7.シェルス
《シスタリア王国 バルツクローゲン 酒場にて》
「おい、こういう騎士だ。知らないか?」
「……あんた、これ人間のつもり? 魔人かと思ったよ……」
真夜中のバルツクローゲンで、ひたすらあの男を探し続ける。
私に止めも刺さず、意味の分からない言葉だけを残して去った、あの男を。
「もっと良く見ろ! こういう男だ!」
「だーかーらー! こんな人間が居たら恐怖だわ! 一回でも見かけたら……毎夜夢に出てくるよ……」
舌打ちしつつ、今度は酒場のマスターへと男の似顔絵を見せつける。
だがマスターも渋い顔をしつつ、知らんと頭を振るばかり。
「あぁ、もう……酒くれ」
懐から金貨の入った袋を出して叩きつける。
まったく使えない。ここの人間どもは。
「まいど……って、アンタ、こんな店で金貨なんか出されても差額払えないよ」
「あ? そんな事言っても……私金貨しか持ってないぞ」
「どこの貴族? アンタ」
「こんなナリの貴族が居るわけないだろ。冒険者だ。まあいい、今この店に居る奴の酒全部払う。それで飲ませてくれ」
その瞬間、酒場に居る男達が歓声を上げ、一斉に私の周りへと集まってきた。
ああ、もう、五月蠅い。
礼はいいから、この男を探せ!
「んな事言われてもなぁ。こんな絵一枚じゃ……あぁ、だったらザランの所行ってみれば?」
「……誰だ、ソイツ」
「魔術師だよ。なんでも千里眼を持ってるとか持ってないとか……いいよなー、千里眼。覗きし放題」
馬鹿だ。
だが訪ねてみる価値はあるかもしれない。
マスターから酒を受け取りつつ、酒場の男達と乾杯する。
たまにはこういうのも……いいかもしれない。
「ところでアンタ。ずいぶん儲かってるみたいだけど……どっから来たのよ」
「出身はウェルセンツだ。この金はガルムントで一仕事して……」
「ガルムント?!」
その瞬間、男たちは一斉に静かになる。
全員顔を真っ青にして。
「ガルムントって……あれだろ? 魔人の軍勢が……」
「そう、それ。騎士に雇われたんだ。この金はその時の報酬だ」
本当は魔人側なんだが。それも雇われたわけでは無く、ただ単にディアボロスが私の師だからだ。
まあ、その師も死んでしまったようだが。
「すげぇ……あんた腕が立つんだな。若くて美人なのに……」
「どうも」
酒を一気飲みしつつ、マスターへとおかわりを要求。
ついでに何か食い物をくれとねだる。
「それで……話戻すけど、そのザランって魔術師は何処に行けば会える?」
「あー、確か大書庫に籠ってるって話だったけど……魔術師なんて何処に居ても分からねえからな。存在感薄くて」
「大書庫か……」
今朝、大書庫へ行ったが一人の少女としか会えなかった。
まあ大して探索もしてないし、あれだけ広ければ探すのも一苦労だろうが。
「もっと詳しい奴は居ないのか」
「なら魔術師に聞くのが手っ取り早いだろ。大抵、塔に住んでる奴はそれなりの魔術師だ。そいつらに聞けば……ザランの居所くらい知ってるんじゃないのか?」
「……そうか」
カウンターへとマスターが料理を持ってきてくれた。
大きな皿に、分厚いハムが山盛り乗っている。なんだこれは。全部食えと言うのか。
「じゃあ金貨一枚もらっとくよ」
「あ? 一枚でこんな料理食えるのか……相場とかよくわからん……」
フォークでハムを串刺しにし、齧り付きながら食いちぎる。
これは塩漬けにでもされていたんだろうか。少々辛すぎる気もしないでもないが、酒のつまみにはもってこいか。
すると男達も生唾を飲み込みながらハムを見つめだした。何してるんだコイツら……。
「おい、まさか私に全部食わせる気か。残したらマスターに殺されるだろ」
「お、おぉ、姉さん気前いいな。じゃあ……いただきます……」
ガツガツとハムを口に運ぶ男達。それでも山盛りハムは中々無くならない。
一体どれだけ積んできたんだ、マスター。
「ところで姉さん……探してる男と何があったんだ?」
「あぁ……よくぞ聞いてくれた。この男は……最低なんだ」
だんだん酔ってきたかもしれない。
周りの男達も、私の話に乗ってくる。
「マジか。そりゃひでえ!」
「まだ何も言ってないだろ! 黙って聞け!」
私は再びハムに齧りつきつつ、酒で流し込む。
「この男はな……私の胸に大きな傷を付けたんだ」
