなったのですよね?)
(……大丈夫だ)
全く大丈夫じゃない声のトーンをしている。
(なにか、私に出来る事ありますか?)
(出来る限り一緒にいてくれないか? 基本的には王子とヘルグが一緒だから問題ないが……1人になるのはマズイ)
アズールは、先程の状況を思い出したのか、ブルブル震えてる。
(分かりました。1人になりそうな時は、念話を飛ばしてくださいね。駆けつけますよ)
可哀想なので背中をヨシヨシと撫でておく。
(ありがとう。頼むよ……ティト、なんだかいい匂いがするな? 何か付けてるのか?)
(アズ兄様、褒めてくれるのは嬉しいけど、でも、嗅ぐのはどうかと思うわ……)
(……ごめん)
アズ兄様は謝ってはいるけど不満そうだ。
(この香りは、ソフィアが紅茶とバラでオイルに香りをつけたのよ。いつもお湯や髪に少しつけてくれるの。私も大好きな香りよ)
(アズール、侍女のソフィアは、昔からティトに対しての力の入り方が凄いと思わないか?)
(確かに、外さないよな。今度この香り分けて貰おう。自分も纏えばリラックス出来るかな)
(アズールそれはやめた方がいいぞ?お前から甘い香りがしたら、更に女が群がるぞ?)
アズ兄様はビクッとして、ギュッと私にしがみついた。
(アズ兄様は、今のままでもいい香りですよ。今度紅茶とバラを、サシェにしてお渡しします。癒されたい時に使ってください)
会話がないので、一見静かな馬車内だった。
でも、抱きしめられている私の心の中は一見冷静に振る舞っているけど……
——嵐のような大騒ぎだった。
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