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お母さんは最初から私が『天使』である事を知っていた


私はお母さんに目配せする。

その合図は──『悪だけど純粋な悪じゃない、何か悲しみを持っている』という意味。

本質を見抜く眼を持つお母さんが、領主の正体を看過してゆく。


「何故、洗脳なんて物を兵士たちに施したの……?」


「何故、だと? おかしな事を聞くものだ…… 領主として人を統治する際に、最も簡単に人々を支配出来る方法は何だと思う? 恐怖政治か? 飴とカリスマによる支配か?」


領主は身を振り、視線を射抜いてくる。


「違うな、最も簡単で合理的な方法は『洗脳』だ。それこそが領地支配において、むしろ必須で必要不可欠な要素だと思わんかね?」


クックッ、と嗤う声を漏らす、ツーブロックオールバックの渋いオッサン。

だいぶ拗らせてる感じはするけど、まあ言われてみれば一理か二理ぐらいは理屈的な筋があるかもしれない。

確かに、それは支配するという点において合理的だ。


詐欺紛いのヒーローをやっていた私なんかより、それはもしかしたらずっと計算的で賢いやり方。

果たして私にそれを貶す大義が、本当にあるのだろうか?

手段や方法が違うだけで、私だって──本当は大差は無いのかもしれないのに。


でも……


「私は、あなたを倒そうと思う。私が、あなたを受け入れられないから」

「フンッ、結構な事だ。どんな下らない絵空事を並べて正義面するのかと予測してみれば、“気に入らないから潰す”とはな……。中々、話が分かる奴だ」


そうだ…… 結局戦争や潰し合いなど、“相手が気に入らないから”で大体の説明が出来るものだ。

下手な綺麗事や大義名分などを掲げて正当化しようとする奴らなど、嘘っぱちにしか見えない。

私はそんな嘘っぱちの奴らを、幾度も見続けてきた。


領主には領主の、私には私の潰す理由がある。

それだけで、争う理由なんて充分。


「外から見てたぞ? そこのメイドがお前のヒールによって正気に戻る瞬間をな…… 大したものだ、強大な力を保有している者でなければ解けない魔法だというのに」


領主は子供である私を侮らず、油断なく見据えている。

なるほど、相手の力量が分かるのも実力の内ってやつかな?


「お前は、おそらく強いッ! だが、それだけだ…… 武力で圧倒するにしても、ヒールで人の心を掌握するにしても、結局は“洗脳”という効率の前には劣る手段だ。どうやらお前は、統治者には向いてないようだな?」


私は領主の前に進み、立ちはだかる。

威圧を薙ぎ払い、その視線を乗り越えて。


「あなたはきっと、深根では私と変わらないんだろうね…… 本質的な部分で、酷く似ている。正義のヒーローじゃなくて、本当はただのエゴイストの塊だった私は、立場が違えば、きっとあなたと同じ事をしていた」


領主の眼を見て、私にも分かった事がある。

あれは、昔の私の眼なんだ…… 復讐に全てを賭けていたあの頃の。

領主はただの支配者ではなくて、その先にきっと目的があるんだ。


「私の名は、『メア』…… 人に夢を見せて、その願いを喰らい続けている者──領主さん、あなたの目的は何?」

「私の目的? それは、この国の王家への復讐だ。フフッ…… どうだ、分かりやすいだろう?」


王家への復讐、か…… 本当に、なんだか笑えてくるよね?

まさか、今生の私が持つ、とりあえず当面の目的と全く同じだなんて。


「あはっ…… 奇遇だね? 私も、その王様とやらはその内ブッ飛ばす予定があるんだよ? でも、目的が一致してても、相容れない事ってよくあるよね?」

「お前は強いかもしれないが、力の使い方を知らないようだ。ここは私の領地で、私が支配者だ。それはつまり、私がこの地をテリトリーとして掌握しているという事」


ここは領主が支配する場、つまりこの領地そのものがアウェイで、敵にとって有利な場所。

本当に彼が領地の全てを掌握しているというのならば、確かに少々厄介かもしれない。


「そしてお前は、“洗脳”というものを甘く見過ぎている。『人間を相手に洗脳出来る』という事は、つまり……」


それは、つまり人間以外にも有効…… という事、か。

この領地全てを掌握し、もし人間以外にも洗脳が出来るとすれば……

これはいよいよ、マズい事態になってきたかもしれない。


あの女神様の言っていた通り、この領主は本当に厄介な相手のようだ。

むしろ、人間相手の洗脳の方がついでだった可能性さえもある。


「領主さん、何かを仕出かす前に、早速で悪いけど倒させてもらうよ?」

「残念だが、もう手遅れだな。まあ、お前が私を倒せる手段など最初から有りはしないのだがね?」


瞬間的に光が走り、途端に辺りに魔法陣が現れて領主を中心に展開してゆく。

私は即座に反応し、咄嗟に魔法弾を撃ち込んだが一歩遅かったようだ。

これは──もしかして、転移魔法?!


