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《シスタリア王国 バルツクローゲン》
月が魔術師達の街を照らしている。
この街は昼間より夜の方が活発だ。魔術師達は月に呼ばれるように屋外へと出て、まるで自分達を主張するかのように月光へと身を晒す。この街で商いをする者達もそれが分かっているようで、バルツクローゲンの表通りは昼間と違い、いくつもの露店が出ていた。
その様子を窓から眺めていたシンシアは、毎日見ている筈の光景が全く違う物に見えてくる。目は赤く充血し、まぶたは腫れている。師のリエナに慰められつつ、夜までひたすら涙を流し続けた。
「……マルコシアス様……」
シンシアは許嫁の名前を嘆くように呼ぶ。
ナハトと呼ばれる塔の自室から見る表通りは、まるでマルコシアスが天国へ旅発つ為の道に見えてくる。だがシンシアはまだ、マルコシアスがこの街へ迎えに来てくれるのでは……と考えていた。だが、大聖堂にはマルコシアスの亡骸がある、と師から聞いたシンシアは認めざるを得なかった。だがどうしても考えてしまう。マルコシアスが生きている、と。
「会いたい……マルコシアス様に……」
シンシアは旅支度もしないままに自室を出る。目指すは王都。徒歩で王都までどれだけ掛るか分からない。だが会わなければ……と、シンシアは王都を目指して歩き出した。
※
一方、アルフェルドはシンシアの師、リエナの部屋の壁にもたれかかる形で熟睡していた。あの魔人との戦いから、アルフェルドはまともに睡眠をとっていなかった。死者の埋葬、遺族への通達、魔人の監視。ただでさえ大規模な魔人討伐で酷使した体を、まともに休ませる事なく雑務を熟していたのだ。
壁で泥のように眠るアルフェルド。そこにリエナも自室へと帰ってきた。手には大きな鍋。中身は勿論食事だ。リエナは鍋をテーブルの上に置きつつ、壁で眠っているアルフェルドを見て大きく溜息をつく。
「まったく……壁で寝るなんて……ベッドを使えばいいのに」
リエナはそっとアルフェルドの真正面へと寄り、目線を合わせるようにしゃがみ込む。そのままそっと……とりあえず起こそうと頬へ手を伸ばした時、突然目を開けるアルフェルド。そのままリエナの手を掴み、床に押し倒しながら抜刀する。剣の切っ先をリエナの喉元へ突き刺さんばかりに振り下ろそうとした時、ようやくアルフェルドは覚醒した。そして今の状況を知ろうと目の前に倒れこんでいる、いや、自分が倒した相手を見定めた。
「……ぁ、リエナ様……」
「目が覚めたなら……剣を収めて頂戴。別にこのまま襲ってもらえるのならそれでもいいけど」
アルフェルドは自分の行為に気づき、慌てて立ち上がり納刀しつつ、謝りながらリエナへと手を差し伸べる。リエナは「よっこいしょ……」と年寄りじみた声を出しながら、アルフェルドの手を取りつつ立ち上がった。
「貴方、心が病んでるんじゃないの? それとも欲求不満?」
「たぶん両方です……申し訳ありません……」
アルフェルドは素直に認めつつ、再びリエナへと謝る。その様子を見てリエナは薄く笑いつつ、アルフェルドへと椅子へ座るよう促した。
「お腹、空いてるでしょ? ご飯持ってきてあげたから。食べましょう」
「あの……シンシア様は……」
「あの子に”様”なんて要らないわ。まだ十六歳なんだから……あぁ、でも一応成人してるわね。それでもまだ子供よ」
シンシアの年齢を聞いて驚くアルフェルド。
自分と十も離れている。そしてそれはマルコシアスとて同じ。幼馴染がそんな若い娘に手を出していたかと思うと、驚きが隠せない。
「そんなに驚く事じゃないでしょ? この国じゃあ十六で成人なんだし……王族なんて十歳で結婚したりするじゃない。まあいいから座りなさい」
「は、はい……」
そのまま席へと付くアルフェルド。何やら魅惑な香りが鍋の中から漂ってくる。リエナが鍋の蓋を開けると、中には大きな魚や野菜が詰め込まれ、ぐつぐと煮込まれていた。
「美味しそうでしょ。騎士は干し肉とか、そういうのばっかでしょ? たまには食に拘ってみるのも悪くないと思うのだけど……」
