思っているより大人ですわ。
「ティト様、グランディエラ様が、お迎えに来られましたわ」
ロアに呼ばれて教室の入り口を振り返ると、既にアズ兄様が迎えにきていた。
お昼休みは、サロンでみんなとご飯を食べるので、アズ兄様は、いつも私の教室まで迎えにきてくれる。
「アズ兄様、お待たせしました」
私は手早く荷物を整理すると、アズ兄様の元へ向かった。
「構わないよ。行こうか」
アズ兄様は柔らかく笑うと、私の肩に手を置き、教室から連れ出した。
「あぁ、グランディエラ様、やっぱり素敵ですわぁ」
「今のスマートなエスコート、シュピネル様が羨ましいですわぁ」
「見て、肩に手を回されて……」
「まあ、本当に仲睦まじいのですね」
ご令嬢がため息をつくのは、いつも通りだけれど、この優秀な婚約者様は、周りの様子を全く気にも留めていない。
私は、さっきから、肩に乗せられた手が落ち着かなかったので、防音結界を張り、アズ兄様に話しかけた。
「アズ兄様、相変わらずモテモテですわね」
二人揃って澄ました顔をしながら、防音で会話するのは日常だけど……
——今日は何かが違う。
「ティトと正式に婚約してからは、基本的には騒ぐだけで、取り囲まれることはなくなったから、随分楽にはなったよ」
廊下の角を曲がると、アズ兄様は、私を一瞬チラッと見て、肩にあった手を外し、私と手を繋いだ。
ようやくいつも通りになったので、ちょっとだけホッとした。
「確かに、昔は身動き出来ないくらい囲まれてましたよね」
アズ兄様は、当時を思い出したのか、なんとも言えない微妙な表情をした。
「思い出したくもないな……」
アズ兄様の素の表情はすぐ、感情を見せない人形のような綺麗な顔に消えてしまった。
「そう言えば今日も、アズ兄様とヘルグ兄様がいかに素晴らしくて素敵かと、ダリエとロアから教わりましたわ」
感情を消してしまうことが、少しだけ勿体無いと感じたので、アズ兄様達が褒められたことを報告してみた。
「それを聞いて、ティトはどう思った?」
でも、アズ兄様の仮面は、簡単には剥がれなかった。
「アズ兄様も、ヘルグ兄様も努力しているから当然なのに、何を見てるのかしらって思ったけど、黙っておきました」
悔しいけど、アズ兄様には敵わない。
でも、悔しいから、繋いだ手をそのままブンブン振ってみた。
「はは、その感想はティトらしいな」
すると、アズ兄様の手に力が入り、フッと目元が緩んだ気がした。
「だって、ずっと側で見ていましたから」
アズ兄様の仮面がやっと剥がれたので、私は少し嬉しかった。
いつだって、一緒に過ごしているから、学園内での張り付いた笑顔はつまらない。
(ああ!ティトは可愛いなぁ)
「 ?! アズ兄様、聞こえています!」
心の声、突き抜けてます!
「本気で感じてるから、ティトになら聞かれても構わないよ」
アズ兄様は、こちらが油断すると、ちょくちょく爆弾を投げてくる。
「……恥ずかしいからやめてください」
婚約者とはいえ、アズ兄様は私をイタズラに揶揄いすぎだと思うわ。
「……で? 俺の事は素敵だとは思った?」
アズ兄様の目が、期待しているのは理解しているけど……
「うーん、残念ながら日常ですから、特別感はあまり感じませんでしたわ」
私は、アズ兄様に嘘は言いたくない。
「そっか……まだまだ、俺の頑張りは足りないみたいだな」
アズ兄様は、残念だと言う割に、不敵にフッと笑った。
「アズ兄様は、充分頑張ってますよ? これ以上頑張ると……人間離れしませんか?」
ただえさえ超人なのに、これ以上、何を頑張るつもりなのかしら?
「うん、ティトは俺の気持ちは全く分かってないから、もう少し頑張るね」
あれ? アズ兄様の表情が、どことなく策略を練るときの顔に見えるのですが……
——気のせいかしら?
「え? 私、アズ兄様の気持ち、全く分かってないのですか?」
もしかしたら私、何かアズ兄様の地雷を踏んだのかもしれない。
「はは、ティトは俺のことは理解はしてくれているよ。でも、伝わってはいないんだろうな。難しいね」
アズ兄様は、手を繋いだまま、私の頭にポンと手を乗せた。
「アズ兄様でも難しいなら、私が理解するには、かなり難解ってことですか?」
アズ兄様が、いつも私を宥める時の仕草だと気づく。
私には、まだ早いと言わんばかりだ。
「どうかな? ティトが、もう少し大人になったら……分かってくれたらいいかな?」
——やっぱり誤魔化しましたわ。
アズ兄様は、私を子供扱いするけれど、そもそも前世ではそれなりに経験して、成人後に死んだんだけどなぁ……
——私、純粋な子供じゃありませんのよ?
アズ兄様も、知っているはずなのに、私の精神が子供の体に引っ張られているからかしら?
ずっと子供扱いのままなのよね。でも、私、みんなが思っているより……
——なんなら、結構大人ですわ。
「……アズ兄様、私…」
14歳になった今でも、小さな子供扱いされるのはどうかと思い、アズ兄様に反論しようとしたのに、
「ほら、ティト、着いたよ」
タイミング悪く、いつのまにかサロンに到着してしまった。
アズ兄様が扉を開けると、中には既に、ヘルグ兄様と、リリお姉様と……
「ティト! 顔を見るのは久しぶりだな! 新しい学年はどうだ? お兄様に話してごらん」
自称お兄様、この国の第一王子、ユンググリューン・ゴルドファブレンが席に座っていた。
私は無言で中に入る。扉が閉まると……
「ユング、ティトに会えて嬉しいのはわかりますが、騒ぐならせめて扉を閉めてからにしてくださいませ!」
早速、婚約者のリリお姉様から、懇々と叱られていた。
この二人、関係性は落ち着いたけど、立場は全く変わってないのよね……
呆れてため息が溢れる。
二人を見つめながら、いずれこの国を担う予定の騒がしい二人を見た。
「リリ、怒るな。僕だってちょっとくらい、妹分を可愛がってもいいじゃないか」
これだから、私達が王子を支えなきゃならないんだよな……と、改めて理解した。




