ドラゴンさんに「トカゲ野郎っ!」とか言っちゃダメ! それ禁句だからっ!
町の上空にドラゴンが飛翔してくる。
その雄大な姿は見る者を圧倒させる存在感を放っていた。
まるで自らが天空の支配者だと言わんばかりの力強さを見せ付けてくる。
「おおいっ、あれどうすんだよ?! ドラゴンなんて誰が相手に出来るんだよ!?」
「ギルマスっ!! もう一度アレを放ってくれっ!! ほら、早くっ!!」
「あんなの暴れられたら町が壊滅しちまうぞっ!?」
町の人々が大声を上げ、どうすればいいのかと狂乱し出す。
ワイバーンなら弓で攻撃出来たかもしれない、盾で身を凌げたかもしれない。
しかしドラゴンは無理だ、鉄をも切り裂く爪に、刃も通らないボディ。
生物としてのレベルが違いすぎる……!
頼みの綱と言えば……
「ほっほっ。すまんのぅ…… さっきので魔力切れなのじゃ。いや、マジですまんッッ!!」
頼りになるかと思ってたギルマスは、残念ながら結局ポンコツの様であった。
所詮は顎髭を擦ってるだけのジジイだったようである。
町民たちに、次第に絶望の色が漂い出してゆく……
「レッドさんっ!! ホークさんッ!!」
「すまねぇ…… おれはもうリタイアだ」「身体が動かん…… くそっ、無念だ」
男組のあまりにも頼り無さに、マリーは思わず顔を顰めた。
そうこうしている内に、天空のドラゴンは町に目掛けて何かを撃つような構えを取る。
あれは…… 『ドラゴンブレス』──あれを吐き出されてしまったら、町は尋常じゃない被害を受けてしまうっ!!
「ああもうっ、エリー!! サリーッ!!」
「全く、男共はほんとに駄目よね…… そんなんだから人望が無いのよ!」
「マリーばっかり目立ちすぎ! いつもいつも何抜け駆けしてんのっ!? 幼女ちゃんは渡さないわよっ!!」
そこに集結したのはこの町の名物、ギルド受付嬢の3人組であった。
長女サリー、次女マリー、三女エリー、彼女らが本当の姉妹であるかは未だ解明されない謎である。
最近はマリーばかり抜け駆けしてて、サリーとエリーの両名はどうにも大変にご立腹であるようだ。
「無駄口は後にしなさいっ!! 今は力を合わせる時よっ!!」
「私たちがいるのに町をブレスで焼き払おうだなんて、ちょっとばかり甘いんじゃないの?」
「魔力障壁全開、三重シールド展開、バリアいっくよーっ!!」
やがてドラゴンの全てを焼き尽くさんばかりのブレスが天空から放たれ、そしてそれに対する町を守るようなバリアが展開された。
受付嬢3人組の実力は相当に優秀であり、実はかなり強い魔法の使い手である。
あのAランクの歴戦ホークでさえ、ギルド受付嬢であるマリーには敵わないでいるのだ。
轟音と恐ろしいまでの熱量が障壁に衝突し、三重のバリア結界に阻まれる。
町の人々が悲鳴を上げる中、そのドラゴンの放ったブレスは結界の前に全て消失し尽くした。
それを見て大歓声を上げる町民たち、やはり頼りになるのは女たちのようである。
「すげぇえっ! やっぱマリーちゃん達はスゲェよ!!」
「うちの名物、受付嬢3人組の名は伊達じゃねえ! ギルマスとか要らんかったんや!」
「おいっ、でもドラゴンの野郎、地上に降りてこないぞ? どうすんだよあれっ!!」
そう、たとえブレスを防げようとも上空に対する攻撃手段が無い。
ドラゴンは地上に降りて来ず、空から一方的にブレスを放ち続ければいいだけだ。
これではいつか、こちら側が力尽きてしまう。
**
教会にいる子供たちは、立て籠って弓矢を射続けていた。
既に要塞として魔改造されたその建物は、周囲を頑丈な塀で囲っていてモンスターの侵入を一切許していなかった。
あとは上階の窓から一方的に矢を射るだけ、実に簡単なお仕事である。
「なんかデッカイの来たぞーっ!!」
「ホークの兄ちゃんがドラゴンの素材が欲しいとか言ってたーっ!!」
「撃ち落とそうぜ、あれー!!」
子供は怖いもの知らずというか、この塀が突破されなかったのも実は教会のモンスターに対する加護があったりしたおかげなのだが、そんな事は気付かない。
倒したモンスターの魔石を次々に回収していき、設置された魔導砲に注ぎ込んでいく。
元々補填してた魔石の数に加えて、新たに追加した魔石の量でその総数は凄まじいことになっていた。
一発で撃つにしては、明らかに過剰な程の……
「ねぇねぇ、どれくらいでいっとくのー?」
「んー、あるもの全部入れちゃえっ!!」
満面の笑みでそう答えちゃったミアちゃん。
何故かこの魔導砲の指揮権を与えられ、その加減もこの幼女の機嫌次第であった。
程々に抑えておかないと、魔導砲が持たない、壊れてしまうという説明は受けたはずなのだが……
(ふぇぇ…… べつに壊れるのなら、また作り直せばいいだけだよねぇ……?)
