風紀委員と問題児
オランジュが話し始めると同時に、先生が来てしまい、残念ながら話は中断した。
「ティト様、小休憩の時にまた聞いてくださいませ」
オランジュの話が非常に気になったけど、私達は侍従専攻の授業に集中した。
授業は『お茶会での侍従のあり方』だった。
グループ内で侍従役を交代しながら、実演後にディスカッションするのだけれど……
「ティト様は、何をやっても完璧ですわ」
ダリエは手放しで褒めてくるし……
「……本当に幸せな時間でしたわよね」
ロアはうっとりしているし……
「ティト様にお茶を淹れて頂くなんて……」
オランジュは打ちひしがれてるわ……
——これ、役に立つのかしら?
教えられた通りに出来てはいるはずだけど、このグループレッスンじゃ、私、ちっとも成長出来そうにないわ……
——今度、アズ兄様達に見てもらおう
実際にお支えする相手に見てもらうのが早いだろうな、と考えていたら、小休憩の時間になった。
***
「オランジュ、聞かせてくださいませ」
待ちかねていた休憩時間になったので、オランジュに話の続きをせがんでしまった。
「……はい。今朝の始業式、私は風紀委員として式典会場に向かっておりました」
——オランジュ、なんだか不本意そうね?
彼女の表情は、複雑そうだった。
「新入生の中に、彼はいたのですが、なんて言うか……」
彼女は話し始めると同時に、眉根をキュッと寄せた。
「制服を……かなりだらしなく着用していたので、私は注意をいたしました」
——ティーゼフ?!
彼、本当にアズ兄様の従弟なのかしら?
「思い返してみても、どうしてこんなことになったのかよくわからないのです……」
オランジュは、朝の出来事を思い出しながら私達に話してくれた。
***
——嫌だわ、みっともない。
シャツがスラックスから出てますわ……ボタンも外してるし、ネクタイの意味がありませんわね?
「そこの貴方、お待ちなさい。その制服の着こなしはなんですの?」
風紀委員として、問題児を見逃すなんてことは出来ませんわ。
「あ?なんか文句あんの?」
彼は振り返るなり、私を不満げに見た。
——まあ、睨みつけてきましたわ。
ご自身の今置かれている立場が、わかっていないようですわね?
「私は風紀委員です。今すぐに制服を正しく着用なさってください」
校則違反以前に、人として問題ですわ。
「えー、堅苦しいの嫌いなんだよ」
目の前の男子生徒は、ガシガシと頭をかきながら文句を言ってきた。
着衣の乱れは、心の乱れだと言うのに……もしかして、知らないのかしら?
「学園内です。定めに従ってくださいませ」
無知ならば、教えて差し上げなければ。
——私は、風紀委員なのですから。
キリッと気持ちを整えて、目の前の男子生徒を睨みつけると、
「んだよ、ピリピリしちゃって、せっかく可愛い顔してるのに。冷たいなぁ」
彼は、ヘラヘラと笑いながら私が冷たいと悪態をついてきた。
——言われ慣れてますわ。
私は風紀委員になって以来、陰で生徒たちから『悪役令嬢』と呼ばれていますもの。
「なんと言われても構いませんわ。制服ひとつまともに着用出来ない貴方に、優しくする必要も感じませんから」
元から勝気な性格で、見た目も派手だし。
——私、真顔が怖いのよ。
何て言われても、生徒達には私と同じ過ちを起こさせてはいけないのよ。
「ハイハイ、風紀委員のオネーサン、名前は? 教えてくれたらちゃんと着るよ」
私の睨みを無視して、男子生徒は私の名前を交換条件で尋ねてきた。
……とりあえず、服を正しく着てくれるならなんだっていいわ。
「……オランジュ・フルオリートですわ。早く着衣を整えてください」
私が素直に名前を名乗ると、男子生徒が驚いたような表情をした。
「……オランジュ?」
男子生徒は、窺うように名を呼んできた。
「勝手に名前を呼ばないでくださいませ」
——何よ。私を知っているの?
それよりも、貴方に名を呼ぶことなど、私は許していないわ。
「オランジュって、アズール様を追っかけ回していた奴じゃん」
嫌だわ。過去を掘り返すだなんて……
「……昔の話です」
——なんてデリカシーのない人かしら?
「俺さ、そのアズール様の従弟だよ。ティーゼフブラウ・グランディエラ」
男子生徒は、ニヤリと笑うと自己紹介をしてきた。
——この方がティーゼフブラウ様?
よりによって……グランディエラ家の分家の方だったの?
「……!」
だったら、尚のこと紳士としての振る舞いをして頂きたいですわ!
「オランジュ、アズール様は諦めたの?」
彼が目の前で着衣を整え始めたので、私は慌てて目を背けていたら……
——もう、余計なことを聞いてきたわ
「諦めるも何も、かつての私はあまりにも無知で、グランディエラ様にご迷惑をおかけしただけですわ」
——私の罪は、消えないですわ。
だからこそ、今は淑女として正しい行動を選んでいるのよ。
「ふーん、オネーサンなんかいいね」
従弟だからでしょうか?
フッと笑った彼の眼差しはどことなく……
——アズール様に似てるのね?
かつて恋焦がれた相手に、少しだけ似ているからでしょうか……
「……変な呼び方しないでくださいませ」
私は、彼の笑顔に思わずドキッとしてしまった。
「じゃあ、オランジュだな。俺のことはティーゼフでいいよ」
初対面の異性なのに、家名で呼び合わないなんて……
——彼、距離感がおかしくないかしら?
「どちらもお断りですわ。なんで私が貴方の名を呼ばなければならないのです」
私は周りから、余計な誤解や詮索をされたくないですわ。
「え? グランディエラだと呼び難いだろ?」
彼は、意味ありげにニヤッと笑った。
「あっ……」
……そうでした。従弟でしたわ。
言われてみれば……グランディエラ様とは、口にし難いですわ。
「あはは、じゃあ俺、そろそろ会場に行くわ。オランジュ、またね」
着衣を正しく纏ったティーゼフ様は、手を振りながら颯爽と去っていきました。
——名前呼びは、許していませんわ!
「お待ちなさい! 勝手に名前を……」
追いかけようと思いましたが、始業式が始まってしまうため、私は諦めて来賓の待機室に向かいましたわ。
***
「たったそれだけだったのですが……始業式の後、教室まで着いてきて、許してないのに、名前で呼んできたので、つい……」
それで、オランジュは廊下で、大声を出してしまったのね……
「ティーゼフには私もさっき会ったわ。彼は外国で生活していたから、ちょっと感覚が違うのかも知れないわね」
悪い人ではないだろうけど……
——彼、掴みどころがないのよね。
「そうなのですか? 私には、過去の過ち……グランディエラ様の件を、揶揄っているようにしか思えませんわ」
オランジュは、ウンザリした顔をした。
——確かに……そうかも知れないわ。
アズ兄様に関係したからこそ、ティーゼフはオランジュに絡んだんだろうな……