リエナは鍋から小皿へ料理をよそうと、アルフェルドの前へ。
ついでに棚から酒も出してくる。
「お酒は飲める?」
「一応は……しかし私は一応任務中ですので……」
「いいから飲みなさい。貴方だって……マルコシアスとは親しかったんでしょ?」
アルフェルドは目の前のグラスに注がれる酒を見つめながら頷く。
真っ赤な酒が、まるで戦場で流れた騎士や魔人達の血のように見えた。今は酒の味など分からないかもしれない。
「あぁ、そういえば……お互い自己紹介もしてないわね」
リエナは自分のグラスへも酒を注ぎつつ、アルフェルドと鍋を挟んで対面するように席へと付く。
「私はリエナ・フローベル。これでも”マシル”の中では結構エラい方よ」
「……フローベル?」
アルフェルドは怪訝な顔をしつつ、考え込んでしまう。
元々、リエナの名前には聞き覚えがあった。だが、フローベルと聞いて一気にとある記憶が蘇ってくる。
「まさか……貴方が大戦の英雄……」
「あら。ずいぶん古い話を持ち出してくるのね。もう十五年も前の話よ」
完全に思い出したと、アルフェルドは戦慄する。
それもその筈、今彼の目の前にいる女は、かつてシスタリアとコルネスの間で起きた戦争で、最前線に立った唯一の魔術師。
「貴方が”シスタリアの魔女”? 想像していたのと……随分違いますね……」
「どんなのを想像してたのかしら。興味が尽きないけど……今は自己紹介よ。今度は貴方の番」
リエナが一口酒を含むのを見て、アルフェルドも合わせるようにグラスへと口を付ける。
やはり何の味もしない、とグラスを置きつつ、自分の素上を明かした。
「私はアルフェルド・マルカルと申します。王都直属の騎士で……現在はシェバ隊に所属しています」
「あら。貴方……あのバカの部下? 優秀なのね。苦労してるでしょ」
「……? 隊長の事をご存知で?」
リエナは小皿によそった魚の身を頬張り、酒を飲みつつ頷く。
「前に魔人の討伐を手伝わされたわ。あの武器なんて言ったかしら……ハルバート? 森の中だったんだけど……周りの木々を切り倒しながら突っ込むもんだから……危うく私も木の下敷きになる所だったわ」
「そ、そうですか……」
アルフェルドは料理に手を付けつつ、リエナの話を聞く。
いかにもシェバらしい、と思いつつ。
「それにマルカルって……お父様は確か……」
「ええ……父は大戦で亡くなりました。母も後を追うように病で……」
「……そう。ごめんなさいね、嫌な話して」
「いえ、もう十五年も前の話ですし……私は幸運です。マルコシアスの父が……親代わりになってくださいましたから」
マルコシアスの名前が出ると、リエナは額へと手を当て肘をつきつつ、小さく溜息を吐いた。
「マルコシアス……いつかこういう日が来るとは思っていたけど……」
「…………」
アルフェルドは何も言う事が出来ない。
自分もあの戦場に居たのだ。もしマルコシアスにシンシアという相手がいると分かっていれば……と考えてしまう。こんな思いをするくらいなら、自分が身代わりになるべきだったと。
「彼の父は何か言ってた? シンシアの事……」
「あぁ、それなのですが……実は……」
アルフェルドは、リエナへと自分がここに来た経緯を説明する。
マルコシアスの代わりにシンシアを守れ、しかも娶れと言われた事も。
「ムチャ振りするわね、あの人……」
「……そうですね……。あの、マルコシアスとシンシア……殿は」
「殿も要らないわ。シンシアで……。で? 何?」
「あぁ、いえ。二人はどうやって出会ったのかと思いまして……」
アルフェルドは、シェバに言われた事を思い出していた。
次期”ナハト”候補として上がっているシンシアと、何故一騎士であるマルコシアスが許嫁なのかと。
「出会いも何も……許嫁よ。でもまあ……初めて会ったのはシンシアが十歳の頃かしら。あの子は昔から危なっかしくてね。好奇心旺盛で魔人でも何にでも近づいていくもんだから……オルレアン家の当主が騎士を付けようって言い出したのが切っ掛けでね」
