小さな変化
「ティト、来年からインターンだけど、選択教科はちゃんと選んだのか?」
ユングは久しぶりに会ったティトに構いたいのか、先輩面をしている。
そんなこと、俺が側にいるんだから完璧にしてあるに決まってるだろ……
俺は口には出さず、チラッとユングを見るだけにとどめた。
「アズ兄様とヘルグ兄様に相談して、魔術科全般と、文官科の侍従専攻と、外事専攻を選びましたわ」
令嬢が文官科の侍従専攻以外を受講するのは珍しいが、ティトはユングの側近にも任命されたので、これから必要になる知識だ。
「まあ、魔術科全般だけでも大変ですのに、さらに2つも……ティトは頑張りすぎじゃありませんこと?」
リリがティトの心配をして、ユングを責めるように軽く睨んだ。
——相変わらず、リリはユングに厳しいな
「リリお姉様、アズ兄様がいつもお勉強に付き合ってくださるので問題ありません。心配しなくても私は大丈夫ですよ」
ティトは、俺の方を見てにこっと微笑むと
「私に教えるアズ兄様の方が、ご自身の学びもあるので大変かも知れません」
ね?と、ティトは首を傾げた。
——ティトが可愛い
「……ティトは物覚えがいいから、大変だと感じたことはないよ。俺も復習になるしね」
笑い返すと、ティトは褒められたことが嬉しいのか、自慢げにヘルグにも笑いかけた。
「アズールが付きっきりで教育してるんですから、ティトはかなり優秀なユング王子の側近になるでしょうね」
ヘルグは俺を見てニヤリと笑った。
多分、冷やかしているつもりなのだろう。
「ティト、この二人から褒められるなんて、凄いじゃないか! 来年始まるインターンが楽しみだな」
ユングは手放しで喜んでいるが……
——ユング、常識が抜けてしまったか?
「ユング、ティトは側近になったけど、インターンの時からいきなりはお前にはつかないぞ」
初めてで王子につくなんて、さすがにあり得ないだろう。
「え、そうなのか?! お前達はインターンの時は側にいたじゃないか」
ユングは、俺とヘルグを指差し首を傾げた。
王子なのに、自分の立場を本当にわかっていないようだな……
「ユング、我々は幼少期からの側近です。でもティトは違いますよ。学園での側近扱いで、今はまだ我慢してください」
少しずつ経験を積ませなければ、王子相手だと、公の場で少しでも失敗すれば、ティトの立場がなくなってしまう。
「ユング王子、望んでくださるのはありがたいのですが、私は未熟者です。卒業するまでに力を付けますから、お待ちくださいね」
ティトは側近になることを望んだわけじゃないのに、責任感が強いから自らしっかり学んでいる。
——ティトは可愛いだけじゃない
婚約者として、頼もしいと思う。
「ユング、さっきから話しかけるから、ティトの食事が進みませんわ。あまりティトを困らせないでください」
リリの言葉の通り、ティトの料理は減ったように見えない。
——ティトは昔から食べるのが遅いな。
口が小さいから仕方がないと、彼女の口元に目が行く。
あんなに小さな口じゃ……
——いかん、だめだ
俺は、小さく頭を振った。
「アズール、どうかしたか?」
ヘルグが、目敏く俺の所作に気付いた。
「いや、なんでもないよ」
——本当に、最近どうしたんだろう?
ティトを前に油断すると、邪な気持ちになる時がある。
「アズ兄様? どうかなさりましたか?」
ティトが、俺たちのやりとりを気にかけ、首を傾げて話しかけてきた。
——最近、ティトは綺麗になったな
背は低いけど、今のように、ふとした仕草に目が奪われてしまう。
「大丈夫だよ。本当に何でもないんだ」
俺は出来る限りの平常心で笑いかけた。
子供の頃からティトのことは好きだった。
けど、理性を超えるような、邪な気持ちになったことなどなかった。
「何かあるなら、教えて下さいね?」
ティトは、ヘルグと俺を見た後、急ぎながらも上品にせっせと食事を進めていく。
「ああ。何かあったらちゃんと話すから、ティトはしっかり食べて」
小さく頷くティトを、そのまま見ていると
「ふふっ、アズールったら、ずっとティトから目を離さないのね?」
リリが、急に余計なことを口にするから、ティトがまた固まってしまった。
「リリ様、アズールを揶揄いたい気持ちはわかりますが、ティトにダメージがいくのでやめてください」
どう答えるか迷っていたら、ヘルグが助け船を出してくれた。
——ヘルグには敵わないな。
ヘルグは昔から、ティトを妹のように守っているのがわかるから、納得は出来るけど、親密さを見るたびに、
——自分だけのティトでいて欲しい。
と思ってしまうのは、なんでだろうな?
「リリ様、俺は、いつだってティトだけを見てますよ」
ヘルグに負けた気がするから、ティトが恥ずかしいと怒るのがわかっていても、ムキになって宣言してしまった。
「アズ兄様、恥ずかしいので人前ではやめて下さいませ」
思った通り、ティトに睨まれてしまった。
——自分の気持ちが、ままならない
さっきも、教室の奥の席の男が、ティトを見惚れていたから、つい見せつけるように肩を抱いてしまうし……
——ティトと、距離を置いた方がいいのか?
つい、そんな無理なことまで考えてしまう。
「……まさか」
誰かに魔術で、精神操作でもされているのだろうか?
「アズール? おい、やっぱりなんだかお前おかしいぞ?」
ヘルグに話しかけられているが、今、俺はそれどころじゃない。
「ヘルグ、平気だから気にしないでくれ」
俺が腑抜けて失敗したら、喜ぶ奴らはいくらでもいるだろう。
その隙に、ティトにすり寄る者だっているかも知れない。
「マズイな……」
今度、アウスヴェーク先生に、精神操作魔法のことを相談してみるか。