そう、あの戦場で……胸に剣を突き刺されながら押し倒された。
まだこの傷は熱を持っている。半分人間の血だからか、並の魔人に比べると傷の治りが遅い。
「大きな傷って……あぁ、フラれたのか」
「姉さん、そんな男追いかけてどうすんだ。新しい人生歩もうぜ!」
好き勝手言ってくれるな……
私は……
「私は……今はこの男の事しか考えられないんだ! 意味不明な事言い残して去りやがって! 見つけ出して後悔させてやる……」
「こ、こわぁ……姉さん、見かけによらず……一人の男に執着するタイプか。モテないぞ、そんなんじゃ」
「そんなもんどうでもいい……私はこの男を見つけないと……先に進めないんだ……」
「そもそも、この街に居るのか? 騎士なんて衛兵か門番だけだろ。王都とかに行った方が……」
王都か……。
魔人は行きづらい。この街なら、いざ魔人とバレても即袋叩きに会う事もないから来てみたが……。
もし王都で魔人だとバレれば……。
いや、それでもこの男が見つかるなら……行く価値は……。
「まあ、何はともあれ……ザランって奴と会ってから……」
その時、勢いよく酒場の扉が開かれた。
入ってきたのは魔術師の女性。息を切らしながらキョロキョロと男達を見渡し、私と目が合うと急いで近づいてくる。
「そ、そこの貴方! 冒険者ですね?!」
「ん? ぅん……何アンタ……」
「正式に依頼します! この子を探して連れ戻して欲しいんです!」
魔術師は懐から一人の少女の似顔絵を取り出すと、私の前へ突き出してくる。
……?
この子、確か今日大聖堂で会った……
「どうやら街の外に出てしまったようで……急ぎグロリスの森へ向かい探索を!」
その時、男達はザワザワと騒ぎ始めた。
夜中にグロリスの森に入るなどあり得ない、と。
「そんなに危険なのか? グロリスの森って……」
「あぁ、夜になるとデカイ狼みたいなバケモンが現れるらしいんだ。そいつを討伐しようと、冒険者が何人も夜中に森に入ってったけど……結局帰ってこなかった」
デカイ狼……それは確実に魔人だろう。
魔人なら恐らく、その森はそいつのテリトリーだ。
わざわざ腹の中に自分から入っていくような物だ。
「お、お願いします! 報酬は……これだけ」
指を三本立てる魔術師。
いや、分からんわ。金貨三枚か?
「銀貨で……」
「……まあ、食後のいい運動になるか……」
最後にハムを一枚口に入れ、モグモグしながら酒で流し込む。
私が行くと決めると、周りの男達は必至に止めてきた。止めておけ、死ぬだけだ、と。
「じゃあ、そこの金貨置いていくから。私が死んだらお前等で山分けしろ。せいぜい私が無事に”帰ってこない”事を祈ってるんだな」
これは私なりの願掛けだ。
私の経験上、死んでほしい奴ほどしぶとい。
「お、おぅ……帰ってこないと全部使っちまうからな!」
「そ、そうだ! また一緒に飲んでくれねえと……許さねえからな!」
私の想いとは真逆の事を言ってくる男達。
違う……そうじゃない。
※
魔術師にグロリスの森がある方角を指示され、一目散にそちらへ走る。
あの女の子には借りがある。
懐かしい本を読ませてもらった借りが。
「でもなんで危険な森に一人で……」
魔人を狩って手柄でも立てたかったんだろうか。
いや、そんな野心があるようには見えなかった。
「まあ……別にどうでもいいか」
そうだ、理由などどうでもいい。
今は連れ戻す事だけを考えればいい。
街の外は不気味な空間に支配されている。
魔人である私が不気味だと感じるのだ。人間にとっては、もっと酷く感じるかもしれない。
そんな所を一人の少女が歩いているのだ。相当に度胸があるか、ただ単に何も考えていないだけか。
「あの森か」
ひたすらまっすぐに、魔術師に指示された方角へ進み続けると、暗闇の中、更に暗い森が見えてくる。
微かに魔人の匂いもする。やはり誰かが住処にしているようだ。
そのまま森の中に入ると、月の光を頼りにしようにも木々の葉に遮られてしまう。
暗い、かなり暗い。夜だから当たり前なのだが、それでもこの闇は異常だ。
やはり魔人が森自体と同調しているのだ。
ということは……
「私が入った事もバレてるのか……」
それでも進むしかない。
もう戻るなどあり得ない。
まあちょうどいい機会だ。
あの男に会う前に、自分の腕を磨くのも悪くは無い。