「オルレアン家……確かかなりの名家でしたよね。そんな家柄が何故……一騎士を……」
「簡単な話よ。王族や名貴族の騎士は聖職者扱いでしょ? そんな人が魔術師の御守なんてしてくれると思う? 私達は未だに……”怪しい奴”扱いなのよ」
アルフェルドはなんとなく申し訳なく思ってしまう。
自分も魔術師の事は”怪しい”と思っているのだ。リエナは話しやすいが、中には理解不能な話を延々としてくる者もいる。アルフェルドはどことなく、魔術師に対して苦手意識を持っていた。だがそれは騎士のほとんどが思っている事でもある。
「でもマルコシアスは本当に優しくて……いい人だったわ。シンシアも最初は人見知りしてたけど……だんだん打ち解けていって……。マルコシアスったら、シンシアに気に入られるようにって……私にお菓子の作り方習いにきてたのよ。騎士が何してるんだかって思ってたけど……あの人は本当に……」
「そう……ですか。マルコシアスらしいですね」
アルフェルドはかつて、マルコシアスと剣の鍛錬をしている時の事を思い出していた。自分が怪我をした時など、一目散に駆け寄ってきて手当をしてくれた、と。
「あの人の……最後は……」
「……仲間を庇って……」
「そう……あの人らしいわね……」
誰もが言う。マルコシアスの父ですら、息子の最後を聞いてそう言っていた。
アルフェルドは自分がその場に居れば守ってやれたのに、と思うが、それはマルコシアスに対しての侮辱だ。まるでマルコシアスが自分より弱いように聞こえる、と。
「まあ……シンシアの事については……しばらくは私に任せてくれないかしら。場合によってはナハト候補からも外す事になるけど……」
「……あの、何故シンシアは……ナハトを目指すのですか?」
「……それはいつか本人から聞くといいわ。あの子が……今後もナハトを目指すのなら……いつか聞く事も……」
その時、リエナの部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
扉の外側に立っていたのは、アルフェルドを部屋まで送り届けた魔術師。
兎の耳のような物を生やし、ピンク色のローブを着た少女だ。
「ちょ……何よ、ウサミミ。入ってくるなって書いてあるでしょ」
「そ、それどころじゃないン! シンシアが脱走したン!」
それを聞いて目の色を変えるアルフェルド。椅子から勢いよく立ち、剣を手に取る。
「脱走って……門兵は何してたのよ! こんな夜中に街の外に出すなんて……」
「そ、それがン……門兵は酔いつぶれててン……」
「はぁ?!」
リエナは頭を抱えつつ、シンシアが街を出て何処に行ったのかを推測する。
だが答えは簡単に分かる。今のシンシアが向かう先など、事情を知っている者ならだれでも予測できるだろう。
「まさか王都に……ウサミミ! 街の外をくまなく探索魔術! 全魔術師に伝えなさい!」
「ら、ラジャー! って、王都ぅ?! こんな真夜中にン?!」
「ウサミミさん」
アルフェルドにあだ名で呼ばれ、少女はそちらを振り向く。
振り向いた瞬間、思わずたじろぐ。モモルに案内され、この塔に入ってきた時とは別人のような、何処か殺気立った印象を受けた。とても疲れ切った表情の最初に会った騎士と同一人物とは思えない。
「あの魔術で私を街の外に出せますか?」
「で、できるンけど……だ、大丈夫ン?」
ウサミミはリエナの様子を伺いつつ、心配そうにアルフェルドへ尋ねた。
アルフェルドはその問いに頷き、リエナも肯定する。
「大丈夫よ、王都直属の騎士よ、彼は」
「王都直属……若いのに優秀なのねン……」
いいつつ右手を錫杖を出現させ、魔術を発動させるウサミミ。
「シンシアをよろしくン……」
床へ突き刺さんばかりに錫杖を叩きつける。
その瞬間、アルフェルドは街の外へと一瞬で移動。
「……マルコシアス……俺に……力を……」
アルフェルドは駆け出す。胸騒ぎが止まらない。
王都から、このバルツクローゲンへ来る途中に広大な森が存在する。
何処かアルフェルドは確信していた。
シンシアは、そこに居る、と。