幼女の発想は恐ろしい。さすが幼女、こわい。
そして遠慮なくぶち込まれた魔石の数々が全てエネルギーに変換されてゆく。
撃った後に壊れてしまうだとか、そんなの全くお構い無しである。
「エネルギー充填完了っ! 波動砲、はっしゃーっ!!」
幼女の号令によって、その途轍もない一撃が教会の方から撃ち出された。
**
悠然と翔び続け、大空に居座っていたドラゴンは町に目掛けて次のブレスを撃とうとしていた。
そこに突然、ある方向から強烈な一撃が放たれてくる。
咄嗟にブレスの構えを解き、ドラゴンはその一撃を躱そうとした。
だが回避が間に合わず、背中の翼を撃ち抜かれてしまう。
飛翔能力を失い、地面に落下してゆくドラゴン……
その落下地点は、ちょうど町中の広場であった。
「おおい、ドラゴンが落ちてくるぞ! 早く、そこから離れろっ!!」
「うわあああああっ!!」
──ドオオオオオンッ!!……
衝撃と破片が瞬時に飛び散り、地面に僅かなクレーターが出来上がった。
そして舞い上がった砂嵐と共に、やがて中からその巨体が姿を現してくる。
「グギャアアアアアアアッ……!!」
轟くような雄叫びを撒き散らし、怒りの形相を見せる空の王者。
地上に堕ちて尚、その最強生物としての威圧は何一つ変わらずに。
その射抜くようなドラゴンの眼孔が地上の人々に向けられていた。
・
・
「ど、どうすんだよ、撃ち落とした所であんな化物の相手なんか出来ないぞっ!?」
「攻撃が届くだけマシだろっ! 覚悟を決めろ、倒すしかねえよっ!!」
「弓も剣も刺さらない相手だぞ!? おいっ、無駄死は止めろっ!!」
冒険者や兵士たちが撤退か突撃か、押し問答を繰り広げている最中。
その中で、とある一人の男が身の丈もあるような大剣を構えて人々の列の中に割って入ってきていた。
筋骨隆々の力強い身体、歴戦の面構えをした鋭い眼、そして頭にはハゲ……
「あいつは…… 『首狩りの野獣』っ!? ま、まさかッ?!」
「おい、首狩りの野獣って!? まさか、あの有名な賞金首ハンターか?!」
「間違いねえっ!! あいつはSランクの首狩りの野獣だよっ!! なんかハゲだけどッ!!」
大剣を構えた筋肉男を見て、周囲に居た者たちが騒然としてゆく。
彼こそは数々の賞金首たちを仕留め、兵士の軍隊だろうとも容易く大剣で蹴散らしてしまうような凄腕のハンター。
首狩りの野獣、ことゴドーであった。
「──ったく、貧民街の復興に尽力してりゃ…… なんなんだ、このデカブツは? おいっ、幼女様の住む町を荒らしてんじゃねえよ、このトカゲ野郎っ!!」
ハゲの大剣を持つ男は、よりによってドラゴンに対する最大の禁句、「トカゲ野郎!」を言い放つ。
それを聞いたドラゴンが、そのハゲに向かって怒りの咆哮を叫び始めた。
それが狙い通りなのかどうか、その発せられた強烈な威圧の鉾先は、大剣の男ただ一人にだけ向けられていた。
「……フンッ、空の王者気取りの勘違い野郎が。──なあ、知ってるか? 天空の覇者、最上位者はドラゴンなんかじゃねえんだよ……」
手に握った大剣を振り上げ、筋骨隆々な男は構える。
「『天使』に比べりゃ、お前なんかただのトカゲ野郎で充分だっ……!! いくぞっ、──斬烈剣・グランドカタストロフィッ!!」
筋肉ハゲが放った強力な大技の1擊は、ドラゴンの身体を丸ごと襲った。
その技は数多の賞金首たちを仕留めてきた必殺の一撃。
