誤解と理解
ある朝、校舎内に入ると、廊下に令嬢達の人だかりが出来ていた。
——なんの集まりだ?
あの場に、掲示板などはないはずだが……
「不真面目にする意味が全くわからないわ」
近づいていくと、ティトの視線の先には、令嬢に取り囲まれながらも笑顔を振りまいているティーゼフがいた。
——まるで昔のアズールだな。
「あいつ、よくあの状況で笑顔になれるな。俺には無理だ……ティト、行こう」
横に目を向けてみたら、アズールは思い出すのも、見るのも嫌なのか、ティトの肩に手を置き、足早に通り過ぎていった。
——ちょっと話してみるかな。
「……ティーゼフ。久しぶりだな」
俺は久しぶりに会った年下の幼馴染に、興味本位で声をかけてみた。
「あ! ヘルグラウ様! ごめんね、予定ができたからまたね」
ティーゼフは、令嬢達の壁を掻き分け、俺の元へきた。
「大丈夫か?」
令嬢達に触られまくったのか、ティーゼフは、あちこち着崩れている。
「ったく、距離感がおかしな令嬢ってなんなんでしょうね?」
ティーゼフはさっきまで笑顔だったのに、途端に迷惑顔だ。
「なんだ、喜んでいたんじゃないのか」
ティトも、アズールも勘違いしていたぞ?
「一人二人なら嬉しいけど、さすがにあの量は怖いですって……でも、邪険にもできませんから」
やっぱり、今でも真面目じゃないか。
「ティーゼフ、お前損な性格してるな?」
完全に誤解されていると思うぞ。
「えー、なんか酷いな。それより、ヘルグラウ様、助けて頂きありがとうございました。お久しぶりですね!」
ティーゼフは、人懐っこい笑顔で手を差し伸べてきた。
「ああ、元気そうだな」
俺はティーゼフと握手をした。
「俺、編入後は騎士科に入りました。後輩として可愛がってくださいね」
——騎士科に?
「お前は、魔法科だと思ってたよ」
確か、得意だったよな?
「まあ、そうする予定だったのですが……」
ティーゼフが、困ったように笑っている。
「能力絡みか。すまん、余計なことを聞いたな。騎士科なら俺も今、指導の手伝いしてるから、よろしくな。じゃあ、また」
——そろそろ、教室に戻さなきゃな。
「はい、またゆっくり話でもしましょう!」
ティーゼフは、元気よく手を振って教室に向かって走っていった。
「あいつ、昔から俺の前ではかなり素直なんだけどな……」
親友達から、理解されないティーゼフを不憫に思いながら、俺も訓練室へ向かった。
***
「貴方という人は……何度、同じことをお伝えしなければなりませんの?」
オランジュが、声を荒げているわ。
——また、ティーゼフね?
アズ兄様と教室に向かっていたら、後ろからオランジュの叱責する声が聞こえてきた。
「あ、オランジュおはよう! 今日も朝からイライラしてるね? 怒った顔も可愛いよ」
ティーゼフはヘラヘラしながら、オランジュをからかっているのか褒めてるのか、わからない言葉をかけている。
「うるさいですわ。それよりも早く着衣の乱れを直しなさい! みっともないですわ」
オランジュ、頬を染めていては説得力に欠けてしまいますわ……
「あー、やってるな」
後から来たヘルグ兄様が、二人を見て苦笑いをしている。
「ヘルグ兄様、どこにいたの?」
いつの間にかいなくなっていたわ。
「ああ、さっきティーゼフを救出したんだ」
——救出?
「あれは、好んでいたのではないの?」
めちゃくちゃいい笑顔だったわよ?
(ティト、繋いで)
ヘルグ兄様からの念話だわ。
(繋ぎましたわ)
(ヘルグ、どうした?)
(二人とも、ティーゼフを勘違いしてるよ)
(勘違い、ですか?)
(言ったろ? あいつは真面目だって)
ティーゼフを見てみるけど、オランジュに対してヘラヘラ笑っている。
(そうは見えませんわ)
(確かに……昔は真面目だったな)
(あいつは、家族から歳が近いアズールと比較されて育ったから、歪んではいるけどね)
(アズ兄様と比較ですか? それは……無理がありますわ)
『絶対記憶』と比較するなんて無謀だ。
(だから、陰でよく泣いていたよ)
(そうだな。俺の能力がわかるまでは、アイツはかなり厳しく教育されていたよな……)
(それは……ちょっと可哀想ですね)
(しかも、ティーゼフの両親は、俺の能力を知った途端、掌を返したんだ)
(……え?)
(ティーゼフは元々賢かったから、アズールほどじゃないけど、優秀になったアイツを両親揃って持ち上げ始めたんだよ)
(うわ、やな感じ)
(だよな? だからあいつも『今更なんのつもりだ』って、反動で不真面目になったんだ)
(俗に言う反抗期ってやつだな)
アズ兄様は、哀愁たっぷりなため息をついている。
(妙に賢い分、イタズラが親の手に負えなくなって、本家の俺たちに迷惑をかけないようにと、外国に渡ったんだ)
(バカな事はするけど、ちゃんと向き合えば、ティーゼフは理解できるやつだよ)
(俺にも責任あるから、なかなか強くは言えないんだよな)
(お前、昔から気にしてるけど、アズールの責任じゃないぞ? あいつが強かなのはちゃんと知ってるだろ?)
(まあな。ただ、今もバカが止まらないみたいだから、そろそろまともになってもらわないとな……)
アズ兄様とヘルグ兄様が、オランジュとティーゼフに目を向けた時、
「もう! 揶揄うのはやめてくださいませ!」
ティーゼフに振り回されて混乱したオランジュが、足早に教室に入っていった。
残されたティーゼフは楽しそうに笑うと、私達に気付き、手を振り去っていった……
——あの人、肝が太いわ。
(あーあ、フルオリート嬢、ティーゼフに目をつけられたな)
(とりあえず、オランジュが巻き込まれて風評被害を受けなければいいのだけど……)
(アズール、以前のことがあるから、フルオリート嬢はこれ以上グランディエラ家と騒ぎにならない方が良いよな?)
(そうですよね?)
(グランディエラ家としても、このままでは困るから、ティーゼフに声をかけておくよ)
アズ兄様は、眉間にグッと力を入れて天を仰いでしまった。