「超常魔法など、準備と代償をきちんと用意していれば、命を削らずとも扱えるものなのだよ…… そこのメイドは、生身でそれを扱おうとした愚か者に過ぎんっ!」


場に残った領主の声だけが、部屋の中に木霊してゆく。

転移魔法なんて、時間停止に負けず劣らずの超常魔法だ。

それをやってのけたって事は、領主はやっぱり只者じゃないってことか……


「転移魔法は、確かに超高等魔法…… でも、予め『転移先』を先に用意していれば、その難易度は一気に下がるはずですよ!」

「おそらくこの領地内に、転移先を幾つか予め用意していたのだろうな。自分の領地内なら、魔法陣ぐらい幾らでも何とでもなるはずだしな」

「くそっ、“時間停止”の次は“転移魔法”かよっ!!…… どいつもこいつも卑怯な技ばかり使いやがって!!」


いや、レッドさんが負けたのは、禁忌魔法とか関係ないと思うけど?

でも、私にさえ無理な魔法を、この短時間に2つも立て続けに見せられたんだ。

その気持ちは、まあ分かるよ。


ファンタジーな世界なんだから、どんなチート魔法や反則魔法があってもおかしくない。

魔法少女の力が及ばない事象だってあるかもしれない。

それでも、“みんなの願いをパワーに変える”以上のチートなんて存在しないと自負している。

だって、気持ちでさえ負けてなければ魔法少女は無敵なのだから。


「私は領主を追い掛けるよ。彼を止めないと、不味い気がするから」

「あの人が領地内に転移先を何個用意してるか分からないけど、一つ一つ潰していけばいずれ追い付けるはずよ」


──その時、不意に遠くから膨大な魔力の迸りを感じた。

あの方角は、『ダンジョン』がある辺り……

まさかっ!? 領主は、人間以外にも洗脳は有効だと言っていた。


「マリーさん! あっちの方、お願いしてもいい?」

「メアちゃん、もちろんよ! 領主を追い掛ける役目は、メアちゃんの方に任せるからね?」


これはいよいよ持って、不味い事態が現実になってきたようだ。

女神様が準備をしておけと言っていた意味が、ようやく段々と分かってくる。

私一人だけだったならば、沢山の犠牲が出ていたかもしれない。


「じゃあ、私は行ってくるねっ!」


でも準備はしていた。みんなも、この日のために前々から備えている。

私は翼を広げて、開けた窓に乗り出した。

大丈夫、みんながいれば町は守れるはずだから。


「メア、気を付けてね?」

「お母さん…… 私は──」


飛び立つ前に、私はお母さんに聞いた。

人の嘘や善悪、感情、魂の本質までも見抜くお母さんが、本当は何を見ていたのか。

私という存在は、果たして本当に“お母さんの子供”で合っているのか……


「私の魂は、何色に見える……?」


もしかしたら、『メア』という存在を乗っ取った、別物なのかもしれない。

私は、本当にこの人の子供を名乗ってていいのだろうか?

それに──そもそも、私は正義でも何でも無いというのに……


「メア、あなたの魂は誰よりも純白で、とても綺麗な色をしているわ…… 例えるならそうね、『天使』と言った所かしら?」


何ならステータスで確認してみれば? というので私は確認する。

確かに、私のステータス欄には『天使!』と書かれている……

そっか、お母さんは最初から私が天使である事を知っていたんだ。


たぶん、私が転生できたのは…… きっとお母さんが私の魂を受け入れてくれたから。

私がお母さんの下で生まれたのも、お母さんと出逢えたのも、なるべくしてなった出会いだった。

私はお母さんの子供以外に、他に何でもない。


「ありがとう、お母さんっ! じゃあ、行ってくるねっ!」


私はこの人から生まれたこの人生を、大切にしようと思った。

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