3人の少年
「ユンググリューン・ゴルドファルベン第一王子殿下が入場されました」
僕は、王家に相応しい凛とした佇まいだと褒められるように、一歩ずつ前に進む。
「パーティー会場には遅れたけど、パーティー用の衣を身に纏うと、気分が高揚するよな」
衣装は気に入っているけど、あどけなさが残る面立ちは、少しだけ気に入らない。
「この髪型、そろそろ変えたいよな」
フワリとした柔らかな光を纏った金色の髪の緩い編み込みの先を軽く払う。
「この髪型が中性的だから、可愛いと言われてしまうんだ」
グリーンの瞳の色は父に似たけど、優しそうに見えるのは母譲りだから、そのせいもあるだろう。
壇上に上がり、一斉に頭を下げている来場者全体を見渡す。
「皆、頭を上げよ。今日は硬くならず、ゆるりと楽しんでくれ」
良く通る声で一声掛けると、ザッと音がするように皆頭を上げた。
——色々な視線がこちらを見ているな
子供たちはこちらに対して、概ね好意的だ。
「この後は、高位貴族の子供から順番に挨拶に来る予定になっています」
背後の護衛がこの後の流れを伝えてきた。
今日は『能力診断』を終え、10歳になった子供たちとの顔合わせだ。
「成長した暁には、側近や妻に迎える子もいるのかもしれない。交流は大事だな」
会場の端から、よく見知った顔が、上品かつ物凄い足早にこちらに向かって来る。
——アズールも遅刻か?珍しいな
「最大限の敬意を込めて、ご挨拶致します」
アズールは優雅に左胸に手を置き、綺麗な角度で頭を下げると、黒髪と深く透き通った青空色の瞳で、睨みつけてきた。
——整った顔立ちは、相変わらず冷たそうだ
素早くこちらに来たくせに、全く息も乱れていないじゃないか。
——コイツ、全く隙がないよな。
アズールは何事もなくいつもの定位置、右斜め半歩後ろへ収まる。身長が、僕よりも拳ひとつ高いのが正直気に入らない。
ちなみに、左斜め後ろには同年代の護衛騎士見習いが付いている。
ヘルグラウは護衛なだけあって、とてもガタイが良く拳二つは大きい。
挨拶を受けるため、3人で中央に移動する。
「アズールが慌てるのを見たのは、ずいぶん久しぶりだな。何があったのか?」
彼の姿を見なくても分かるが……
今、右斜め後ろから、冷たい空気が流れて来ている。深く透き通った青空色の瞳は、冬のキリリと冷たい青空色になっているだろう。
「殿下と落ち合う予定の場所に向かったはずなのですが、時間になっても現れませんでした」
——かなり怒ってるな
「お迎えに行く途中、メイドから既に会場に向かわれたと聞き、急ぎ戻って来た次第ですが、殿下達は一体どちらに?」
スラスラと無感情な喋り方は、抑えた分だけ圧を感じる。
「済まない。王宮ロビーの階段下でシュピネル家の令嬢が倒れていたんだ。だからヘルグラウにゲストルームまで運んでもらっていた」
こちらこそ予定外だったんだぞ?
「ロビーね階段下ですか? 誤って落下でもしたのですか? 怪我などは?」
無表情ではあるが令嬢を心配している。アズールは冷血ではないのだ。
「いや、怪我は無かった。念のため宮廷医官に診断させたよ。何事も無かったからヘルグラウに運ばせたんだ」
アズールは、何があった?と目で訴えている。
「ヘルグラウ 、運ぶ時はどうだった?10歳の割に、だいぶ小さかったよな」
とりあえず、アズールの視線が怖いので、護衛騎士見習いのヘルグラウを会話に巻き込んだ。
ヘルグラウは、銀灰色の髪にアッシュグリーンの瞳で、人柄の良さが一目で分かる見た目だけど……怒らせたら多分一番怖い。
「10歳の令嬢だと、小さめな方もいますが……若干小さかったように思います。倒れているのを見た時はヒヤッとしましたね」
ヘルグラウは、クスッと思い出し笑う。
「診断後に運ぶ時は、すやすやと眠っているようにしか見えませんでしたけどね」
——彼女は、ただ眠っていただけなのか?
「何にせよ無事で良かった。大方、道に迷って歩き疲れたんだろう」
僕の言葉に、ヘルグラウも同意した。
「令嬢が外で眠るのは、流石に警戒心がなさ過ぎるから、シュピネル家の奥方には気をつけるよう伝えたよ」
慌て様から見るに、彼女は元々体が弱いのかもしれないな。
「きっと帰ったら、母君のお説教が待っているだろうな」
——可哀想な事だな
「殿下はお優し過ぎます。令嬢が王宮ロビーの階段下で眠り、しかも、殿下のお手を煩わせるなど、完全な失態ではありませんか」
おっと、アズールの怒りが令嬢に向いてしまったか?
