『能力診断』の日
▪️時は少しだけ遡り、ティーフロート7歳
閑静な街並みを抜け、馬車の動きは徐々にゆっくりになる。
目的地に到着したのかな?と外を覗いてみると、馬車の窓の先には、歴史を感じさせる神聖な神殿が佇んでいる。
重厚で大きな両開きの扉は閉じているが、扉の脇に大人が屈んで出入りする、小さな扉が控えめに開いている。
「お父様、神殿の大扉が開いていないようですが…………」
私は不安と少し期待の籠った眼差しで、向かいに座る父に伺いを立てた。
今日は『能力診断』の日。
ゴルドファルベン王国では、貴族も平民も7歳を迎えると神殿にて『能力診断』を受ける。
皆、能力は必ず授かる。一目でわかる能力もあれば、ぱっと見では気付かない能力もある。
本人も分からない場合があるので、把握させるためにも、7歳になると『能力診断』をする。
上質な真っ白な長袖のワンピースに、揃いの白い靴。まだ少し肌寒いからと、膝上にはふわふわな淡いクリーム色の膝掛け。
私はその角をぎゅっと握り、緊張した面持ちになっていた。
「大丈夫だよ、時間通りだ。もう馬車から降りるよ、ティト」
父はそう言うと、止まった馬車の外へさっと出て行った。
父に連れられて、神殿の小さな入り口まで来ると、中から一人の神官様が顔を出す。
「シュピネル様、どうぞこちらへ」
父は暗く狭い入り口から、頭を打たないよう屈みながら入り、こちらに手を差し伸べる。
「一緒に行こう。高い段差があるから足元に気をつけて」
父の手を取り、言われた通りに足元の梁に気を付けながら、地面より少し高い位置にある扉の中へと進む。
「お父様、中は随分と暗いのですね?瞑想でもするのですか?」
見渡すと、明かりは足元を照らす灯火が数個進行方向にあるだけだ。
迎えの神官が歩くと、神官が手にしている小さな灯火がゆらりと反応する。
「『能力診断』は暗い中でやるからね。余分な光があると診断の邪魔になってしまうんだ。親子だから似ているのかな?私も受けに来た時はティトと同じように考えたよ」
顔が見えていないのに父が、ふっと笑顔になっているのが声でわかる。
暗闇に目が塞がれてよく見えないけど、慣れてくると耳、鼻、肌が音や僅かな香り、空気の流れが感じ取れた。
暗闇は、普段気にも留めていないことに気付かさせてくれた。
「さあ、こちらです」
小さな灯火を手にした神官に促され、手を引いていた父から離れる。
父は数歩後ろで見守っているようだ。
神官の掲げている小さな灯火を頼りに、招かれた位置まで辿り着くと、神官は灯火を燭台に置き、ティトのワンピースの袖口を、肘まで捲り上げてくれた。
儀式の立ち位置と、やり方を教えてくれたので、その通りに準備を進める。
「水盆の中に両手を手首まで沈めて、このまま少しだけお待ちください」
言われるまま両手を水の中に入れてみる
「この水、冷たくないわ?」
目の前の水盆はとても大きく、ティトが寝転べるほどの大きさで、深さは多分肘くらい。
暗くてよく見えないが、盆の内側は真っ黒で所々何かがキラキラと灯火を反射し、お星様のように光って見える。
中の水は暖かくも冷たくもない。水圧を感じるので水であるとは思うが、温度がない。
「では、『能力診断』を開始します。手はそのままで。灯りを消して暗くなったら、水盆の中をゆっくり見つめてください。
水盆を通じて、自分の中を覗くような気持ちで見つめてください。多少動いていただいても構いません」
私はドキドキしながら水盆の中を覗いた。
「焦ったり怖がったりしないよう、気持ちを落ち着けて己を見つめてください。
診断の終わりは灯火を再度付けた後、こちらからお声掛けいたします」
灯火が消えたら、今より暗くなるのね
「能力は自分が知っていれば良いので、とりあえずは口に出さなくて大丈夫です。
灯火を消します。準備はよろしいですか?」
私は一通り神官の説明を受けた。
「はい、よろしくお願いいたします」
返事と共にすっと辺りから光が消え、一瞬目の前に闇が広がる。
呼吸すら邪魔をすると感じるのか、神官と父は息をひそめ、じっとこちらに集中していた。
神官の指示では、水盆の中を自分の中を覗くような気持ちで見つめると言っていた。
——やっぱり瞑想みたいだわ
お父様に聞いた話では、水盆の中は一人一人見える事や感じる様子が違うらしい。
とりあえず見つめてみるけど……
水盆に変化はないように見える。
「……?」
何だろこれ?水盆の底がどんどん遠く、深くなっている気がする。
「……?…………!!」
遥か深く遠い所で、小さく鋭く何かがチカッと光ったと同時に、一瞬で自分の能力を感知し理解する。
それと共に、見ず知らずの複数の映像が、頭の中に一気に流れ込んできた!
(何これ!!なんなの?何が起こっているの?)
「ティト、目を開けてくれ!ティーフロート!!」
(いったい何があったんだ!どうしたんだ!娘は無事なのか!)
お父様の慌てた声がする。
「シュピネル様、落ち着いてください。今、強い癒しの能力を持つ神官が参ります。お部屋をご用意しますので、一旦移動しましょう」
(こんなこと初めてだ!緊張しすぎてふらふらする子はいたが、倒れてしまうなんて!呼吸さえ忘れたのだろうか?虚弱なのだろうか?)
——神官様、お手数をおかけします
私は本来元気です。なぜか肉体が活動停止しているのです。
——そして心の声が全部聞こえております。
「急いでくれ!部屋の案内を頼む。娘は私が連れて行く!」
(馬鹿野郎ふざけるな!落ち着いてなんかいられるか!早く癒しの神官に見せなければ。ああ!何でこんなことに……)
ゆらりと持ち上がる感覚がある。
お父様に抱き抱えられたようだ。普段は温厚で穏やかなお父様、その心の内ではかなり口が悪いのですね?
初めて知りましたが、私を心配してのことなので聞かなかったことにいたしますね?
抱き抱えられてゆらゆら揺れているからか、何だか眠くなってきました。
酷く疲れたようです。お父様、心配かけてごめんなさい。今は少しだけ眠ります。
お休みなさいませ。もしもこのまま起きなかったら……その時は……ごめん……なさ…………
けれど、眠った先で私を待っていたのは
「終わり」ではありませんでした……




