「軽薄」な後輩
「アズール、ティト、今日の授業後、会議室でまた会おう」
ランチ後、名残惜しそうなユング王子は、リリお姉様とヘルグ兄様に押し出されるようにサロンを出た。
「……ユング王子は、面白いですね」
ユング王子はサロンから一歩出ると、雰囲気がガラリと変わり、颯爽と完璧な王子としての立ち居振る舞いで去っていく。
「ユングは……俺たちといる時くらいしか気が抜けないから。我慢してやって」
アズ兄様は、ユング王子をフォローして、私の手を取った。
「……アズ兄様?」
アズ兄様は、なぜか私の手をじっと見てぼーっとしている。
「あ、いや、行こうか?」
私に話しかけられて、はっとしたアズ兄様は、何事もなかったかのように教室に向かって歩き始めた。
——なんだか変よね?
私は周りに防音結界を張り、様子がおかしなアズ兄様に声をかけてみる。
「アズ兄様、先程から様子がおかしいですわ。何か気になることでも?」
久しぶりの学園だし、疲れたのかしら?
「……おかしいかな?だとしたら、少し考えすぎなだけだよ」
アズ兄様は、口角を無理に上げて大丈夫だと、私の手をぎゅっと握った。
「私に隠し事はなしですよ?あんまりおかしかったら、本心を聞いちゃいますからね?」
こんな脅しみたいなことは、したくはないけれど、アズ兄様は一人で抱え込みそうだから心配だ。
「今は勝手に聞くのはやめて?ティトが心配するようなことじゃない。本当に気にしないで」
——やっぱりおかしい。
いつものアズ兄様なら、私になら聞かれても構わないと笑って言うのに……
でも、もう子供じゃないし、側近として聞かれたくないことくらいあるわよね?
「無理には聞きませんよ。でも、私に出来ることならいつでも相談に乗りますからね?」
私がアズ兄様を手伝えるとしたら、能力を秘密に使うことくらいだわ。
天気がいいから、廊下の突き当たりにある中庭を横切ろうとしたら、
「あ、アズール様だ。へぇ、その子が噂の婚約者様?」
中庭のベンチで、足を広げてだらしなく座っていた青年が、アズ兄様を見て足早に近寄ってきた。
——何この人?!
アズ兄様にそんな話し方をするなんて……
私は軽薄な態度に驚き、恐る恐るアズ兄様を見たら、
「お前……そうか、今年からだったな。お前の不利益は俺には関係ないが、周りの目は気にした方がいいぞ」
氷点下の眼差しかと思えば、呆れたような、ダメな子を見るような目をしていた。
「あー、もう、アズール様は相変わらず固いなぁ。そんなんじゃ、婚約者に愛想つかされちゃいますよ?」
青年は忠告を無視するだけでなく、へらへらと笑いながらアズ兄様に忠告をした。
「ティーゼフ、黙れ。それより、彼女にちゃんと挨拶をしろ」
ティーゼフ?どこかで聞いたような……?
アズ兄様に叱られたティーゼフは、姿勢を正すと、
「シュピネル様、お初にお目にかかります。アズール様の従弟のティーゼフブラウ・グランディエラと申します」
さっきとは打って変わって紳士的に挨拶をしてきたと思ったのに……
「以後お見知りおきを」
と言いながら、ニヤっと笑った。
アズールの従弟と名乗ったティーゼフは、深海の青のような瞳で、わたしを興味深そうに見ている。
——アズ兄様にどことなく似ているわ。
「初めまして。ティーフロート・シュピネルと申します。えっと、ティーゼフ様とお呼びすればいいのかしら?」
アズ兄様との関係性が、いまいちよく分からないので、アズ兄様に確認してみた。
「ティーゼフは、ティトの一個下だし、こいつは格下だから敬称はつけなくていいよ」
アズ兄様にしては、随分と雑な扱いね?
私が、ティーゼフとの距離感を掴みあぐねていたら、
「俺のことは呼び捨てでいいですよ。今まで親の仕事で他国に留学していて、今年帰って来たばかりなんです」
ティーゼフは空気を読んだのか、わざわざ自ら説明してくれた。
だから彼を見たことがなかったのね……
「学園のことはよくわかんないから、これからよろしく!ティト先輩」
ティーゼフはガッと私の手を掴むと、ブンブンと握手してきた。
「おい、勝手に触るな」
アズ兄様は、ティーゼフの手を振り払い、私の手を取ると洗浄魔法をかけた。
「えー、アズール様、俺の扱い酷すぎない? ティト先輩、本当にこんな堅物が婚約者でいいんですか?」
ティーゼフは言いたい放題言ってしまう性格なのだろう。
——ど、どう対応するのが正解かしら?
前世ならまだしも、今世ではこのタイプに会ったことがないので、言葉に詰まっていたら、
「ティーゼフ?これ以上彼女の前で失礼な態度をとるなら、俺の考えを改めなければならなくなるぞ。それでもいいんだな?」
アズ兄様が、なぜか優しい物言いでティーゼフに向かってにっこり笑うと、
「おっと、俺はそろそろ教室に戻らなきゃ! アズール様、ティト先輩またね!」
ティーゼフは、おどけた様子で走り去っていった。
ふと横を見ると、アズ兄様は……
明らかに機嫌が悪い。
——冷笑って言葉がぴったりね?
「アズ兄様?大丈夫ですか?」
さすがにこの顔のままじゃ、皆が怖がってしまうと思ったので、アズ兄様の手を握り、
「アズ兄様は堅物なんかじゃないですよね? いたずらが大好きですし」
と、私的には面白いところもあると褒めたつもりだったんだけど、
「ティト、全くフォローになってないし、空しくなるから無理しなくていいよ」
と言って、眉根を下げた。
「あら?褒めたのにおかしいですわ」
——まあ、冷笑ではなくなったからいいか
「余計な時間を使ったな。さあ、俺達も教室に向かおう」
アズ兄様は、苦笑いをしながら私の頭をポンポンと叩いた。
「……婚約者として、不満はありませんよ?」
アズ兄様は疲れていたはずだし、余計な心配をしないように、ティーゼフの言葉は否定しておこう。
「……ティーゼフは俺を越えられないからって、俺とは逆に軽薄になっていったんだ。ある意味俺のせいなのかもな」
——それは……彼の責任では?
アズ兄様にしてみれば、彼も悩みの種のひとつなのだろう。
「……バカだから、気をつけて」
アズ兄様は大きなため息を吐くと、ペットセラピーのように私の頭を撫でていた。