「まぁ、そう非難してやるなアズール。初めての王宮で緊張したんだろう」
——僕に向かう苛立ちを令嬢に移すな
「医官が見た時、靴擦れです血が滲んでいた。なあ、ヘルグラウ 、令嬢は大変だよな?」
アズールを何とかしてくれ、ヘルグラウ!
「あー、確かに……白にライラック柄の綺麗なドレスと揃いっぽい靴は血だらけでした。あの靴はもう使えないだろうなぁ」
ヘルグラウの言葉を聞き、アズールの顔色がサッと変わった。
「……白と、ライラック?」
アズールの目が泳いでいるが、なぜだ?
「アズール、どうかしたか?」
なんでアズールが気まずそうなんだ?
「……その、令嬢の髪の色は?」
なぜ、覚悟が決まった顔をしてるんだ?
「んん、黒?いや、濃い紫、黒い紫だったかな? 殿下分かりますか?」
ヘルグラウは上手く表現できないようだ。
「紫黒だな。シュピネル家当主と同じ色だ」
アズール?額に手を当てて唸っているのは、なぜなんだ?
「ゔぅ……私のせいかもしれない」
お前、一体何をしたんだ?
顎に手を当てて、考え込んでいるアズールが非常に気になるが、立場上挨拶を受けなければならない。
「呑気に喋っているわけにはいかないか」
僕は来客と次々と挨拶を交わし『能力診断』の祝いの言葉を述べる。
第一王子の立場は高い。
「……退屈だ」
歓談の時間になっても、王子の立場があるから、皆、良いことしか言わないので、つい、本音が口から溢れた。
「思っても口に出さないでください」
周りに聞こえない声でアズールに怒られた。
私に平気で物申すのは、乳兄弟のアズールと護衛のヘルグラウだけだ。
「あと少しです。笑顔貼り付けてください」
ヘルグラウは基本的に優し……優しいか?
僕は、2人にはなんだかんだ甘えている。
歓談の切れ間に、挨拶を済ませた令嬢達に話しかけられた。
「あのっ、殿下にお尋ねするのは違うのかもとは思うのですが、先程からシュピネル様のお姿が見られないのですが……」
「会場にはいらっしゃらないのでしょうか?」
2人組の令嬢だ
「彼女の知り合いかな、探しているのかい?」
——知り合いなら、伝えた方がいいかな?
「いえ、今日初めてお会いしたのですが……お見かけした時に顔色がすぐれなかったので気になっていた所、退席なさって……」
「王宮噴水の方へ、1人で向かわれた姿はみたのですが、今もお姿が見えないので心配で……」
2人の令嬢は緊張しながらも、必死に此方に伝えてくる。
僕に話しかける口実や、悪意ではなさそうだ
「シュピネル家の令嬢は、体調を崩され既に会場を去った。医官に診せたけど特に問題はない。心配せずにゆっくり楽しむといい」
2人はほっとして、顔を見合わせ微笑んだ
「ありがとうございました。殿下のお時間をいただき心よりお礼申し上げます」
2人は深々と礼をして、仲良く連れ立って去っていった
「又、世話をやいているのですか?」
ヘルグラウから呆れた声と、クスっと笑いが漏れてきたが、聞かなかった事にする。
「歓談の時間も頃合いだ。僕もそろそろ退席する時間だ」
僕が席を立つと来客は会話を止めて、一斉に此方に注目した
「殿下の退出です!」
進行役の声に、皆が又頭を下げる。
その姿を視界にとらえながら、アズールとヘルグラウと共に庭園を出て王宮内に戻った。
「……殿下」
アズールよ、この世の終わりのような空気で僕を呼ぶのは止めてくれないか?
「アズール、一体何があったんだ?」
私室に戻りジャケットを脱ぐ。
少し寛いだ気分になった私は、立ったままのアズールをソファーに座らせた。
「失敗……しました」
アズールは、なぜか顔を手で覆ったまま天を仰いでいる
——何を?いつ、何をしたんだ?
「何の事だ? 僕なら分かるが、普段から隙がないアズールが失敗とは聞き捨てならない」
この完璧超人が、失敗だなんて、面白すぎるじゃないか!
「や、ユングは頼むから失敗しないでくれ! やらかしたのは俺だ」
アズールは僕にツッコミを入れた後、シナシナとソファに沈んだ。
「俺はシュピネル家の令嬢に、倒れる前に噴水で会った。2人組の令嬢が、シュピネル嬢が顔色悪く退席したと言っていただろう?」
心配していた令嬢達か?
「シュピネル嬢に会ったのが失敗って、まさかアズール、何かしたのか?」
いや、アズールに限ってそれはないか