放たれた強烈な刃が、堅い皮膚を切り刻んでゆく。
だが……
「……ッ、だめだ! ダメージが浅いぞっ!!」
「ドラゴンの皮膚は鋼鉄並みだ、あれじゃ掠り傷にしかならねえよ!!」
「気を付けろ、反撃のブレスが来るぞっ!?」
大技を撃ち込まれたドラゴンは、しかし大したダメージを負っていなかった。
そして特に気にすることもなく、そのまま反撃のブレスを撃ち放とうとする。
だが──突如としてその足元が崩壊していく。
ブレスで反撃をしようとしていたドラゴンは、大きくバランスを崩していく……
「──オレの斬烈剣・グランドカタストロフィは、大地ごと巻き込んで斬り裂く必殺の一撃だ。そんじゃあな、トカゲ野郎っ!!」
たとえ技そのものを防いでも、足元の地面ごと切り刻んで立っている者のバランスを崩しに掛かる技。それ故に、必殺。
筋肉隆々の男は跳躍し、大剣を大きく振りかぶってドラゴンの首に斬り掛かった。
“首狩りの野獣”の名の如く、その一撃はドラゴンの首を切り裂いて大量の血を噴出させていった。
「……お、おおっ!! す、すげえええっ! ハゲなのに、すげええっ!」
「やりやがったっ! ハゲのくせにやりやがったぞあいつ!!」
「さすが首狩りの野獣、ハゲだけど、すげええっ!!」
その場に居た者たちが、喜びと絶賛の声を上げて沸き立った。
大剣を持った筋肉の男は、片手で剣を掲げて格好を付けてみせた。
ハゲのくせに、ちょっと自慢気にしながら。
……だが、首を斬られ大量の血を噴き出したドラゴンの眼が急に見開く。
そして、最後の力を振り絞ってその男に噛み付きに向かった。
「──ッ!? お、おい、ハゲっ! 後ろだ、危ないぞッ!!」
気付いた者が咄嗟に呼び掛ける。しかし、遅い。
そのドラゴンの最後の死力を振り絞った噛み付きは、もう目前にまで迫っていた。
誰もがもう駄目かと諦めた、その時……
──バンッ!という爆発音と共に、その迫っていたドラゴンの顔面が突如として後ろに吹き飛んだ。
「……ふぅ。やっぱり男どもは駄目ね、後詰めがまるで成ってないわ」
「──お前は…… 『火の女魔法使い』、か。ハハッ、なるほどな。こりゃおっかねえわっ!」
首狩りの野獣、ゴドーは、金貨100枚の賞金額であったマリーを見て笑っていた。
**
空で追い掛けっこをしていたメアたちは、とうとう終盤のポイント地点に到達しつつあった。
そろそろおそらく最後の到達点、もう領主に次の転移先は無いはず。
「ねぇ領主さん、そろそろチェックメイトなんじゃないの?」
「ふんっ、まさかドラゴンまでも倒してしまうとはな…… 少々、私はお前たちのことを見くびっていたようだ」
領主が振り返って見据えてくる、どうやらもう逃げるつもりは無いようだ。
私も距離を取って身構え、杖を持って正面に対峙する。
「──お前が現れなければ、全ては順調だったのにな…… まあいいさ。全ては早いか遅いか、ただそれだけの誤差にしか過ぎん……」
領主は何かを念じ、手を大きく広げてみせる。
まだ何か、領主には隠し玉があるに違いない。
「領主とは──テリトリーの支配者。お前が如何に強かろうとも、一個人の力には限界があるはずだッ!」
やがて町に現れたモンスター、倒されたワイバーン、そして首を斬られたドラゴン。
それら領地というエリアの全てにあるエネルギーの残骸。
それが、ただ一人の領主という一点の人間の下に集まり始めようとしていた……




